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どうにかガルブレイオスを倒して遅れながらも入学式に参加したエルフレッドはそういう認識の無いままにリュシカを泣かせたり、実は最優秀者の一人で挨拶をしないといけなかったというハプニングに見舞われ、内心ドキマギしながらも事なきを得たかに見えた。しかし、上記の状況がそんなあっさり片付けられる訳も無く、入学式の終了後、彼は早速冷汗を感じる程の危機的状況を迎えているのだった。
「貴方がレイナさんの御子息のエルフレッド君ですね‼︎噂はかねがね伺っていますよ!私、リュシカの母のメイリア=クラレンス=ヤルギスと申します。今後ともよろしくお願い致しますね!」
「私がリュシカの父、ゼルヴィウス=ライン=ヤルギスだ。王国軍総元帥などと少しばかし堅い役職に就いているが気にせず楽にしてくると有難い」
アードヤード王立学園の入学式はクラス発表の後に解散となる。最高位の名門校であるこの学園は親族の方々もそれなりの仕事をしている者が多く忙しい者が多い。その為、門出の日を少しでも家族との祝いに当てて欲しいという思いから実際のクラスに通うのは後日からで現地解散するという配慮を取っていた。
とはいえ両親が用事で来れなかった上に入学式の遅刻は公的に認められたもののお咎め無しともならず反省文を言い渡されたエルフレッドにとっては嬉しくもなんともない配慮だったがーー。
とりあえず、最優秀者席や在校生代表席の視線が痛くて反省文もあるため早々に寮に向かおうとしていたエルフレッドだったが立ち上がり際に袖を掴まれて歩みを止めた。振り返ると元来赤色である目を更に赤くし目の周りや鼻頭まで赤くしたリュシカの姿があった。
「会わせたい人がいるから来て欲しい」
横から「この状況でよろしくするのぉ?」と何やらな声が聞こえたがリュシカは首を横に振った。
「流石に違うさ。会いたいと言ってるのは両親だ。厳密に言えば母親だが父親もついてくると言っていた」
エルフレッドからすれば、それこそ正にこんな状況で?だったが致し方ない。泣かせてしまった負い目もある。エルフレッドは内心溜息をついて「......問題ない」と答えた。
「それはそれは御愁傷様ニャア♪」
連行されるように引っ張られているエルフレッドは内容の割に楽しげで悪意のある言葉が背中に飛んできて、元々低かったテンションがより下がっていくのを感じていた。
そうして話は冒頭に戻る。
「バーンシュルツ子爵家嫡男エルフレッド=バーンシュルツと申します。この度はこのような誉れ高い機会を頂いたにも関わらずに醜態を晒した挙句、ヤルギス公爵家の御令嬢であられるリュシカ様に飛んだ恥を欠かせてしまいーー」
と膝をつき頭を垂れて口上を述べ始めたエルフレッドをリュシカが慌てて止めて立ち上がらせたところ先程の挨拶を頂いたという訳である。
明らかに今後ともよろしくしたいと王女然としながらもキラキラした笑みを浮かべるメイリアとは対象的にリュシカと同色の切れ長の瞳を細めながら明らかによろしくしたくないという視線で口だけの微笑みを浮かべるゼルヴィウスに、エルフレッドは内心表情を引きつらせた。
「よろしくお願い致します」の挨拶もそこそこにまずはゼルヴィウスが口を開いた。
「まずは質問をさせて頂きたいのだが君は家の娘をどうやって誑ーー、コホン。いや、大層仲良くしているみたいだが、どこで出会ったのかい?」
何やら不穏な本心が聞こえてきたが何も聞かなかった振りをしてエルフレッドは答えた。
「リュシカ様が荷馬車に乗って学園に向っていたところに遭遇致しました。稚拙ながらそれを諌めたところ興味を持って頂いて意見を求められました。その過程で護衛代わりに誘われ初めは断りましたが私自身が出した意見であるから責任を持つように言われ護衛代わりを引き受けたところ、話かけて頂けるようになり今の友人関係となりました」
