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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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 無表情でボソリと呟いたエルフレッドに「いいえ。貴方が産まれてきて、このように立派に育ったから見る目があるのですよ?何も良妻賢母だけが良い母ではないのです」と得意気な表情を浮かべているのが妙に腹立たしかったが反論すれば自身の人間性の否定に繋がる可能性もある面倒さ加減だ。


 憮然とした表情のままの彼を見て笑い出すヤルギス公爵家の人々。エルフレッドは苦々しくも頬を紅潮させて頭を掻いた。


「言葉ではレイナ様の方が上手のようだな?面白いものをみせてもらった」


「カーレス先輩、勘弁して下さい。今とても恥ずかしく感じているので......」


 余計なところを見せてしまったと苦笑する彼を尻目にゼルヴィウスは咳払いをしてーー。


「さて、楽しいものをみせてもらったところで、そろそろリュシカを呼んでくるとしよう。メイリア。少しの間、この場を任せて構わないかい?」


「ええ、貴方。リュシカを頼みますね」


「確かに。それではバーンシュルツの方々、またお会いしましょう。楽しんでくれたまえ」


 彼はそう告げると邸宅の中へと向かっていく。それを返事と共に見送ってーー。


「それではヤルギス公爵家の皆様、私達も主役が来るまでに知己の人々に挨拶回りをして参ります。後ほどお会いしましょう」


「ええ。レイナ様、エルフレッド君。またお会いしましょう」


「エルフレッド殿、後程会おう。レイナ様も本日は宜しくお願い致します」


「メイリア様、カーレス殿、ありがとうございます。それではまた後でお会いしましょう」


 一時の別れの挨拶をして、二人はそれぞれ知己の人物に挨拶に向かう。リュシカが現れるまでの間、時間潰しもそこそこに二人は社交の場に繰り出すのだった。




 普段とは明らかに違う大人の様相を意識したドレスを身に纏ったリュシカが現れると会場に居る全ての人間が拍手で出迎えた。


「ーー本日という日を皆様と過ごせる幸せを感じながら十七歳となった私の挨拶とさせて頂きます。本日はご来場頂き誠にありがとうございます。皆様にも良き日となるよう祈っております」


 来場に向けた挨拶に再度拍手が打ち鳴らされ彼女は頭を下げた。そして、挨拶回りをしながら最後にエルフレッド達のところに現れた。


「レイナ様!エルフレッド!本日は私の誕生日に来て下さって有難うございます」


「いえいえ。私もリュシカちゃんに会えることを楽しみにしていましたよ?ここだけの話、私の息子で本当に良かったのかでしょうか?」


 ジトリと視線で「......母上?」と余計なことを言うな、と視線を送る彼を無視しながらレイナはニコニコと笑っている。そんな質問にリュシカは少し気恥ずかしそうにしながらーー。


「いえ、私にはエルフレッド以外は有り得ません。寧ろ、体のこともある私で良いのかと今でも思うことがあるくらいで御座います」


 少し申し訳なさそうに告げるリュシカにレイナは微笑んでーー。


「辛いでしょうによく話してくださいました。私達は元は平民ですから、そうなった時は国に土地をお返しすれば良いのです。そこに何の執着は御座いません。その時はエルフレッドの資金で買ったアードヤードの別宅にでも住めば良いのですよ?ですから何も心配しないで嫁いで来てくださいね?私はリュシカちゃんが義娘になる日を楽しみにお待ちしていますから」


「レイナ様......本当にありがとう御座います......」


 少し感動に涙を浮かべているリュシカを見ながらエルフレッドはホッと安堵の息を吐いた。


「まあ、今ある金額だけでも慎ましやかに暮らせば一生暮らせるだけの金額はあるんだ。母もこう言っているから何も気にするな。リュシカの体にはストレスが一番触るからな。気に病まないでくれ。それにしても本日も真に美しい。大人びた服装も似合うのだと素直に驚いているところだ。それにネックレスも良いアクセントにして着けてくれている。俺は嬉しく思うぞ」


 彼が微笑みながら告げると彼女は少し溢れた涙を拭いてーー。


「ありがとう。心が暖かくなって嬉しいと感じている。私は本当に幸せ者だな」


 そして、化粧が落ちないようにと浄化の炎で身綺麗にして彼女はエルフレッドの腕を取った。


「それではレイナ様。エルフレッドを借りていきますね?」


 リュシカが恋人がするように腕を抱きながら言えば、レイナは嬉しそうに何度も頷いた。


「家の息子でよければ何度でもお貸し致しますから、気にせず持って行ってください」


「物のように言うのはどうかと思うがな......やれやれ、リュシカ。何処に行こうか?」


 肩を竦めて見せた彼が言えば彼女は「漢字は違うが私の物だろう?」と微笑んでーー。


「庭園に行こう。実はこの時期にしか咲かない花が一週間前くらいから咲き始めて今、とても綺麗なのだ。乾杯にもあった。ロゼのシャンパンでも飲みながら花を愛でようではないか?」


「本当にロゼのシャンパンが気に入ったのだな?乾杯も挨拶も終われば暫くは自由か。それならばそうしよう」


 そして、邸宅の方へと向かって行った二人を眺めながらレイナはシャンパンに口を付けてーー。


「リュシカちゃんは本当に良い娘です。これで当家も安泰ですね......帰ったら手帳は処分しないと......」


 高位貴族の御令嬢を調べ尽くした例の危ない手帳の話である。レイナの目から見ても余程の事がなければ二人が別れるようなことはないと判断出来た。その上、体のことについても治療は良好とのことで最悪の場合は話した通りだが、実際はあまり心配するような自体ではないと彼女は判断している。


 ならば、あの手帳は保管しているだけでリスクを背負わなくてはならない代物ーーさっさと処分して身軽になった方が良いのである。きっとリュシカやメイリアのような人間はこんなことはしないだろうし、社交の場を戦場とした立ち回りなど考えもしていないのだろう。エルフレッド争奪戦のようなことは確かにあったが、あの辺りが彼女達の想像しうる最大級である。


「......生まれながらに格が高いとこうも違うものでしょうか。少し羨ましさを覚えてしまいますね」


 騎士爵と貴族とは呼べないところからスタートしたレイナの戦いは息子の功績とほぼ嫁確定の存在のお陰で今、終わりを告げようとしている。無論、ちまちました小競り合いや権力に絡んだマウンティングに関してはこれからも続いていくだろうが、息子の結婚相手選びが最も苦労した戦いであったことは言うまでもない。


(家に帰ったらちゃっちゃと燃やしてしまいましょう)


 家に帰った後の証拠隠滅を企てながら、レイナは話しかけてきた相手に笑顔で対応して付き合うべき人物の選別にとりかかるのだった。





 見事な白一色に咲き誇る変わった花と共にロゼのシャンパンを楽しんだ二人は色々とお世話になったアマリエとたまたま合流していたラティナへ感謝を告げるべく、彼女らの立っている方向へと向かった。


「アマリエ先生、ラティナ先輩。色々とご迷惑をお掛け致しましたが、無事に一つの結果を迎えることが出来ました。これも皆様の協力あってのことです。心から感謝を申し上げます」


 実はカーレスから三年Sクラスメンバーはリュシカの真実をほぼ理解しており、影に協力者を募って応援してくれたことを告げられていた。反対に彼等、彼女等もカーレスからリュシカに話したことを聞かされていたので別に驚くことは無かった。


「いえいえ、大変な時期を乗り越えてこその二入の仲だと思っているので協力の件は気にしないで欲しいわ。リュシカちゃん。本当におめでとう」

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