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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(下)
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8

 大きな溜め息を吐いたアマリエは「言って聞く奴ならば苦労はしないな」と苦笑してーー。


「大体、母親との約束の件はどうする?三日間の猶予はあれどこのままではどうしようもあるまい?何か策はあるのか?」


「ありません。もう暫くは魔封じの腕輪のまま生きようかと。どうにか二年生の初めまでに間に合えば良いですが......」


 困ったと言わんばかりの表情の彼に「暫くこのままで済む状況ではあるまい」と苦笑した。


「そもそも、エルフレッド君とレイナ殿の間には何の亀裂が入っている?おちょくったりはあるが基本的には仲が良い親子では無いか?それが戦いの話になるとこうも拗れるとは......」


 彼は真顔で「仲が良いかどうかは主観によるところが多いので、この際何も言いません」と無感情に告げた上でーー。


「自分が悪いという自覚がある前提で言えば、何度も死にかけている上に約束を破ったからでしょうね。エリクサーを使って死にかけていたのを誤魔化していたのがバレましたから」


「......盗人猛々しいという言葉を知っているか?エルフレッド君」


 呆れて物が言えないと表情を引き釣らせる彼女にエルフレッドは「そうでしょうね。自分でもそう思います」と頷いた上でーー。


「それでも夢を諦められないのが自分という生き物です。いいえ。多くの男性とはそういうものでしょう。夢を諦めれば腐って生きて生きていくしかないんです。それが趣味にお金をつぎ込んだり一見理解出来ないようなものを集めだしたりに変わるんです。堅実に生きている人はそれが夢というだけです。どっちかが妥協しなくてはなりません。そして、自分は妥協する気はありません」


「まあ、君の言うことも解らなくはないが、それを理解出来ない私達女性にどうやって理解させようと言うのか?」


「いや、理解は求めません。逃げます」


「おい」


「だって解り合えませんから。努力の問題でも話し合いの問題でもなく。明確な違いです。そして、今回は父親も賛成してはくれないでしょう。父親との約束も破りましたからね。要するに自分が夢を叶えるためには、この腕輪が外れた隙をついて逃げるしかないという状況です」


 アマリエは肩を竦めがら溜め息を吐いてーー。


「では何故、私にそれを話した?どう考えても私は親御さん側に回るだろう。そして、今のお前は魔力が一切無い。捕まえて家に放るのも簡単という状況だろう?」


 エルフレッドは「なるほど......」と顎下に手をやってーー。


「アマリエ先生が味方ではないと確認出来ましたので捕まるのは良しとしましょう。今は誰が敵で誰が味方か確認している段階ですから。どうぞ捕まえて下さい」


 手錠でも掛けます?と手を出す彼に「大人をからかうものではない」と怒るアマリエ。


「大体なぁ、そういった態度だから解り合えないのではないか?少しは親の気持ちも考えろ。子供が死にかけて喜ぶ親が何処にいるーー「では、アマリエ先生はエイネンティア公爵の()()()()()()()軍人になったのですか?」


「......お前、端からその言葉を引き出すために一芝居打ったな?」


 エルフレッドは申し訳無さそうに頭を下げられながら「嫌な気持ちにさせて申し訳ありませんでした。形振り構っていられる状況ではなかったのでーー」と苦笑した。


 彼女は「まさか特務師団で隊長を勤めた私が十六の少年に謀られるとは衰えたものだよ」と自嘲するように笑った。余程悔しかったのか態と少年などと侮っている辺り、彼女の心情が伺えた。


「それでエルフレッド君。ここ迄、言葉を引き出しといて私に何をさせたい?まあ、大した協力は出来ないだろうが?」


 エルフレッドは苦笑しながら「いえ、アマリエ先生にお願いしたいことは初めと変わらず、魔法戦闘部の練習に参加させて欲しいと言うだけです」と頬を掻いた。


 彼女は意外そうに眉を顰めてーー。


「それだけで良いのか?まあ、危険な思考を抱く生徒を監視するとでも思えば私の気持ちも多少は浮かばれようがーー」


 そんなに悔しいのか?アマリエ先生!と言いたくなるような言葉だったが、彼はただ一回頷いた。


「ええ。それだけです。強くなるにはそれが一番だと思った瞬間から何らかの方法で、その言葉を引き出そうと思っていました」


「解った。しかしながら逃げるという言葉も嘘ではないのだろう?そこは少々頂けないのだがーー」


 エルフレッドは真剣な表情で「嘘ではないですが最終手段ですよ。自分がまず行う手段はーー」ハッキリと言い切った。




「土下座です。誠心誠意謝って、それでも駄目なら逃げます」



 アマリエは「......そうか。策は無いが手段はあるということだな。しかし、エルフレッド君の夢というのはそこまでやるべきことなのか?プライドを捨てるようなものではないか......」と額を押さえながら呻いた。前から巨龍討伐に関して彼は少しおかしな感性をしていると思っていたが、今回のは流石に理解の範疇を超えている。


 しかし、彼は特に思う所は無いようだ。


「母の狡猾さに騙される所でしたが結果としては約束を破ってはいないのです。本来ならば謝る必要さえないでしょう。死なず跡を次ぐ。それに条件などなかった。しかし、親が騙されたというのであれば、そこはちゃんと謝ってみせます。()()()()()()()()()()()()と。大体、親に土下座するのにプライドも糞もありませんよ?痛む誇りもない。大事の前の小事ですよ」


冷静になった彼は様々なことに気付いていた。そして、約束も破っていないので実は母親の話に上手いこと乗せられていただけだとも解っていた。


 リュシカの泣き顔、まくしたてる様な話し方、そして、約束を破ったと()()()()態度ーー流石、自分に似て狡猾と言うだけの上手さがあった。


「......なるほどな。では、エルフレッド君は約束を破った訳ではないが上手いこと、そう思わされた。ならば、それを逆手に取って誠意を見せた上で今回の件を許してもらおうと言うことか。全くエルフレッド君達、親子はどうかしている。親子同士で謀り合いに騙し合いなど正気の沙汰ではない」


 エルフレッドは「だから仲が良いかは主観によるものと言ったではないですか?」と苦笑を漏らした。


「とはいえ母はあくまでも私の為を思って言っております。まあ、息子に早く旅立たれては正気ではいられないタイプでしょうから。それに引き換え自分は自分の為ですから正義は母親にあるでしょう。だからといって自分が騙されてまで夢を諦めることはしないと言うだけです。化かし合いも上等ですが猶予を与えたことが敗因でしょうね」


 それが彼の心情であった。結局のところ母親は息子が可愛くて仕方がないのだ。嫌われたとして長生きして欲しい。もっと自分を大切して欲しい。今回はそれが悪い方に出てしまっただけである。


「そこまで解っていてと思わなくはないが......今回はレイナ様に問題有りか......しかし、それならば最初から、そう言えば私のプライドまで傷つかなかったのではないか?」


 呆れ笑いが思わずーーといった彼女に彼は少し申し訳無さそうにしながらーー。


「可能性の話ですが、アマリエ先生自身にもそういう経験があったことを認識して頂かないと母親の目線で語られて打ち負かそうとするのではと考えたのです」

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