「......ふむ。それは納得出来る話だが......それにしても、このような式典で当家の令嬢であるリュシカのことを呼び捨てにするのはいかがなものかとは思わないのかい?」
なるほど。とエルフレッドは思わざるを得なかった。それは自分自身も感じていたことだったからだ。しかし、彼女に言われ断りきれなかったことでもある。
「言い訳と言われればそれまでですが正直なところ私も思うところがございます。断固として拒否するべきだったとも思いますがリュシカ様に強く頼まれると断ることが出来ず......恥ずかしい話ですが後悔しても知らない旨を凄んでみせたところ、やれば出来るではないかと大層喜ばれてしまいました」
その言葉に反応したのは意外にもメイリアの方だった。薄紫の瞳を少女の如く輝かせると同色の髪を揺らしながらリュシカの方を振り向いてーー。
「リュシカ。エルフレッド君はそう言ってるけど、どういうことなのですか?」
その言葉をどう捉えたのかリュシカはブスッとした表情で母親から視線を逸し拗ねたような口調で言った。
「だって嫌ではないかぁ。せっかく身分が関係ない学園で素を出しても大丈夫な友人が出来たにも関わらず"バーンシュルツ子爵家子息殿""ヤルギス公爵家御令嬢"だなんて何だか寂しいし......だから私が駄々をこねてそうさせているのだ」
「まあ、リュシカったら〜」
何が嬉しいのか頬を緩めながら微笑んで聖母のように娘を抱きしめるメイリアに対して、表情は変えず、しかし、身を預けながら頭を擦付けて優しく撫でられて癒やされてるリュシカの姿を見ていると普段の大人びた雰囲気が嘘のように思えてくる。
「ゴホンッ‼」と態とらしく咳払いをしたゼルヴィウスへと視線を戻したエルフレッドはどうも分が悪そうな表情で瞳を閉じている彼の姿に首を傾げた。
「そ、その件は口調も含めて娘と話をするとしてだな。君は、そ、そうあれだよ!あの壇上で家の娘を泣かせた件!それについてはどう言い開きをするつもりだい?」
遂に来たか。と、エルフレッドはやはり内心で溜息を吐いた。その件については申し開きようがなかった。いや、命の危険がある旨は伝えていた上に三日間についてはある意味気絶して意識が無かった訳だから、どうしようもないと言えばどうしようもない。
開き直るならば心配させるつもりはなければ泣かせるつもりもなかったのだが、友人と一週間近くも連絡が取れず、大事な式典にもなかなか現れず、その理由が命を賭けた何かだと知っているならば心萎えるというものなのだろうか。
そんな相手がひょっこり血塗れで現れたら恨み言の一つでも言いたくなるものだろう。
「......その件については申し開きのしようもありません。真に申し訳ございませんでした」
エルフレッドがそう真摯に謝るとゼルヴィウスは「ムムム......」と唸り声を挙げた。
「そこまで真摯な態度を見せられると強くは言えないが......しかし、それだけでは済まないのが貴族の世界だということは理解しているだろう?家の方まで出てくる必要はないが君にはちゃんと責任(謝罪的な意味で)を取ってもらうよ?」
「そうですねぇ。リュシカを泣かせてしまったことについては確り責任(婚姻的な意味で)を取ってもらう必要がありますわねぇ......」
「そうだぞ!エルフレッド‼︎私を心配させた罪はしっかり責任(埋め合わせ的な意味で)を取ってもらうからな‼︎」
「畏まりました。本日は真に申し訳ございませんでした。後日謝罪に伺わせて頂きます」
どうも、三者三様の反応に思えて仕方が無なかったが無難に返事を返したエルフレッドはヤルギス公爵家御一行に向けて深々と頭を下げるのだった。




