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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第一章 灼熱の巨龍 編
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第一章 エピローグ

 エルフレッドは慌てて制服に着替えていた。既に入学式は始まっている。事の顛末はそう難しいことじゃない。彼は体の回復が終わるまで眠っていたのだ。


 それに三日間の時を有しただけの話である。


 本日の早朝に目覚めたエルフレッドは回らぬ頭で魔石と大剣、そして、浄魔の剣を拾って下山ーー。サラマンド族の集落でその結果を報告して歓待の宴と朝食を受ける。そこに慌てた様子のグレン所長が現れて涙ながらに喜んでいたのだが話もそこそこに彼女が告げた言葉に彼の頭から一瞬で血の気が引いた。


「本当に良かったよ〜!それにしても()()()()()()()だから流石に欠席の連絡は入れてると思うけど明日からに備えて今日は存分に休むと良いよ‼︎」


 エルフレッドの真っ青な顔を見て彼女は「まさか......」と呟いた。そして、何も言わずに転移していったエルフレッドを見て呆れる他ないグレンであった。


 その後、大慌てでギルドの戸を叩き鑑定書を手に入れて正門から寮へと走る。そして、制服に着替えて入学式が行われている体育館へと走るエルフレッドだった。


 こういうときに転移が使えないのが煩わしい。学園では寮内、魔法訓練室、授業を除いて魔法の使用は禁止。攻撃魔法は魔法訓練室と授業で必要な場合のみ。そして、何処に行くか把握出来ない転移は学園内完全禁止である。


「エリクサーを飲んだのに三日も寝てしまうとはなぁ」


 そんなこともあるのだな、と走りながら思うエルフレッドだった。 













○●○●













 入学式のボルテージは現在最高潮に達していた。


 入学試験最優秀生、挨拶。


 それはアードヤード王立学園にて最初のアピールの場であり将来を約束されたエリート達の顔見世の場でもあった。


 名前を呼ばれた者が一人一人壇上に上がって思い思いの挨拶を述べていく。同率一位が居た場合は平等の名の元に全ての生徒が呼ばれ挨拶をしていくのが通例となっているが今までは多くても二人だった。勉学だけでなく、マナーの実技、魔法の実技などが行われるために一人以上いることの方が稀だ。


 その上、二人というのは伝説の世代と言われてる現三年生の生徒会会長レーベン王太子殿下と副会長のカーレスのことであり異例中の異例の出来事である。


 それが今年は五人である。


 黄金世代とはいえ多すぎることもあり異例の採点見直しがあった程だったが採点を施した者達は一様に納得した。


 獣人族の双子姫アーニャ、ルーミャ姉妹。世界政府府長の子息アルベルト、ヤルギス公爵家令嬢リュシカ、そしてーー。


「ちょっとリュシカ。落ち着くニャア、いつも冷静なリュシカらしくないニャア?」


 小声で宥めてくるアーニャに「私は冷静でしてよ?」と答えながらその指は忙しく自身の膝を叩いている。壇上ではルーミャが「妾の国の文化は皆様の国と大きく異なりーー」と何やら説明をしているがそんなことは既に耳に入っていない。


 リュシカの現在の苛立ちの原因ーー。それは隣の席が空席なことにある。


 五人目の最優秀生、エルフレッド=バーンシュルツ。


 寮に帰って来ておらず居ない原因も不明。一応、リュシカが灼熱の巨龍を倒しに行くと言っていた旨を伝えたが現在のところ寮母以外に本人からの連絡は無いという。


 そのことをぼやくと「負けたんじゃないのぉ〜」とルーミャが不謹慎なことを言い始めたので両頬をゴムのように引き伸ばしてやったがここまで連絡が来ないと否が応にもその可能性を考えてしまう。


 拍手が上がり、席を確認していた視界の端で司会の教師がリュシカの名前を呼ぶ。


「はい!」


 そう返事を返した後に隣の空席を見て悲しげに呟いた。


「協力してくれると言ったではないか......」




 壇上に上がったリュシカは深呼吸をしたあと令嬢然とした微笑みで「皆様、ご機嫌麗しゅう存じます。ご紹介に与りましたリュシカ=へレーナ=ヤルギスです」と言ったが突如表情を変えて「違うな」と呟いた。


