表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(下)
199/457

4

 絶景の露天風呂を楽しんでいると知らない老人が「これを一緒に楽しむともっと楽しめるからね」と熱燗を渡してくる。廊下ですれ違った人々がもしかして、という表情をするが特に話しかけてくることはない。従業員などは常にプロの顔ーー。アードヤード出身だから皆が皆知っているわけではないというのもあるが、こうも普通の人のように暮らせているのは久しぶりのような気がした。


 元来はAランク冒険者など、こんな感じのハズだった。確かに強いが顔が知れ渡るほどではない。そういった有名人的な苦労をしなくていい良さというのを体全体で感じながらリュシカが暇な時は一緒に来たいものだと思うのだった。


 完全にリラックス出来たエルフレッドは就寝。朝食後に暴風の巨龍が住んでいるとされる平原へと向かった。首都より電車を乗り継いで三時間、風魔法の飛翔に切り替えて五時間程。次回からは転移で行けるが距離は意外にある。とはいえ、生息地が人の生活圏に近しいことが、この巨龍の最大限の問題である。そして、時には物を吹き飛ばす風のように気性にムラがある。神の焔を扱うアマテラスの一族が有利属性ながら追い返すことしか出来ずに手を拱いている話を聞くと、かなりの強さを感じるが実際はどうなのだろうか?


 エルフレッドをもってして実力の底が見えないシラユキが追い返すのがやっとの相手ーーとはいえ、シラユキの場合は見るからに体調に変調を来しているので正しい評価がし辛いところがあるが......。さて、問題となっているコノシロ駅で降りて飛翔しながら平原を目指す。


 大陸平原という名のその場所は遠い昔は海を渡った先にあった場所だったそうだ。背の低い草が敷き詰めらたかのように辺り一帯に地平線を築く大草原である。現在は巨龍の住処の一つということもあって立ち入る者は少ないが、個々には創世時代の戦乱の後があり、アマテラス軍や敵国の貴重な遺物が大量に埋まっているとされている。その為、歴史的な価値から数多の考古学者が解放されることを望んでいた。


 当然ライジングサンとしても現王室の宝となる物が埋まっている可能性や発掘の様子によっては遺跡として開放出来れば観光名所にも出来る可能性があり、価値を考えれば真っ先に解放したいところではあった。


 もしもーーの話をするならば、シラユキが全盛期の時に家族仲が良い、もしくは少なくとも無茶な戦いを強いられず万全の状態で巨龍と戦えたならば、既に解放されていた可能性がある場所だ。無論、実際はそうならなかった上にライジングサンに甚大な被害を齎した巨龍の住処になってしまったのだが因果応報かーー結果、王家も甚大な被害を受けたのだ。


 エルフレッドは大草原の終わりに切り立った山脈の中で最も高い山であるフジの山目指し、飛翔しながらシラユキから借りた書物の内容を思い返す。暴風の巨龍の強さとは、やはり、翼も無く空を翔ける飛行能力と暴風を思わせる飛行速度の速さだろう。そして、四足の強靭な足を持ち、緑の大蛇のような畝る体を持つ。彼からみてとつけば諄く(くどく)なってしまうが同属性であること。


 しかし、それを鑑みたとして彼は万全の状態で戦えば何も問題ないと考えていた。問題ないというのは絶対に勝てるという話ではなく勝負が成り立つという意味でだ。最悪、風属性の魔法が効かずとも砂獄の巨龍を砕いた無属性の魔法がある。大剣のキレは良い。そして、ライジングサンでの一泊はとても良い休暇のように穏やかで自身は万全の状態の状態である。


 だから、彼は想像もしなかったであろう。暴風の巨龍の恐ろしさと強さは彼の想像を遥かに超えていたのだ。この時代において十全の巨龍がアルドゼイレンの他にもいたという事実は彼にとって幸福か不幸かーー何より偵察などという()()()()()()気持ちで相対出来るような相手では無かったのである。だから、その結果は必然であったと言えよう。先に結果を言ってしまえば、とても簡単な話であった。寧ろ、今まで巨龍と死闘を繰り広げながら、その日が訪れなかったことの方がある意味では奇跡のようなものである。













 エルフレッドは暴風の巨龍に負けた。それがことの顛末の全てである。













 飛翔していたエルフレッドは自身の属性ながら荒れ狂う風に遭遇して叩き落とされそうになった。視界が霞むほどの爆風にどうにか体勢を整えて、地面へと降り立った彼は頭上から響く呑気な声に体を震わせた。


「おー、人間がこんな所に来るとは珍しいなぁ。あの満月狐のお姉ちゃん以来かぁ」


 ガチガチと音を鳴らす体は武者振るいの様相だ。このように落ちつかないのはあのアルドゼイレンと初めて会った時以来である。


「今は活動期でもないから大人しく帰るなら送って帰っても良いがどうする?我とて食に困らなければ無闇に襲うことはせん」


 その喋り口調は非常に穏やかだ。もし、エルフレッドが帰ることを望めば本当に街の近くまで送ってくれるのかもしれない。しかし、彼は素直に頷く事が出来なかった。それは勿論、体が闘争を望んでいるというのもあったが、巨龍の言葉が引っかかったというのもある。


「暴風の巨龍、ビャクリュウよ!俺は引くことはしない。だが、一時停戦はありえよう!故に問う!活動期になれば甚大な被害を出す巨龍として獣人族との共存は可能か!」


 引っかかった言葉はそこだ。この巨龍は今でこそ穏やかだが活動期となれば周りに甚大な被害を齎すのである。自身で人族被れと笑うアルドゼイレンとは大きく異なるのだ。ビャクリュウは多少面倒臭そうなーーそして、呑気な様子を崩さぬままに当然のことと告げる。


「馬鹿なことを言う人間もいるものだなぁ。生態系の頂点が何故、自身より下位の生命体に気を使わねばならんのだ。人族の言葉を使うのも、ただただ対等な存在と話すのに都合が良かっただけ。人間のためではない」


 エルフレッドは大剣を抜いて正眼に構える。風の魔力を巡らせて、かの巨龍に襲い掛からんと気を張った。


「ならば、交渉の余地も無い。戦うのみ」


 そう言って口角を上げたエルフレッドにビャクリュウは小馬鹿にするような表情を見せた。


「人間よ。そもそも言葉を間違っている。お前達に許されるのは供物を捧げ地べたに這いずる嘆願のみだ。交渉とはーー」


 全身から吹き出すような風の魔力、その尋常じゃない質と量にエルフレッドは思わず瞠目した。半透明の風の膜が徐々にビャクリュウの体を包み込む。圧倒的威圧感、そして、圧倒的な存在感。


 何故、緑の巨龍ながらビャクリュウか?それは圧倒的な風の膜がかのキョリュウを覆った時、重なった半透明が白に見えるほど積み重なるからだ。


「対等な存在のみに許されるものだ」


 鋭利な牙を見せた暴風の巨龍。渦巻く風に包み込まれたその巨体は確かに全てを巻き上げ、切り刻む風の白に染まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