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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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 何処かハキハキとした口調で話す彼女に多少の違和感を感じながらもリュシカは微笑んだ。


「どう言ったらよいのか......ですが、ラティナ先輩は夢の為に非常に邁進している様子ですね?」


 エルフレッドは佇まい、口調、そういったものが様になってきていると感じていた。ラティナは「あら?エルフレッド君は解るのね?」と嬉しそうに笑った。


「叔母様がラクリマ様と話し合って軍人としての基礎訓練をつけてくれているのよ?確かに辛い訓練だけど自身の夢の為だと思うと頑張れるものだと実感しているところかしら?」


「ラティナは思った以上に筋が良い。家の筋肉ダルマも褒めていたしな。この堅物の息子もそうだ。自信を持って望むと良い」


 隣でラティナとの話が終わる迄と家族団欒を楽しんでいたアマリエが身長が高い息子、ケルヴィンの肩を無理矢理抱きながら笑っている。珍しく少し酔っているようだ。


「母上、痛みがあるので即刻その行動を謹んで頂く事を要求する」


「なら謹んでやってるから大丈夫だな?私に歯向かうのは十年早いぞ!ケルヴィン少佐!」


「母上は元軍人で御座いますし、長官だとして公私混同も甚だしい横暴であります!!」


 絡み酒に困り果てたケルヴィンの後ろでアハトマンは肩に乗せた娘に対して微笑んだ。


「ああなったお母様には絶対に近づいてはならん。解ったな?」


「はい!お父様!!」


 良い笑顔で頷く娘の頭を撫でながら少し距離をとって気配を消すアハトマンであった。


「リュシカ嬢、おめでとうございます。そして、初対面がこのような形で申し訳ありません。アードヤード王国軍第一師団所属、少佐ケルヴィンで御座います。よろしくお願い致します。エルフレッド殿」


 握手を求められたエルフレッドは笑顔で手を取ってーー。


「ケルヴィン殿、こちらこそよろしくお願い致します。普段より母君であられるアマリエ先生には非常にお世話になっており、とても感謝しております。本日は珍しく酔っておられるようですが.......」


「その件に関しては真に申し訳ありません。御二方の件で気を揉んでいた事が解決したのもありますが、従妹のラティナがラクリマ様に褒められたのが本当に嬉しかったようで、この様な痴態をーー痛い!!母上、痛いであります!!」


 肩が極められてタップを連打するケルヴィンに対して「痴態とは言葉が過ぎるぞ!ケルヴィン少佐!」とアマリエは酔っ払い特有の面倒臭ささを発揮していた。


 その様子を眺めながら苦笑した三人は一旦顔を見合わせてーー。


「それにしても軍仏と呼ばれたラクリマ様に褒められるなんて、ラティナ先輩は本当に軍人に向いて居られたのですね!」


 リュシカが嬉しそうに微笑むとラティナは少し苦笑しながらーー。


「実はそれも結構不思議な褒められ方なの。叔母様は喜んで下さってるけど、全国大会の時の佇まいとハイキックの綺麗に伸びた足がシャンとしてて惚れ込んだって言われてーー凄い人の感覚は少し解らないと思ってしまったわ」


 隣の身近な凄い人であるエルフレッドはどう思う?と言った視線を投げかけてくるリュシカに苦笑を漏らしながら「俺も本人では無いので解らないところもあるが......」と呟いてーー。


「理由は解らないが、ラクリマ様はきっと佇まいや姿勢などを大事にされている方なのだろう。それにラティナ先輩のハイキックはーー「それについては私が話そう」


 いつの間にかケルヴィンから腕を解いたアマリエが真面目な表情で呟いた。その後ろで腰まで痛めたのか膝立ちで腰を抑えたケルヴィンが気配を隠す父親に向かってーー。


「鬼神と恐れられるアードヤード陸軍元帥が自身の貰った嫁の不始末を取れないで恥ずかしく無いのでありますか!!答えを聞かせて頂きたい!!」


 アハトマンは素知らぬ顔で肩から腕に抱き直した娘の背中をポンポンと叩いてあやしながらーー。


「三十六計、逃げるに如かず。これは戦略的撤退だ。ケルヴィン少佐。それにだな。私は今娘をあやしている。あの状態の彼女の前に娘を晒して良いと思うのか?私は思わないなぁ」


「アハトマン陸軍元帥!!!!」


 クソおおおと言わんばかりに床を叩いている彼に娘が無邪気に笑っている。意外といつもの光景なのかもしれない。とまあ、そんな茶番は放っておいて、しみじみとした表情のアマリエは思い出すように話し始めた。




 当時、ラクリマが軍人学校を卒業して直ぐの十八歳の頃の話だ。今の王国軍の状況に比べれば漸く女性軍人の地位が認められた頃だ。まだまだ見えないところでの差別があった。


 その時、ラクリマに格闘技の指導をしてくれた女性教官等は世間の風潮さえも敵の状況であったから大層苦労したと聞く。綺麗な佇まないの小柄な女性教官ーー聞けば彼女も親からは侍女を目指すようにと厳命されていた。


 ある日、新人軍人の一人が彼女に噛み付いた。平均身長程も無い女性の教官にエリートの自分が指導を受けるのは納得いかないと言い出した。百八十cmを超える巨漢は名家の出身ということもあってとても才能があった。その為に風潮のそれと慢心があったのだと言える。


「納得出来ない気持ちは汲もう。ならば一戦交えてみようか?」


 女性教官は冷静に告げて彼はそれに乗ったのであった。そして、その勝負はそう長く続かなかった。間合いを詰めた彼は体格差を活かして組み技に持っていこうとタックルを放ちーー。




 次の瞬間には床の上に転がっていた。




 その瞬間大半の新人軍人達は何が起きたか全く解らなかった。女性教官の足が上がっていた事から何らかの蹴りが飛んでいたことだけは理解した。そして、目が良かったラクリマにはその閃光の蹴りの軌道が美しく脳裏に焼き付いていた。


 右側頭部へのハイキック。


 脳を揺らすそれが彼の意識を奪ったのである。そして、女性教官は溜息と共に皆へ向けて告げた。


「ここまで派手に倒すつもりは無かったが、まあ、実力はこの通りだ。まだ文句のある奴はいるか?」


 そこから彼等が文句を言うことは無かった。そして、ラクリマは感動に打ち震えたという話だ。因みに余談だが倒された彼は意識を改め、とても女性軍人を大切にするようになった。残念ながら教官は寿退社で三年後には辞めてしまうのだが、その時も最も残念がっていたのは彼だった。


 彼はその意志を継いで軍人平等を訴えかけて後に総帥、そして防衛大臣まで登りつめるのである。つまり前ヤルギス公爵でリュシカの祖父に当たる人物だ。




「ラクリマ様は、その蹴りが未だに忘れられないそうなのだが、残念なことにゲリラ戦で軸足に銃弾を受けてな。医術的には完治しているが本人は軽度の突っ張りを感じていて体得を諦めたそうなんだ」


「そんなエピソードだったなんて......」


 それ以上、言葉が出ないというラティナを前にしながらアマリエは少しバツが悪そうに言った。


「無論、悪い意味で言ったのではないことは解っているが姐と慕うラクリマ様の感覚を少し解らないと言われたのに思う所があってな。本人に聞かされた時は初めて聞いた風にしてくれ?」


 申し訳無さそうに「配慮が足りませんでした。叔母様」と頭を下げるラティナに彼女は「いや、あくまでも私の感覚だ。気にするな」と苦笑した。

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