「皆、仕切り直しで済まないが私がリュシカだ。まずは保護者席で目を白黒させている両親と副会長席で頭を押さえている兄のために何故この口調で喋り始めたか経緯を話さそう」


 ざわつく生徒や保護者ーー、母メイリアは両手で口元を押さえ両目を点にして父ゼルヴィウスは白目を向いて魂を抜けさせていた。頭を押さえている兄は親友であるレーベン王太子に「大丈夫かい?」と本気で心配されている。


「ここにいる者は知っているものも多いだろうが私は十二歳の時に国際テロ組織に誘拐された。幸い国をあげての捜索に一日立たずに開放、怪我も軽傷で済んだ。だが、その時の私は何も知らない子供だった。周りから神童と持て囃され訓練では大人を倒したこともあった。それが"本当の狂気"に煽られると一瞬で産まれたての子鹿のように動けなくなった」


 その時の事を思い出すと今でも......とリュシカは腕を抱く。それを見て周りの者達が息を飲むのが解った。


「それから私は強くありたいと願った。でも、解らなかった。周りは十分に強いと言うのだ。その時、父の部下で同僚でもあった王国陸軍元帥アハトマン殿に会ったのだ。凛々しくも逞しく、その立ち振る舞いに憧れた。そして、子供だった私は形から入ることにして口調を真似た。それが今では素になったと言うわけだ」


 リュシカはその言葉に皆が神妙な面持ちになった気がして苦笑いを浮かべた。


「いや、だったではない私はまだ子供だ。皆と変わらない。形から入ることだって未だに辞められていない。こうやって素で話すのは学園の理念でもある"門をくぐれば身分関係なく平等である"という理念に賛同してのこと。私自身が素を出していないのに平等など出来ようはずがない」


 どこか感心したように頷く者が増えていく中でリュシカは続ける。


「本来の私は最優秀生などに相応しいとも思っていない。この理念においてもそうだ。私は以前、誘拐されて過保護となった親を押切り信頼する護衛だけを乗せて荷馬車で学園に向かったのだ。そうすることが平等に近づく一歩だと信じていた」


 在校生代表席から「荷馬車だと⁉リュシカ、お前はここまでーー「カーレス抑えて!抑えて‼︎」と騒がしい声が響いた。リュシカはそれを一瞥だけしてなかったことにした。


「しかし、それが間違えだと教えてくれた友が居た。そして、その友は正しい方法を模索してくれた。その後に無理矢理誘ったにも関わらず護衛になってくれて、友になってくれたのだ。平民上がりの男爵子息で今は子爵子息だ。それだけじゃない。その友は自分の夢を持って叶える為に行動し続けている。まあ、そのせいで今この場に居ないことは褒められたことではないがな......」


 そう言いながらリュシカの視線が最優秀生が座る空席を眺めていたことから周りはそれが誰なのかを察したようだ。それを知ってか知らずかリュシカは決意の表情を浮かべてーー。


「私は皆とその友のような付き合いがしたい!王族?貴族?平民?関係ない‼︎殿下?公爵?騎士爵?どうでもいい‼︎この学園でしか出来ない本音で語り合える仲間を私は、さが、し、てーー」


 急に様子の可笑しくなったリュシカに皆がざわめく中で気がつけば開け放たれていた体育館の扉から一人の男が現れた。身長が高く風貌は傭兵のそれだが一応制服を着ていた。髪は白髪だが何故か血で一部赤く染まっている。頬には大きな裂傷がある明らかな不審者的な風貌。


 それを見た女生徒が悲鳴をあげるーーより先にマイク越しの怒声が届いた。


「エルフレッド‼︎この大馬鹿者が‼︎遅れてきた上に血塗れではないか‼︎巨龍と戦っているのを聞いていたのは私だけ‼︎わ、わたしが、どれだけ、し、しんでしまったんじゃないかとーー」


