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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(下)
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 春が終わり夏に変わろうとする頃、魔法戦闘部の練習に参加していたエルフレッドは三年生の指導を終えたアマリエに話しかけられていた。


「エルフレッド君。遂に魔力無しでAランク並の強さともう限界は遥かに超えた状態のような気がするが、未だビャクリュウの背中は見えないか?」


 彼女の問いに彼は思考を巡らせて「いえ、初め戦った頃に比べれば、もう背中は捉えているように感じております」と朗らかな笑みを見せた。実際は戦ってみないと解らないくらいの実力差があったので憶測でしかないのだが、アルドゼイレンの言葉や戦闘を思い返すにそう外れたものでもないと思えた。


「何か気になる点でも御座いましたか?」


 彼が世間話の為にそんなことを聞いた訳ではあるまいと察して切り出せば彼女は「まあ、まだ早い話なのだが......」と話始める。


「今年の闘技大会は教官をするのか聞きたくてな。まだ確定ではないがリュシカ君も場合によっては大会出場をしないのだろう?私にとっては好都合でも不都合でもあるのだが、そうなると君が教官を引き受けてくれる可能性が減りそうだと思ってな」


 アルドゼイレンの特訓を側から見て、ほぼ全ての行程を理解してしまったリュシカは既にAランク以上の実力が確定的だ。Sランクの試験は確かに鬼門だが、それがなくても学ぶものが薄いと判断すれば辞退する可能性を示唆している。そして、仲間達もまたそこに関しては特に引き止める様子もない。薄情とかではなく、寧ろ、彼女が出る必要性の薄さを理解しての考慮で有り、言い方は悪いが去年のレベルならば二人が居なくても世界大会優勝を狙える実力は既にあるのだ。


 リュシカの代わりに別のSランクの生徒が入ったとして、ルーミャ、アルベルトが出れれば、それで十分なのである。


 アマリエの三年Sクラスは歴史的快挙のBクラスからSクラスへの昇級を果たしたライアン=アイン=ブレイド先輩を中心に編成されることが予想され、候補の生徒は打倒二年Sクラスを目指して既にアマリエを中心に練習をしているらしいが、それでどこまで実力差を埋めることが出来るのかと言えば難しいところだ。


 以前、話したが忘れた人の為に言えばCランク以上は上級ランクであり、才能が諸に影響してくる。去年の三年Sクラス、そして、エルフレッド達の周りというのは世界最高の学園の中でも最高クラスの才能を持つ者達の集まりだから、Cランク以上の実力者がゴロゴロと居るのだ。それを見てCランクぐらい当たり前だと思われたならば、それは間違いだ。


 実際、他校を見れば解るが同じくらいの才能を持っていたのはイムジャンヌの姉のイムリア、そして、もう卒業したがルーナシャといった名前が挙がる人物のみである。


 世界大会の獣人族の生徒達も五人の聖女の子孫を筆頭に強くはあったが名前が上がるほどではないのが現状だ。ならば負ける要素はないのである。


「協力するのはやぶさかでありませんが、まずは自身の問題を解決しなくては話にならないかもしれませんね。夏休みにビャクリュウと戦い、そして、シラユキ様と決着を着ける。以上が解決しない限りは他のことは考えられません。勿論、魔法戦闘部の皆様にはお世話になっておりますので自身の練習の合間で良ければ協力も惜しみませんが......」


 それがエルフレッドの答えだ。今、こうして関わりある先輩や部員に協力するのは問題ない。実際、魔法戦闘部の部長などは三年Sクラスの代表候補であるし、聞かれた事や効率の良いトレーニング方法などは既に教えている。実力向上に繋がるような協力はしており、確かな効果を出しているのは事実だった。彼の目標は前部長であるラティナ越えのベスト八以上だが鍛錬を怠らなければ可能性は十分にあるだろう。


