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暫く迷った挙句、女性は顔を上げた。視線をソワソワとさせて恥ずかしいそうにしている様を見ているとジェームズの広角は上がりそうになる。
「そ、その......ジェームズさんは凄く正義感の強い人ですし......協力したいのですが......私、恥ずかしながらお金に困っていまして......情報が情報ですから......そのそれなりの報酬を頂かないと......」
掛かった。
ジェームズは内心ほくそ笑んだ。金の話が出た時点でリークすることは十中八、九決まっている。額も上からかなりの色をつけてもらった。もう勝ち戦も同然なのだ。
「ええ、それは勿論です。とんでもない情報ですからね?口に出すのは少し憚られるぐらいの額を用意いたしました。この小切手を見て下さい」
「小切手ですか?......えっ⁉︎こんなに⁉︎」
女性は驚きが隠せなかった。自身の奨学金を払って三カ月程、今の生活を続けても全く困らないような金額だ。寧ろ、少し贅沢が出来るくらいである。
「そうです。やはり、公爵令嬢のプライベートや婚約に関わる情報ですから、この報酬は当然です。勿論、私も外科医について調べる間に貴女の事情をちょっと知ってしまいましてね。上に掛け合ってみたのです。どうにか奨学金というなの借金を払わせてあげたい。三カ月もあれば社会復帰できるハズだ。だからなんとかなりませんか?とね」
「ジェームズさん......」
女性は感動しているようだった。もう冷静さの欠片も残っていない。自身の個人情報を調べ上げられてた事実を遠回しに告げられて感動しているくらいだから、この交渉は終わったも同然だ。
「解りました。守秘義務はありますが最初に私を裏切ったのは病院の方です。私も......喜んで裏切り者になりましょう」
実はーーと話し始めた女性の話の内容にジェームズは歓喜の声が上がりそうになるのを堪えるので精一杯だった。リュシカの病気、体の以上、原因と思われる外傷ーーそれは彼が求めていた以上の内容だったからだ。
(ハハ、何が精神的な問題だ‼︎ホーデンハイドも語るに落ちたな‼︎)
言えないことを隠して話をしていたと知らないジェームズは自身を馬鹿にしたと感じていたホーデンハイド公爵家を内心で扱き下ろし悦に浸るのだった。
○●○●
世界史の授業中。小国列島の話が出たのを気にエルフレッドの気は漫ろになっていった。一週間、二週間と万全の状態を築けたものの進展は無い。ノノワールが見たという目撃情報を最後にレディキラーの足取りは完璧に途絶えていた。
やはり、何らかの魔法や能力で足取りが消せるのかもしれない。最近は軍人としての活動が始まったカーレスやラティナは合間での連絡しか取れず、エルニシアは聖国内で調べた情報を送ってくれるが目新しい物は無い状況だ。レーベンはそもそも王太子殿下の為に気軽には連絡は取れず、サンダースは立場上、協力出来ることが少ないのである。
そして、エルフレッドの生活はあまり変化が無い。リュシカの予定中心ではあるが、それはデートのようなものだ。デートが無い日に魔法戦闘部の練習に参加する。そう考えれば今迄と何も変わらないのである。
とはいえ、今はこのままで良いが春の小連休を越えた辺りでもこうだとなると中々に困ったことになるかもしれない。明確な話ではないが巨龍討伐の実力の話だ。アルドゼイレンとの訓練が出来るかも解らない状況の中で交渉の機会がなく、この状況が続くというのは良くない。
自身の精神衛生上の話で申し訳が無いが余裕とはある程度の見通しが経つから余裕が生まれるので有り、見通しが無ければどれだけ時間があっても不安になるものでーー。
コツン。
背中に何かが当たり振り返るとリュシカが教壇を指差すジェスチャーで前を向くように促している。彼がそちらに意識を向けると世界史の先生が胸の前で腕を組みながらトントンと足を踏み鳴らしーー。
「十六歳とは悩める年齢だ。時に授業以上に大切なものもあるだろう。普段は真面目な生徒が上の空になる程のことだ。立場上苦労でもしてるのだろうか?」
周りの生徒がクスクスと笑っている。世界史の先生は普段から生徒を注意する時、態とこのような言い回しをして場を和やかにすることで有名だ。無論、怒るべきは怒るが今のところSクラスで怒られた生徒が現れたことはない。
「さて、悩める生徒エルフレッド君。小国列島の抱える問題点について簡潔に答えて貰って良いかね?」
ここに来て当てられた生徒が自分だと漸く気付いた彼は「す、すいません!」と慌てて立ち上がり膝を打って悶絶して周りに笑いを提供したのだった。
「さて、悩める生徒エルフレッド君は何を悩んでいたのかニャア?」
「悩める生徒エルフレッド君はきっと一人で抱え込んでたんだろうねぇ」
「悩める生徒エルフレッド君は彼女にも相談せずに一人で何かを決断しようとしていたに違いないな?」
「悩める生徒エルフレッド君はヒーロー体質だから一人で解決しちゃうぜ〜♪とか、思ってそう♪」
「悩める生徒エルフレッド君は人の悩みは率先して聞くけど、自分の悩みは話さない」
「......もう勘弁して下さい」
女性陣に散々弄られた彼は大きな体を小さく捩って呻くように言った。
「まあ、今回は仕方ないよ。君が授業中まで上の空で居るなんて普通とは思えないからね?悩みる生徒エルフレッド君?」
捨てられた子犬の様な目で「アルベルトまで......」と悲しそうに呟いたエルフレッドに「まあ、それだけ皆心配してるってことを自覚した方がいいよ?」とアルベルトは苦笑した。
「う〜む......ここで話すと余計拗れるような気がするのだが......」
彼の悩みはそもそも直ぐにどうこうなるものではない。そして、簡単に言えば心に平穏が無いというものだ。原因は解っているが解決方法が見えてこないというだけの話でーー。
とりあえず、現状頭に浮かんでいる内容をエルフレッドが話すとリュシカが「なんだ。そんなことで悩んでいたのか?さっさと話せば良かったものをーー」と呆れた様子で微笑んだ。
「そんなこと......なのだろうか?俺としては真剣に悩んだ上で全く答えが見えてこなくて困っていたのだが......」
エルフレッドが不思議そうに首を傾げると、リュシカは「答えを聞いたら、そなたは何故思い付かなかったのかと無知や羞恥心で顔を赤くしてしまうかもしれん」と態とらしく傲慢に言い放ちーー。
「アルドゼイレン殿ならば私も着いていけば良いではないか?一緒に聖国に行って、一緒にアルドゼイレン殿に会いに行く。私は何処かから二人?の特訓や交渉を眺めているが故に余波の届かぬ所で訓練や交渉をしていればいい。エルニシアお姉様の話を聞く限り、聖国の方が安全だろう?エルフレッドも側にいるのなら両親も何も言わんだろう」
流石に言い過ぎだろうと高を括っていたエルフレッドは確かに自身の頬が赤く染まっていくのを感じながらーー。
「.......何故気付かなかったのだろうな......確かに絶対に安全な巨龍とは言えないが理由もなく人を襲う巨龍ではないから、俺も協力を仰ごうと考えていたのに......」
それを見ていたアーニャは「だから一人で抱え込むのは駄目ミャア!今度からはちゃんと皆に相談するニャア!悩める生徒エルフレッド君♪」
暫くそれで弄られそうだなと感じながら、溜め息と共に目元を覆ったエルフレッドだった。