 リュシカが遂には声を出して泣き出してしまったのを見てエルフレッドは頬を掻きながら清めの風を唱えた。魔法禁止は知ってるが血塗れのままでいるよりは良いだろう。そして、何だこの状況は......と周りを見回した。少し治ったがマイク越しにむせび泣くリュシカに在校生代表席から飛んでくる殺気のような視線。非難がましい周りの表情に困惑の保護者席ーー、家の親が居なくて本当に良かったと心から思った。


「ふん!わ、わたしを心配させた分、存分と困るがいい‼︎これをおさめるのはお前の仕事だからな‼︎」


 彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらそう言うとマイクを置いた。そして、プイッとそっぽを向くと最優秀生席へと戻っていく。


「......最後の最優秀生。エルフレッド=バーンシュルツ君、お願い致します」


 突き刺すような視線を送る司会の教師の言葉を聞いてギョッとした表情を浮かべるエルフレッドだった。




 困惑しながらも言われるがままに壇上に上がったエルフレッドは針のむしろの様な雰囲気に何があったんだと怯えるような表情を浮かべながらマイクを取る。


「え〜、まず、こんな大事な式典に遅れてしまって申し訳ありません。御紹介与りましたエルフレッド=バーンシュルツと申します。あ〜、私事ですが灼熱の巨龍と戦いに死闘の末に勝利したのですが、その結果がエリクサーを飲んでも目覚めるに三日もかかった今日の朝で......あ、あ、ここで言うことじゃなかったですね、ハハハ......」


 その言葉にリュシカがびえっと声を挙げ「やはり死にかけてるではないかぁ〜」と啜り泣きはじめてしまう。その様子に慌ててその話を切り上げたが間に合わなかった。彼女を慰める狐耳の少女に睨まれてしまう。気まずくなって視線を逸らすと在校生代表席から「これ以上泣かすと○すぞ?」とこちらも非常に解りやすい視線が飛んできている。


 視線を逸らす場所もないなぁと、エルフレッドは咳払いをして息を整えると気を取り直してマイクを口元に近づけた。


「自分はこのアードヤード王立学園に入れたことを光栄に思うと同時に最優秀生になれたことを誇りに思います。我が家は自家の功績のみで成り上がった元平民。そのことを蔑む必要はありません。ですが認められるに足る功績を挙げるのは簡単なことではありません。我が両親も得意分野で功績を挙げて青き血を深めることを目指している。そして、自分自身もそんな両親を尊敬し協力したいと考えています。その為の努力を怠らなかったことが今日ここに繋がっていると考えています」


 そう一息に告げると何故か周りがざわめき始めた。その理由が解らないエルフレッドは内心困惑するも顔に出さないようにした。


「これからの自身の展望としてはこの学園にて領地経営の何たるかをしっかりと学び深まった青き血を伝統あるものと出来るようにすることです。それが最終目標です。ただ、この学園にいる間に自身が達成したいことがもう一つあります」


 エルフレッドはポケットに入れていた討伐証明書を取り出し掲げた。


「それが七大巨龍の全制覇です。今回倒した弱点属性の灼熱の巨龍でニ体目、後五体を長期休暇を使って倒しに行きます。その目標や勉学そして友達となってくれたリュシカの願いの成熟。それを考えるだけで自分の学園生活は楽しくなりそうだと考えています。もし、皆さんも夢や目標があって出来ることがあるのならば是非一緒に目指して行きましょう!......ただ自分みたいに学園や友達に迷惑は掛けない形でお願い致します。以上です」


 自虐ネタで笑いを取りって最優秀生席に戻ると隣の席に座っているリュシカに軽く肘で小突かれた。


「本当に迷惑掛けない形にするのだぞ?」


「......善処致します」


 エルフレッドは巨龍との戦いを考えると絶対にしないとは言えなかった。暈すようにそう言って礼の形を取る姿を見て隣の狐耳の双子が揃って不満そうな表情で眺めていることにエルフレッドが気づくことはなかった。

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