「まあ、そこらへんが妥協点だろうな。私も無理にとは言えない」


 アマリエも元々期待していた訳ではないようだ。そして、妥協点と言いながら協力を惜しまないという言葉には口角を上げていたので当人としては及第点以上の結果なのだろう。


「ありがとうございます。それに生徒会による文化祭の復活やイベントの提案など、今年は面白そうな学園イベントが目白押しなので巨龍討伐の目処が立ってきた今は其方を楽しみたいというのもあります」


 彼が頬を掻きながら言えば、アマリエはさも意外そうに表情を驚かせた。


「そうか。君は戦闘にしか興味がないような素振りを見せていたのに大分心持ちが変わってきたようだな?私としては嬉しいが結局、巨龍討伐を辞めさせることが出来なかったことは今後の長い教師生活の中で大きな心残りになりそうだ」


 冗談めかして笑う彼女に「色々考えた結果何も変わりませんでした。それに友と思い始めた巨龍とも結局は戦う必要があると諭させれましたので、もう心変わりする事もないでしょう」と決意に満ちた笑みを見せるのだった。


 アルドゼイレンの言葉は彼の決意を完全な物にした。友であることと生物の性は別のところにあるのだと言外に告げられれば迷うことの方が馬鹿らしい。少しでも長く時を生きて欲しいと思う気持ちは変わらないが、何れ、どちらかが死を迎える激闘を繰り広げなくてはならない未来は定まったのである。


 そして、それは遠くない未来だ。学園最後の夏休みだろうか?少なくともエルフレッドはそう考えている。


「なるほどな。巨龍とは解らん生き物だ。長く生きて疲れてしまったのだろうか?」


「それは解りませんが戦いの中で聞ければ良いなと。今は納得が出来る答えをアルドゼイレンから提供されることを期待するばかりです」


 かの巨龍は何時も飄々としていて余裕と自信に満ち溢れている。しかし、心の奥底にあるであろう秘めたる何かをエルフレッドに語ることはしない。それが死闘を望む理由なのだろうが彼にとっては納得のいくものではない。せめて死闘の果てに何方かが倒れるならば答えを望むというのは必然のものだろう。


「まあ、もうここまで来たら止めようもないと私も理解している。せめて生存確率が上がるように、こうして鍛錬に協力するのみだ。仲間や恩師を残して死ぬなよ?順当に行けば来年は担任になるのだからな」


 笑いながらだが、とても真剣な表情で告げるアマリエに「それ、言っていいんですか?」と苦笑しながらーー。


「勿論です。闘争以外にも楽しいことや帰るべき場所があると漸く気づけたのですから、この人生を巨龍討伐で終わらせはしません」


 アマリエは漸く少し安心出来た気がした。彼の死ぬ気がないという言葉に今までは根拠を感じなかったのだ。しかし、今は明確に生きることを考えている。友や想い人の存在が彼を漸く生に意味を感じさせているのだと沢山の死に別れを経験した彼女は感じたのだ。


「その言葉が嘘にならんことを期待している」


 彼女はいつもの口角を上げる笑みを見せて部員の指導へと戻っていった。エルフレッドもまた新たな未来の為に最善を尽くす努力を再開するのだった。













○●○●













 アードヤード王立学園の授業は時に実社会を意識したものを取り入れている。例えば納税についての事業は二年次は概念程度だが三年になると正しい確定申告の仕方や納税のメリット、そして、手続きの方法などをしっかりと教えるのだ。


 というのも、卒業後、雇用を生み出す立場になる生徒が多いこの学園では経営者としての正しい像に対して税理士をつけたとしても、ある程度は自身で経営状態を理解していないと経営が儘ならなくなるという考えを持っているからだ。貴族の嫡男にしても領地経営において納税は義務であり、正しく領民から預かった税金を使い、王へと献上するまでの流れは経営者と然程変わらない。


 逆に言えば悪徳領主などはそのことを全く学んでいないのか、逆に悪用しているのかだがーー人格者の多いアードヤード王立学園の卒業生に居ないのは理解によるものだと考えられた。

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