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始業式の日だ。
春休み後、久々の登校の反応は人それぞれで学友に会えて嬉しそうにしている者も居れば、休み呆けで怠そうにしている生徒もいる。
エルフレッドはどちらかといえば前者であり春休みは忙しくて会う機会がなかったアルベルトやノノワール、そして、珍しく実家に帰っていたイムジャンヌなどと話したりしながら朝の時間を過ごしていた。
「皆は春真っ盛り〜♪私はメイカちゃんにまた振られた......」
「......始業式の朝からそういう話は辞めてくれないか?」
謎のテンションでどんよりしているノノワールにツッコミを入れるエルフレッド。彼女ワールドは今日も朝から絶好調である。
「よしよし。元気出して」
若干背伸び加減でイムジャンヌが抱き締めると「うわ〜ん!イムイム〜!......朝から最高かよ!ヘヘっ!」とスッカリ何時も通りなのもご愛嬌だ。
「全く。ノノは本当に変わりなさそうで何よりだね?エルフレッド君も卒業式から変わりなく?」
「ああ。お陰様でな。それにしてもアルベルトは大丈夫だったのか?オープンキャンパスの時に女生徒達に黄色い声援を受けて中々大変だったと聞いたぞ?」
「......その話は止めよう。何か変な魔法薬飲まされそうになってトラウマ発症中だから......」
愛深き故に暴挙に出たSランク冒険者ーー確かにこの話は止めた方が良さそうだ。しかし、どうしても興味が湧いてしまった部分があった。
「ーー因みに魔法薬の効果だけは聞いても?」
「......メルトニアさん以外の異性が悪臭だと感じる体臭を放つようになる魔法薬」
暗い瞳で「これで私以外ダーリンに近づかないね〜」と何やらな物を窯で茹でているメルトニアが想像出来て、エルフレッドは何とも言えぬ表情を浮かべるのだった。
因みに慰めっこをしていたイムジャンヌは「身の危険を感じた」と無表情ながら身を翻して「イムイムのいけず〜♪」と妙に艶々しているノノワールに追っかけられている。全く何やってんだかーー。
「おうおう!朝から楽しそうミャ!私達も話に加えるミャア!」
「そうだよぉ!仲間外れは無しだからねぇ♪」
春休みが終わって妙なテンションなのは何もノノワールだけではないらしい。特にアーニャはキャラが輩と化している。妙なテンションのまま、エルフレッドへと肘打ちをかます彼女に「何があったんだ?」と痛みに顔を顰めながら首を傾げる他なかった。
「いんや。特に何もないミャア。みんなに会えた喜びを態度で表しているミャ♪今年も一年よろしくニャア♪」
「そそ!一年の始まりってマジテンション上がるよねぇ!今年もエンジョイしてこうじゃん!」
テンションが上がるかと言われれば、そうでもない部分があるので何とも言えないが、このメンバーでまた一年を過ごすのは楽しいそうである。
「おっと早い上に全員集合か?みんな今年も一年宜しく頼む」
他のメンバーに比べて若干遅くに来たリュシカが微笑みながら近づいてくる。彼女もまたこのメンバーの一人なのだ。
「よろよろ〜♪あ、てか、みんな聞いてよ!小国列島に行った時にヤバい奴に会ったんだよ!ノノちゃんマジピンチ系みたいな?」
全員が揃ったところで唐突にノノワールが語り始めた。
「ヤバい奴?それはお前よりヤバいのか?」
「うるさいよ!エルちん!私はヤバくばい!自分に正直なだけなのだよ♪は置いといて、もうさあ、いきなり後ろをついて来る訳よ!しかも必要に追いかけ回して来る感じ?マジ気持ち悪くてさぁ。しかもなんか怖いし」
「えっ?ストーカーかい?ノノは見た目は可憐だけど性別はーーもしかして女性とか?」
「それなら万事オッケーなんだけど♪男がさあ、妙な歩き方してついてくるのよ?たまにその性別ファッションだろ?とか失礼な奴がストーカーして来ることあるんだけど、今回はそんな感じではなくてさぁ」
「女性なら万事OKは突っ込まない方が良さそうニャア。は置いといて、そんな感じじゃなかったとはミャ?」
