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「はは〜!......なんてな。さて、ボチボチ食べ始めないとな」
「ニャハハ♪確かにそうミャ♪エルフレッドは明日の準備があるミャ!」
「まあ、大した準備でもないが、ついでに王城へと顔を出さないと行けなくなったからな。アルドゼイレンとの訓練まで漕ぎ着けるかどうかーーまあ、顔を見せる事自体は非常に良いことだと思うから否定はせんが......」
やはり、王や王妃と言えど孫が行くとなれば会いたくなる物らしい。そして、それ自体は悪いことではないのでエルフレッドも協力しようという訳だ。
「ふ〜ん。良い心構えだと思うミャア。そういえばエルフレッドのところはどうなのミャ?」
「ああ、俺は面識さえないな。年老いた村人が流行病で全員命を失うような出来事があったらしく、その時にな」
「それは申し訳ないことを聞いたミャ」
エルフレッドは何とも言えない表情を浮かべてーー。
「いや、会ったこともない祖父母に対して、どんな感情を抱くのが正解か解らないから正直何とも言えんな。それに両親からすれば貴族の仲間入りして良い墓を建てられたのが最大の祖父母孝行だろうと」
「そんなもんかニャア?まあ、妾の所もコノハ様はご存命だけど、母方は百年以上前の人ミャ。最早、歴史上の人物ミャ。それにーー」
「それに?」
「ーーいや、何でもないミャ。考え事しながら話してたら変な接続詞がついたミャ。ごめんミャ」
エルフレッドは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが「そうか。なら良いが......」とだけ告げるのだった。
(妾の個人的なーーしかも、もうどうすることも出来ない祖父母に対する感情なんて言う必要もないことミャ)
母親を兵器のように扱い、妹だけを大切にして、婚約さえ取り潰して後釜に据えた。この話の何処までが母親目線の話かは解らないが、あの母親の疲弊振りを見ると大凡本当なのだと判断出来る。
そもそも母親は態々そんな嘘を吐くような人物ではない。そして、そんな話を聞いてしまった後に祖父母に良い感情なんて抱けるハズがないのだ。少なくとも存命だとして会いたいとは思わなかった。
それをエルフレッドに伝えて何になるのか?何にもならない唯の愚痴故に言う意味を感じなかった。
「まっ、祖父母の話はもういいミャ♪それよりエルフレッドとリュシカの惚気話が聞きたいミャ♪」
「自分の惚気話を話す事に躊躇いがある上に友人の惚気話が聞きたいなどという特異な人物の存在に驚きが隠せないのだが......」
ニッコニコで清酒に手を付けながら尻尾をユラユラと揺らしている彼女にエルフレッドは微妙な表情を浮かべるのだった。
○●○●
そして、聖国到着である。前日に準備を終えた二人は朝に正門前で待ち合わせて転移で国境の街へと向かい出国手続きをした。その後、二人でアリアの涙を眺めては雄大な自然に感動し頃合いを見て入国手続きに入る。
エルフレッドは当然の事、リュシカも聖女の素質を持つ王家の孫として一瞬で手続きが終わった。その後、二人は関所内で許可を得ると再度転移ーー王城正門前にて身分を証明して入城した。
「ふむ。転移をここ迄連続して使えると聖国まで四半日も掛からないのだな。便利なものだ」
「まあ、その分、魔力の消費は半端ないがな。初めは短めの距離でも魔力回復薬は必須だろう」
聖王、王妃の準備が終わるまでの間、客間へと案内された二人はそんな話をしながらハーブティーを楽しむ。聖国産のハーブティーは通常の物に比べて精神を和やかにする効果が高い。ミントのスッキリとした清涼感に微量の魔力が含まれているのが効果が高い理由かもしれない。
「確かに誰でも簡単に使えたら飛空艇など必要ないだろうからな。唯、私の周りにはエルフレッドやメルトニアさんといった転移魔法を多用するものが多いから感覚が薄れているのかもしれん」
