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そんな様子を眺めながら「なるほどな」と呟いたエルフレッドは不思議そうな表情を浮かべるリュシカに「俺が感じたことだが」と微笑んでーー。
「ラティナ先輩の実力を測るために模擬戦をしたことがあるのだが、俺が左手で受けることしか出来なかった攻撃があってな。それがハイキックだ。確かにその鋭さといい、モーションの少なさと合致しない威力といい、きっと特別なものなのだろうと話そうとしていたところだったのだ」
「ふむ。それは興味深い話だな。なるほど。エルフレッド君から見ても特別なものだったのか......」
顎下に手をやって興味深そうに思考するアマリエと何だか気恥しそうに笑うラティナ。暫くそんな様子を眺めていたリュシカは言いづらそうにしながらも「その......エルフレッド」と彼の腕を突いた。
「どうした?リュシカ?」
「そんな話ではないのは解っているのだが......私にも何か特別なものは無いか?」
その言葉を聴きながら女性陣はおや?と口元が緩みそうになるのを堪える。この言葉は詰まる所、小さな嫉妬だ。しかし、男性陣は人によってはーーという質問だ。
例えば、態々言わないと解らない?という男性的な感覚や、このような場所で?と社交性を優先する感覚まで、その答えは幅広いだろう。ただ、女性として、そういう時でも優先して欲しい時があると理解出来るのである。
英雄エルフレッドからはどういった答えが飛び出すのか?それはここにいる女性全ての感心事とも言えた。
「特別なもの?」
「ああ、そうだ」
一瞬、質問の意味が頭を通らず聞き返した彼がリュシカから頷かれて答えを出すまでの時間は一瞬だったといっても過言ではない。
「リュシカの場合、存在自体が特別だが?」
何を当たり前の事を聞いているんだ?と言わんばかりの表情で不思議そうに首を傾げる彼を見て、皆は思考が停止した。
「......存在自体が特別?」
「ああ。無論そういう話じゃないというのならば、全能的才能も他髄を許さない容姿の美しさも特別なものだと思うが俺達の場合は恋愛のそれだしなぁ。共に居たいという特別な人で無ければこうはならんだろう?」
「そ、そうか。それならいいんだ......」
茹だった顔を両手で隠しながら頬緩みを隠そうとしているリュシカに女性陣は熱に当てられたように顔を手で仰いだ。嫉妬から一転してフラリとしな垂れかかり、とろんとした甘い瞳でエルフレッドを見つめるリュシカ。
「どうした?」
少し心配そうな表情を浮かべる彼に彼女は微笑みながらーー。
「少し、酔ってしまったようだ。先生達には悪いが少し風に当たりに行かないか?」
エルフレッドが少し申し訳なさそうに「リュシカがこう言っておりますので申し訳ないですが......」と頭を下げれば、二人は物凄く優しい笑みで「「大丈夫だ(よ)気にするな(しないで)」」と言いながら、まあ、(酒に酔った訳では無いのだろうけど)と心をシンクロさせた。
「ありがとうございます。では、一旦失礼致します」
と踵を返す彼に寄りかかったままの彼女。
「大丈夫か?」
と彼が問えばーー。
「ちょっと大丈夫ではないから肩を支えてくれないか?」
とちゃっかりぎゅーと抱き着いている。
「リュシカが望むならいくらでもそうしよう」
甘やかな優しい笑みを浮かべて肩を抱き、邸宅の何処かへと消えていった二人を見送った後、二人は顔を見合わせる。
「エルフレッド君はああいった一面も持っているのだな」
「奇遇ね、叔母様。私もそう思っていたところよ。もう少しドライな感じだと思ってたわ」
「大体な全能的才能とか他髄を許さない美しさとか、本当だとしても良く言えるなと思わんか?もうベタ惚れではないか」
「そうね。もう甘すぎる空間すぎて少女漫画でも読んでる気分になったわ......はぁ」
ラティナは少し悩ましげな溜息を吐くと友人と話している婚約者の方へと視線を向けてーー。
「元々大事にしてきたつもりだったけど......私、何だか婚約者をもっと大事にしないといけない気分になってきたわ」
「奇遇だな。私も何だか夫をもっと大事にしないといけない気分になったぞ?」
再度、顔を見合わせた二人は大きく頷きあった。
「ということで叔母様。私は婚約者のところに行ってくるわ」
「解った。私も家族の所に向かうとしよう」
そうして二人は解散した。余談だが、いつもと違う嫁や婚約者の様子に男性陣や子供達は少し戸惑うも誕生会終了後には何だかんだで良い雰囲気になって、それぞれの時間を楽しんだのである。
○●○●
卒業式。それは学園という一つのコミュニティーから別れを告げ、社会という新たなコミュニティーに向かう大事な区切りの一つである。特に三年Sクラスの仲が良かった面々は国が違ったり、要職が待っていたりと学園が終われば会うことすら困難な面々が多いのである。
式の始まりから涙を拭う者も多かった。卒業式が終われば次の日には新一年生が使う準備の為に退寮せねばならず、その時点でアードヤード外に住む人物とはお別れなのだ。例えば、生徒会のいつものメンバーならエルニシアとは明日でお別れということになる。そして、レーベンは王太子殿下としての活動や何れ引き継ぐ国王就任の準備などで、早々会えなくなろうだろう。
ラティナやカーレスも軍人としての訓練が本格化すれば合うことは難しい。比較的、自由なのは名門大学の法学部へと進学するサンダースだろうが、他のメンバーがこの状況では早々遊ぶことなど無くなるだろう。要するに彼等が彼等として集まり、彼等として活動出来る機会はこの卒業式が最後なのだ。そして、全員が全員で集まれる機会など永劫訪れないのかもしれないのである。
「ーー私はこのアードヤード王立学園で大切な仲間に会えたことを誇りに思っています。そして、その仲の友人達と共に世界大会を優勝出来たことは最大の誇りだと感じています。立場が変わり公的な場では皆と気軽には話せなくなってしまうことが今後の唯一の悩みとなることでしょう。王太子としての責務を果たすこととは人の上に立つことなのです。皆も私とは事情が違った理由であれど仲の良い友との別れがあることだと思います。だから、今日という日は後悔の無いように過ごして欲しい。心からそう願います。卒業生代表レーベン=ライン=アードヤード」
沢山の思い出に溢れた彼の代表挨拶に皆の涙混じりの拍手が鳴り響いた。校歌斉唱の際などは涙で歌えない生徒も多かったが教師も特に咎めることはなく同じように涙を流すのである。在校生の代表として見ていたエルフレッドやリュシカなどもその光景には涙を堪えることが出来なかった。特に生徒会メンバーには本当にお世話になった。リュシカを助ける為に暗躍してくれた彼等には感謝しかないのである。
そんな彼等が学園から離れることは即ちリュシカを守る人間が減るということだ。そこに一抹の不安を感じることがあるが、その分は自身が補わなくてはならないとエルフレッドは思うのだった。隣で涙を流すリュシカの背中に手を添えながらエルフレッドは強く思う。
自身の大切な人は自身の手で守らなくてはならない。無論、協力者はいるが、そこが無くても大丈夫なくらいに完璧に守ってみせる事が彼が先輩達に出来る唯一の恩返しであるとーー。
(今後は自分が必ず守ってみせます。先輩方、本当にありがとう御座いました)
心の中で誓いを立てながら、彼は涙を拭うのだった。




