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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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 世界大会の幕は呆気なく閉じた。優勝はアードヤード。準優勝はライジングサン。三位クレイランド、四位グランラシアーー。大凡予想通りの結果に終始し、圧倒的な実力を見せたアードヤードにはシラユキからトロフィーと賞状が授与され観客からは惜しみない拍手が送られた。


 代表としてレーベンがそれを受け取り掲げて皆で優勝を喜び合った。アマリエも生徒達に拍手を送りながら潤んだ瞳を時折抑えていた。確かに実力は凄まじいものがあったが、ここまでの道のりは決して平坦だった訳ではない。他国を圧倒する実力を身に着ける為にこなした訓練の数々は学生の域を越えるものだった。


 そうまでして掴んだ優勝であったことが、皆にとって格別な物になったのは言うまでもないのである。それを途中からとはいえ観客席で見守ったエルフレッドもまた万感の思いに瞳を潤ませながら惜しみない拍手を送っていた。この経験は何事にも代え難く、思い出に残るものとなったに違いない。


 喜び合う一年生に対して三年生の多くは涙を浮かべて喜びを噛み締めていた。アードヤードに優勝を齎す為にと辛酸を嘗めた日々から漸く掴んだ栄光は同じ喜びで有っても一年生のそれとは比べ物にならない程の物だった。


「漸く、この時を迎えられたのだな」


「本当だね。下手したら全国大会出場も危うかったから胸に来るものがあるよ」


 しみじみと優勝の感動を噛みしめるレーベンとカーレスに対してサンダースはホッと息を吐いた。


「全くだぜ。ラスボスはアードヤードの一年生でした。みたいな話だったからなぁ。あの時程冷やっとした経験は後にも先にもなさそうなもんだ」


「本当だわ......私なんてルーミャ殿下次第では代表落ちかもしれなかった......夢も諦めないといけないって思ってたから......みんなとここに立てるなんて......」


「泣かないでよ、ラティナ......ラティナが泣いちゃったら私だって......」


 ラティナは普段見せないようにしていた想いが溢れ出て涙となって零れ落ちた。それを抱きしめながら親友の心を思うエルニシアもまた共感するように涙を流した。


「ああ、マジかよ。俺、こういうのマジ駄目なんだって......今は上しか向けねぇよ......」


「泣けばいいだろう?今は誰も咎めんさ。能力が無い俺だって今は胸に詰まる物がある」


「ふふふ。ここでこんなに涙が我慢出来ないなら二ヶ月後はもっと泣くことになるんだろうね?僕達ーー」


 三年生の冬の暮れーー。大事な行事はまだまだあるが喜びの涙はこれが最後だろう。別れと旅立ちの時は刻一刻と迫っている。今はこのメンバーで成し遂げられた学園最高の栄誉を喜び、記憶のフィルムに残そうと三年生は想いのまま涙を流すのだった。













○●○●













「兄上も先輩方も本当に良かった。私も貰い泣きしてしまったぞ?」


 赤くなった目元を擦りながらリュシカが笑う。そんな彼女を眺めながらエルフレッドは微笑んだ。


「無理もないな。俺もあの様子には泣きはしなかったものの、流石に胸が熱くなった」


 二人で並んで歩き、交流会までの時間を潰す。街の長閑な雰囲気を楽しみながら会話を楽しんでいた。


「その......機密とかなら良いんのがシラユキ様とはどんな話をしていたのだ?」


 不意にリュシカが聞き辛そうに訊ねてきた。もしくは何か事情を知っているのかも知れないがエルフレッドは少し話す事を躊躇った。


「まあ、巨龍討伐の件だな。本などを貸してくれるそうだ。夏季休暇で訪れた際は過去に戦った経験をシラユキ様直々に教えてくれるという話だな」


「そうか......他には?」


 きっと彼女は解っているのだろう。察するに双子姫の何方かがそう言った話をする可能性があるとでも伝えたのだろう。本人が関係すると考えればアーニャが言ったと考えるのが妥当かーー。