「自身を含めて言えば自慢のように聞こえるかもしれないが逆に言えば、俺やメルトニアさんくらいしか多用出来ないとも言えるな。まあ、このまま成長を続ければアルベルトやリュシカも使えそうな気はするがな」
彼が息をするように転移で移動する為に難しさが解り辛くなっている部分があるが通常の魔法修練、魔法習得で覚えられる魔法の中で最も印が複雑且つ魔力消費量が多い最高難易度の魔法であると言えよう。
そして一度行ったことがある場所しか使えず、距離が伸びれば伸びる程に消費する魔力量も増える。聖国まで四半日なんて使い方が出来るのはエルフレッドとメルトニアくらいのものだ。
「ふむ。確かに適正のあるレーヴァテインとは比べ物にならない難しさであったが、近距離転移とは訳が違うのだな?」
「あれは転移を簡略化したものだから比較的容易に使えるんだ。正直に言えば別魔法と言っても過言ではない程だ」
「ふ〜む、なるほどな」
「バーンシュルツ伯爵子息殿、ヤルギス公爵家令嬢殿、聖王陛下より準備が整った旨を伝えるようにとのことで参りました。ご案内致します」
割と長い時間話していたようだが退屈しない楽しい一時であった。そんな気持ちを抱きながら二人は謁見へと向かった。
「再会の挨拶や他愛のない話もそこそこで申し訳無いが、実は二人が会いたいと言っている件の巨龍が丁度出没しておってな......」
謁見が始まって十分そこらで聖王が申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。
「"我が友、エルフレッドの魔力を感じて馳せ参じた!!"って仰られているそうよ!愛されてるわねぇ!エルフレッド君!」
相変わらずの緩さでカシュミーヌが言うので変な笑いが出そうになったが、好都合と言えば好都合なのでも変な表情にならぬ様に引き締めてーー。
「私としては五度程、龍違いという訳のわからない言い訳をしながら聖国に滞在していたのを追い返していただけなのですが、何時から友に任命されたのかがまるで解りません。とはいえ、そこまで信を得ているならば私の目的も果たせるかもしれませんね」
「うむ。我々としても、かの巨龍が危害を加えぬことについては信頼をおいている。エルフレッド殿の力になってくれるようならば更に扱いも変わってこようぞ。それにしても、私は俄には信じられないのだ。かの凶悪な巨龍を四体も斬ったエルフレッド殿がまさか、暴風の巨龍に敗れるとは......十全の巨龍とはそこまで恐ろしい存在なのだろうか?」
エルフレッドは思考を巡らせた。ビャクリュウの言葉を借りれば"惜しい"ということになるがーー。
「真偽の程は解りませんが暴風の巨龍曰く、同属性で有ることが惜しいと言っておりました。せめて弱点属性ならばとーーしかし、私としては感服無きまでに打ちのめされましたので戯言かと。アルドゼイレンと何ならかの関係があるようなことを言っておりましたので、その辺も含めて訪ねたいと考えております」
聖王は非常に難しい表情となって唸り声を挙げて、暫し悩んだ後にーー。
「それほどか。我々はかの巨龍が人間被れで助かったということだろうか......済まないが、その件の真相が気になる故にアルドゼイレンより確認取れ次第、一報貰えぬか?場合によっては対処が必要な故ーー」
エルフレッドは恭しく頭を下げた後ーー。
「必ずや真偽の程を確かめて参ります」
「やだぁ〜!貴方ったらアルドゼイレンちゃんを疑ってるの〜!可愛そうじゃない!大丈夫よ〜!」
聖王の肩を軽く叩きながら笑う王妃殿下に聖王は苦笑した。
「カシュミーヌ。そなたは幾つになっても能天気で根拠の無いことばかり言うなぁ。私の気苦労は耐えんが、そなたは本当に幸せそうだ」
明らかに呆れた様子の言い方だったが、カシュミーヌは満面の笑みを浮かべた。




