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「前向きに検討するって何の話ミャアア‼︎お前‼︎リュシカを捨てる気ミャアア‼︎そんな男は妾も願い下げミャアアアア‼︎」
怒り全開の彼女に萎縮しながらも正座するエルフレッド。遂に伝わったかと頭を抱えながら「そ、そんなつもりは全く‼︎ちょっと、ちょっとで良いから話を聞いてくれ‼︎」懇願するように言う彼に腕を胸の前で組んだ彼女は尚も苛立たしげにーー。
「ああん⁉︎どの口が言うミャ‼︎最近、リュシカと会ってないらしいミャア‼︎それに母親からも、もう言質は取れてるミャア‼︎言い逃れが出来ると思うニャア‼︎」
「い、言い逃れなんて滅相もない‼︎とりあえず、現状を話させてくれ‼︎......あー、油に火を注ぐだけかもしれないが......」
小声でゴニョゴニョと何事かを呟いた彼に「漢を見せるミャ‼︎うじうじするミャア‼︎」とアーニャからの怒りの声が響く。エルフレッドはビクっと体を震わせると意を決して話し始めた。
「ーーという事があって今、恋愛感情と責任感の板挟みなんだ。どうしたら良いか解らなくなってしまって頭が整理出来るまでは会わないほうが良さそうかと......」
「......」
エルフレッドは全てを話した。シラユキとの会談の際はリュシカに対する恋愛感情はなくシラユキの話に納得できる面もあった為、そういう方向も含めて検討したいと伝えた。しかし、その後の交流会の際、それをリュシカに伝えることに異常な罪悪感を感じた辺りから彼女に恋愛感情を抱いてしまったこと。その結果、シラユキに対する約束という責任感とリュシカに対する恋愛感情の板挟みになり身動きが取れなくなってしまったことーー。
それを聞いたアーニャは胸の前に腕を組んだままの仁王立ちでギロリとした視線をエルフレッドに向けてーー。
「お前は馬鹿ミャ。本当に驚くべき馬鹿ニャ。今日からエルフレッドじゃなくてバカフレッドとでも名乗れば良いミャ」
「私は今日からバカフレッドでございますーー「受け入れてんじゃないミャアア‼︎お前は巫山戯てるミャアア‼︎ここで張り倒してやろうミャアアア‼︎」
「理、理不尽な......」
言葉を失ってシュンとする彼に不覚にも萌えーー苛立ったアーニャは冷笑を浮かべると「理不尽と言ったミャア?」と犬歯をギラつかせながらーー。
「良いことを教えてやるミャ。妾達女性は感情が大事ミャ。妾は頭を使う性分故に論理的なところもあるにはあるミャ?しかし、最も大事なのは感情ミャア。お前はそれを蔑ろにしてるから可笑しなことになってるミャア」
その言葉を聞いたエルフレッドは少しビクつきながらも思い立ったことを口に出した。
「し、しかしアーニャ殿下。最近ではXYの遺伝子が劣化や欠損によって男女が曖昧になっているという話がーー「最近の遺伝子事情なんてどうでも良いミャアアアア‼︎」
正座の状態から横に緊急の受け身を取った彼は「殿下‼︎足‼︎足が出ております‼︎」と頬を掠めた蹴りに冷や汗を垂らした。
「良いミャ?次に戯言を吐いたら蹴り飛ばして踏みつけまくるミャ?わかったミャ?」
「......はい」
どうやら本気で大人しくした方が良さそうだと綺麗な正座を決めたエルフレッドは大人しく頷いた。
「お前に残された道は一つミャ。明日、リュシカに会って、さっきの話を全部話すミャ。そして、お母様と話をつけ次第、婚約する運びにするそれだけミャ」
「......あの、全てとはーー「もう全てミャ。要するに告るミャ。まっ、さっきのウダウダした話で愛想尽かされたら妾がリュシカを貰ってハッピーエンドにするからお前は用無しかもしれんがミャア。今の状態は仕事と私どっちが大事?の亜種みたいなものミャア。女性の立場からすると結構イライラする話ニャア。わかったミャ?」
「御意」
エルフレッドが土下座しながら答えるとアーニャはスッと手を差し出した。
「......殿下、その手は?」
「携帯端末」
「はい?」
「いいから早く携帯端末出すミャ。ウダウダ悩んで連絡しないかもしれないから妾が送ってやるミャ」
エルフレッドは全身から汗を噴き出させながらーー。
「あ、あのそれだけはご勘弁をーー必ず送りますので携帯端末だけは......」
「なら、今ここで携帯端末出して送るミャ。牡丹の間にでも誘えば半分は伝わるだろうミャア」
彼は震える指で寮に備え付けてある時計を指差しながらーー。
「あ、あの殿下。時間がですね。その大変遅い時間にーー「ああ?」ーーいえ、何でもございません。送ります。送らさせて頂きます。はい」
速攻で携帯端末を開き、リュシカに送るメッセージを作成し始めた彼に対してアーニャは少し怒気を緩めながらーー。
「そこが解決したら私も協力しやすいミャ。事情を全部話せば妾とエルフレッドでデートを偽装したりしてお母様との約束もちゃんと守っている体を出す事が出来る。そうなれば最終的にリュシカを選んだことにも出来るニャア。そうすれば一応、責任感に対しても体裁を整える事が出来るミャア。最終的に断った時、お母様がどういった対応を取るかまでは予想出来ないが、それに備えて根回しを進めれば後は当事者だけの問題に出来るだろうミャ」
お互いにデートしてみたものの実際思っていた感じとは違った。同時期に婚約者候補として上がっていたリュシカとの相性の方が良く、様々な面を鑑みた結果リュシカを選ぶことになった。その流れを作れば体裁は整っていると言えるだろう。
『ピロン‼︎』
「なんてミャ?」
エルフレッドの携帯端末に連絡が返って来るや否や答えを求める彼女に対して、彼は慌ててメッセージを開きーー。
「明日の十七時頃に待ち合わせることになりました。大事な話と伝えたので相応しい格好で来るとのことです」
「まあ、今の状態にしては上出来ミャ。褒めてつかわすミャ」
「ありがとうございます」
再度、土下座を決めるエルフレッドに対して彼女は「だがミャア」と低くした声色を出すとーー。
「次にこんな巫山戯た事があったらただじゃおかないミャア。頸動脈にグッバイしたくなかったら次からはこんな自体を招かぬようにニャア?」
「御意」
そう答えると魔王は満足気に頷いて部屋を出て行った。取り残されたエルフレッドは冷静になって頭を抱えたが、もう決まってしまったことは致し方無い。
「......覚悟を決めるか」
早めの時間に空いている美容室を探し、アクセサリーショップを探す。ある程度目星を着けて明日はどんな一日になるだろうと彼は頭を掻くのだった。
割とスッキリした気持ちで部屋を出たアーニャはこれで良かったのかもしれないと考えていた。正直な所、エルフレッドとリュシカの婚約決定の際は湿っぽくなるような気がしていた。しかし、最後の最後で彼がアホなことをしてくれたので存外アッサリと諦めることが出来た。
「お、そういえば今日は満月ミャ」
窓から外を見たアーニャは霞んだ月にガッカリして自室へと進み始めた。
「何ミャ。季節外れの朧月ミャ......さっさと寝るミャ」
溜息と共に呟いて眠気でしぱしぱとしている目元を擦った。