「他か?......いや、後は他愛の無い話ばかりだったぞ?アーニャ、ルーミャの神化の件や茶請けの話とかだったな」


「そうだったのか。解った」


 何処か腑に落ちない様子の表情を浮かべる彼女に対して、実は最も自身の行動の意味が解らず混乱していたのはエルフレッドの方だった。相手もある程度気付いていて話すことを望まれているのならば自身はそれに答えるべきだ。それなのに言おうとすると何故か酷い罪悪感を覚える。別にエルフレッドが何かをした訳ではない。そして、彼は自身の意見をシラユキにハッキリと伝えた。だから、何も隠す必要など全くない。寧ろ、それのせいで彼女に嫌な思いや考えを抱かせる方が良くないハズだ。


「まあ良いさ。きっと私が気にし過ぎていただけだ。何度も確認するように聞いて悪かったな」


 彼女は少し無理矢理明るい表情を作ると微笑んだ。エルフレッドは更に罪悪感を強めながらーー。


「いや、気にするな。俺にも何か問題があったのだろうからな......」


 どうにか微笑んで返事を返した彼は不思議な感覚に陥った。リュシカの横顔は何度も見たことがある平常時の表情だ。よく隣を歩くこともあって何度も同じ角度で見たことがある。しかし、今日は何故か見え方が違うのだ。普段は綺麗な全体像を何も意識せずボンヤリと見ているのだが今日はその美しい瞳から目が離せない。切れ長の二重の瞳は長く美しく伸びた睫毛に縁どられ、とても澄んでいた。彼女の視線の動きが(つぶさ)に解るほどにエルフレッドの瞳はただその一部分を捉えていたのだ。


 強い罪悪感を忘れる程に心奪われた。自身の視線が全体像ではなく彼女のパーツを捉えている。何かがおかしい。彼女が気付く前にどうにか視線を逸らし目元を抑えたエルフレッドはそのまま少し思考した。彼女自身に変化はない。よっておかしいのは自分自身だ。


 何故だか見え方が違うのも彼女に対して縁談の話をされたことを伝えたくないと感じるのも、そして、彼女に対して嘘を吐いたことに酷い罪悪感を覚えるのも全て自分が変わったからである。


(そういうことか......)


 あまりに冷静に、そして、あまりに間が悪かった為に彼は自分自身に呆れるしかなかった。引き金は縁談の話を話そうか迷ったこと。キッカケは解らない。しかし、答えはあまりにも簡単なことーー。




 エルフレッドは今この瞬間リュシカへの恋心に目覚めたのだ。




 予兆は有ったのかもしれない。気になる異性だと思い始めたのは最近だったが積極性を見せる彼女を悪いと思わなかった。共に居て楽しいと考えることも増えてきていた。明確な鼓動の高鳴りなどは少なかったが親友だと考えていた時とは明らかに違う何かを感じていたハズではあった。


「どうした?何か考え事か?」


「まあな。自分のことで悩みがあったのだが急に答えが浮かんできて困っていたところだ。まあ、気にしないでくれ。とりあえずは解決した」


「何だか今日は妙なことを言うな?まあ、本当に困った時は直ぐに言うのだぞ?」


「ああ、解った」


 遅れてやってきた胸の高鳴りはただ単純に鼓動に気付かないほどに彼女に見惚れていたからだ。解ったとは言ったが、あまりにも恥ずかし過ぎて言える訳がない。そして、なんと間が悪いことかと思った理由はーー。


(せめてシラユキ様との会談の前であれば、このように悩む必要はなかったのかもしれんがな......)


 アーニャを貰ってくれと言われたエルフレッドは「今までそのような目で見たことがないので即答は出来かねます」と前置きした上でーー。












「一度、そういった方向も視野に入れた上で関わっていこうと考えておりますので夏季休暇まで返答を保留にしてくれませんか?」


 シラユキに対して期待をさせるような発言をしてしまった自分を今更ながらに呪いたくなるエルフレッドだった。

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