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その日、ヤルギス公爵邸は慌ただしい様相に包まれていた。侍女の表情は真剣そのものだが今日という日を迎えることを誇らしく感じているのが見てとれた。そして、テキパキと指示を出すメイリアの表情はとても活き活きとしている。
本日はリュシカの十七歳の誕生日である。世界政府加入国家においては同年一月から十二月を同学年とするため、人によっては在学中の年齢が一歳上になる。各国の行政手続きを解りやすくした結果だが同年産まれで統一されたことで下がったコストは非常に多く利点は非常に多かった。
勿論、学園の休日に合わせての週末の為、実際の日にちである三月二日とは日付のズレがあるが在学中の誕生会などそんなものである。因みに三月二日は学園内であることを利用して何時ものメンバーで誕生日を祝った。場所はエルフレッドの部屋だ。状況の説明は済んでいたので二人の時間も楽しんでいる。カーレスは少し物言いたげだったがレーベンが連れ帰った。
認めたことと実際にイチャイチャすることでは感情的に微妙なようだ。とはいえ、婚約も終わっていない二人は極めて健全な時を過ごしたがーー。
話は戻り、主役であるリュシカは身支度の為に相応の時間を使っており誕生会の開始までは姿を現す暇もない。高位貴族の誕生会は社交の場も兼ねているため適当な姿で現れることが出来ないのだ。
聖魔法の治療を受けて朝から湯浴みやマッサージを受けて衣装を合わせる。首元にはエルフレッドから貰ったアイオライトのネックレスが輝いていた。衣装も彼女の髪の色とアイオライトの紫を際立たせられるように配色に拘りが有り、合わせる段階まできた時にはそれ以上の組み合わせは無いと思える程の出来栄えであった。彼女はその自身の立ち見姿に非常に満足しており、隙をみては姿鏡で全身を眺めるのだった。
化粧はしっかりと大人の女性を意識したものにされており、誕生日に相応しい大人びた様相だ。飾り物についても子供っぽさを感じる物は態と外しており十七歳の少女であるという意識を完全に消し去った妖艶なものだ。
(エルフレッドはどう思うのだろうかーー)
その胸中はとても楽しみでちょっぴり不安だ。リュシカにとっては彼の評価が全てなのである。我ながら本当に恋愛脳だなぁと思わざるを得ないが自身がそういうタイプだということは重々承知しているので今更どうこうしようとも思わない。告白を受けたあの日以来、彼女の胸中はとても穏やかで彼に好かれていると思うと不思議と体調まで良くなってきてバイタリティが溢れてくるのである。
今日はレイナと一緒に来るということもあってご家族との相性は常々考えてしまうものだ。とはいえ、レイナとは元々仲が良く、今の所は問題らしい問題を感じたことがない。実際に深く関わるようにならないと解らないところもあるが、きっと大丈夫だろうと思えた。
「リュシカ。準備は整いましたか?」
そんなことを考えていたところ準備に追われていたメイリアがやってきた。一段落ついて本日の主役の様子を見に来たといったところかーー。
「はい。母上。このようになったぞ」
姿を見せるようにクルリと回ると華やかなドレスがフワリと舞い上がった。メイリアはその姿と首元に輝くアイオライトのネックレスを見てとても嬉しげな表情を浮かべている。
「とても似合っておりますわ。それに表情も、とても生き生きとしています。どれもこれもエルフレッド君のお陰ですね」
「ふふ、母上。改めて言われると照れてしまう。とはいえ私はそういう性分だからな。今はとても満ち足りている」
「私も嬉しいですわ。ユーネリウス様というのもありますが、やはり、娘が幸せそうにしているのを見ていると心が穏やかな気持ちになりますからーーシラユキ様の件が有って少しの間は公にするのは我慢する必要は有りますが、それ以外はバーンシュルツ家の方々と協力し合って上手く関係を育んでいけるように致しますわ。だから、何も心配せずにその時その時を楽しんで過ごすのですよ?」