突然、腕を広げて「そうなの!全然違ったの!は置いといて、さあ、アーニャ殿下!私の胸に飛び込んで来て!」と宣うノノワールに「置いとく方間違ってんじゃん!真面目に話しなよぉ!」とルーミャがチョップで突っ込んだ。
「いひゃい!舌噛んだ〜!ほら、舌をペロペーー何でもありません。私を追ってきた者がいたのです。そして、嫌な気分になった私は振り返り、ストーカー撃退の為に叫んだのです。そしたらーー」
要らないことを再度言おうとしていたノノワールにルーミャが爪を見せると彼女はビシッと軍人を思わせる立ち姿で朗々と語り始めた。
「そこには何らかの薬で肥大化した筋肉を持つ、顔面が半壊したような男が立っていたのです。焦点の合わぬ目でこちらを見ながら、とても学がなさそうな言葉でお前は女じゃないのか?と聞いてくるのですよ。私は答えました。どちらかと言えば男に近いんじゃないかって。そしたら、男は謝罪の言葉を口にしてどこかに消えるように歩いて行ったのです。私は怖くなって腰が抜けてしまいーー」
「あ......ああ......嘘。あ、あいつは.....やはり、まだ生きてーー「リュシカ‼︎」
ブルブルと震えて頭を抱え座り込んだリュシカに皆はある可能性が過ぎった。肩を抱いて「落ち着くんだ。小国列島の話だ。バーンシュルツ領含めて港の警備を固めれば再入国は難しいハズだ。それにまだ確定した訳じゃない」と、どうにか落ち着かせようとしている。
「リュシカ。どうしたの?何でそんなに怯えているの?」
困惑した様子のイムジャンヌは深く事情を飲み込めていない。無論、先輩たちから一年Sクラスのメンバーへと引き継ぎは済んでいたもののオープンキャンパスなどで全員が集まれずにメッセージによるやりとりのみ。完全に理解したとは言えない状況であった。
「アーニャ!先輩達に連絡お願い!私はひとっ走り職員室行って来る!エルフレッドはリュシカを保健室にーーあと事態を飲み込めてないアルベルトとイムジャンヌに説明お願い!あ、ノノワールは説明の為に一緒に来て!」
「わかったであります!」
ビシッと敬礼をしたノノワールはルーミャと職員室へと向かっていった。
「やっぱり、こういう時のルーミャは頼りになるミャア.......さて、妾はメッセージグループとサンダース先輩個人、レーベン王太子殿下に即連絡かけてくるミャ!少し頼んだミャ!」
携帯端末を取り出して、そそくさと廊下を出て行ったアーニャ。周りの生徒が何事かと見ているのが非常に都合が悪いのである。そうして、バタバタと動く周りにアルベルトは少し状況が読めてきたようだ。オロオロとしているイムジャンヌに「もしかするとだけど先輩達から引き継がれた例の話かもしれない」と表情を強張らせる。
「えっ......例の件って、もしかしてーー」
漸く事態を飲み込めたイムジャンヌは周りに視線を巡らせた後に「見世物じゃないから!少し視線を外して!」と周りを一括する。そして、エルフレッドへと視線を戻した矢先、彼は真剣な表情で頷いた。
「レディキラーの可能性が高い。俺はリュシカを保健室に連れて行くから事態の収拾を頼む」
彼女を横抱きにして保健室へと向かうエルフレッドにどうしても視線が集まってしまう。
「見世物じゃないって言っている......‼︎」
冷たい怒りを漂わせながら周りを威嚇するイムジャンヌを宥めながらアルベルトが二回大きく手を打った。
「リュシカ嬢が体調を崩したんだ。皆、気になる気持ちは解るけどエルフレッド君も着いているし、症状も軽い物だから心配しないで欲しい。もう両殿下やノノが先生達に説明してくれてるから安心していいよ。ありがとう」
それなら良かったと周りが安堵の息をつく中で少し申し訳なさそうな表情を浮かべたイムジャンヌにアルベルトは首を振った。
「気にしないで。実は僕も少し怒っているんだ。事情を知らないなら気にしないで欲しいし、本当に心配なら行動に移して欲しいってね。だから、みんなの代わりに怒ってくれてありがとう」
「アル......」
「さて、今日の放課後は忙しくなりそうだなぁ。早速プライベート仕様のミーティングルームを押さえないと」
真剣な表情を浮かべた彼は携帯端末を開くと彼は今日抑えられるミーティングルームがないか調べ始めるのだった。