「ありがとう。母上」
そう微笑んだリュシカにメイリアは優しげな微笑みを浮かべると彼女を少し抱きしめて頭を撫でた。
「貴女に御神の祝福をーーそれでは私は準備の続きをして参りますね?」
「わかった。本当にありがとう、母上」
「いいえ。貴女の晴れ舞台ですからね。では、また後で迎えに来ますわ」
メイリアはそう言うと微笑みながらリュシカの部屋を去って行った。その頃合いを見て侍女が再度、髪飾りを含めたヘアーアレンジメントを始める。その様子を鏡越しに眺めながら彼女は彼のことを思い浮かべるのだった。
○●○●
情報のリークが起きる状況というのはどういった状況だろうか?いくら報酬と共に箝口令を敷いたとしてもゴシップ記事が無くなる事はない。根も葉も無いものであれば出鱈目を書き綴れば良いのだろうが、信憑性に欠ければその後の仕事に関わってくる。
その為、どうにかして本当の情報を手に入れる必要があるが、やはり、高位の貴族というのはセキュリティーが非常に高く機密が漏れることの方が少ない。周辺どころか利用店に至るまで信頼を売りにしている所ばかりを使うのである。リュシカのことを嗅ぎ回っているジェームズは一向に集まらない情報に多少の苛立ちを感じながらも、今まで使った手法の内、より効果的な物を使ってどうにかこうにか情報を掴もうとしていた。
彼の予想では龍殺しの英雄エルフレッドとリュシカの仲はそれなりの物になっていると予想された。それはあの告白の日、やはり状況を探っていたジェームズはレストランの様相や緘口令の具合から機密性の高い密会が行われたことを察している。無論、両家関係者には「そんな事実は無い」とにべもなく告げられているが、彼の勘が絶対にそんなハズは無いと告げているのだ。
話は戻って情報のリークについてだが、彼が取る手法は極めて簡単な物だ。リュシカに関わった可能性がある病院の看護師やレストランの従業員の内、その後、辞めた人物を洗いざらい探す。そして、多少調べて金銭的に困窮している者、もしくは何らかの事情により現在不幸な人間に目星をつけておくのだ。
基本、そういう所というのは辞めた後も機密保持の契約やプライパシーの侵害に対して厳しい罰則や法的な措置も辞さないような契約がなされているのだが、人というのは存外に脆く弱い。自身が幸せな状況なら未だしも例えば大いなる希望や夢を持って仕事に当たっていた人物が理想と現実のギャップにやられて精神を病み、辞職まで追いやられてしまうと簡単に崩れてしまうのである。
特に狙い目はアードヤード総合病院に居た人物だ。彼等は高等教育までで通常九割の仕事につけるこの時代において、専門性を問われる大学まで卒業し二年の実習を得て、漸くそのチャンスを得れる。看護師や医者になるだけでも相当のエリートなのだが、更に総合病院まで勤めれるような人物は余程の人物なのだ。
そんなエリート中のエリートが現場で何らかのミスを犯し、窓際に追い込まれ居場所を無くして辞職した場合、通常の同条件より酷い精神的ダメージを受ける。そういった人物を見つけてその後の生活も上手くいってないことが確認出来れば、彼の中ではリーク率の高い人物のリスト入りが確定する。
酒やギャンブルに手を出しているような人物は最高で世の中に不満を抱いている可能性が高く、当然お金にも困っている。少なくともリーク情報の提供者としての機密性を守る事を条件に報酬をチラつかせれば最低でも交渉の席に訪れる事は間違いない。そして、リークされる側の幸福と真偽は不明だが不正の可能性を伝えれば彼等は正義の大義名分を得てあっさりと情報を渡すのである。
そして、今、彼は目ぼしい人物を見つけた。
今はまだ接触には早い。辞めてすぐだと流石に良心が咎めるのだ。他の候補を見つけながら一ヶ月半〜二ヶ月は泳がせたいところであった。




