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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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 シラユキは彼女の言葉を掻き消すように小さく笑ってーー。


「それは妾が寄せておるからじゃ。元は妹の真似じゃった。そして今は女王たる器を持つ娘に自身を寄せることで女王足らんとしているだけじゃ。滑稽じゃろう?」


 アーニャは思いもしない言葉に自身の言葉を失った。女王足る資質を持つ娘に寄せて女王であろうとしている。その言葉の意味することはーー。


「そんなハズはありえませんミャ‼︎お母様は最も女王らしい女王ミャ!現にこうやって女王として君臨されているではないですかニャア‼︎」


「フフフ。そう言ってくれるならば妾の謀りは上手くいっておるのじゃろうな?当時を知るものがいない故に隠して成立させておったが、そなただけには話そう。実はそなたと妾は同じ境遇だったのじゃよ。女王に何かあった時の代わりーーそして、ある意味ではそなたより悪い待遇にあった」


「えっ......」


 唖然としている彼女にシラユキは自身の境遇を語った。あまりに力が強過ぎたことで両親からも疎まれ、周りからは兵器のように扱われて彼女は次第に周りが嫌いになっていった。それが原因で彼女は女王失格の烙印を押され、天真爛漫の妹のスペアとして育てられたとーー。


「妹の話さえ聞かせたことがなかったであろう?それはそうじゃ。唯一味方じゃったハズの妹は最後の最後に妾を裏切ったのじゃからな」


「裏切った......のですミャ?」


 それはにわかには信じられない話である。親族には強い情を持つ獣人の頂点であるアマテラスの一族が、彼女を除け者にしただけでも信じられないことなのに味方であった妹まで裏切ったとあれば、それはとんでもない話である。シラユキはキセルを蒸して少し頭を抑えると問いに答える形とは違った語り口調でーー。


「当時、妾は国外に出されることが決まっておった。兵器として戦い続けた妾は大凡人の感情を失っていたからじゃ。妹さえちゃんと育てば妾は暴風の巨龍に喰われても良かったであろうな。実際、無理をして巨龍を追い払った代償で理力が可笑しくなったのか身体はボロボロじゃった。その折に他国の名家との縁談が決まって両親は大層喜んだおったわ。妾とてそれが厄介払いだと解っておったが、ライジングサンにおるよりは他国に嫁いだ方が良いと考えておったから縁談を拒否することもなかったのじゃ」


 しかし、シラユキは最終的にこうして女王になり、こうして家族を成した。縁談を拒否することがなかったのならば今の現状が説明出来ないのである。混乱している頭をどうにか働かせようとするアーニャに対して「ちゃんと説明する故に悩まずとも良い」と笑ってーー。


「最終的にはコガラシに会えて、そなた達に恵まれたから良かったものの、当時の縁談相手は中々に素晴らしく才能溢れる男でのぅ。不器用じゃが優しくもあったから妾は人を信じても良いかもしれんと思ったものじゃ。妾には間違いなく好意があった。じゃが、そこで妹が現れたのじゃ」


 アーニャの脳裏に答えが見えてきた。しかし、それは俄かには信じがたいことだった。何より女王候補である存在の我儘を両親が認めるのかという疑問が晴れないのだ。ただ、それは常識的な家族だからこそのことでーー。


「その男は体が弱かった故に強靭な獣人の嫁を欲していた。妹はーーその男に惚れたのじゃ。勝手に縁談に着いてきて勝手に惚れおった。そして、国を守る為に戦い続けた妾の体がボロボロであることを暴露して縁談を潰し、自身がその後釜に入ったのじゃよ。両親も愛ならば仕方ないと残念そうにしながらも妾を女王に添えた。仕方なくのぅ」


「そんな......じゃあ、お母様は兵器として利用された上に使い捨てられた挙句、女王を押し付けられたというのですミャ?」


 アーニャが悲しげに訪ねると彼女は「総じてその通りじゃな。人嫌いで散々向いてないとした妾を能力ならば歴代一なのだから妹の代わりも出来るハズだ。妹の幸せを考えろと言われてのぅ。裏切りに次ぐ裏切りで妾は自分が可笑しくなってしまって自身という存在が破壊されてしまったのじゃ」と微笑んだ。


「妾はアーニャにはそうなって欲しくなかった。きっと妾と一緒で能力を見れば歴代一、二を争う素晴らしき才能の持ち主よ。しかし、その精神性は女王には向かん。女王に向かん者が無理をし続ければ自ずとガタがくるものじゃ。もう妾は日中起きているのが辛い。もうここ二、三年はずっと眠い。きっと無理が祟ったのじゃろうなぁ」


「お母様......」


「それに何の因果じゃろうなぁ。リュシカ姫は誠に良い娘よ。しかしなぁ、あの子は妹にそっくりじゃ。愛の為ならば家族も捨てようぞ。そして、それも無理はない。妾が長く生きている故に皆は気付いておらぬがな。アーニャ、よく考えてみるのじゃ?ヤルギス公爵家に我が王族から嫁いだのはヤルギス側で数えて四代前よ?我ら獣人とて才覚が無ければ人族と同じように死ぬのじゃ。なれば答えも見えてこようぞ?名前を言えば隠すことが出来ない故に言わんでおっただけの話じゃ」


 アーニャは気付いた。寧ろ、今まで気付かなかったのが不思議だと思える話である。それほどまでに母が上手く隠していたということだろう。そして、気付いてしまったが故に母が何故自身の婚約に対して異常なまでに熱を上げるのか、それさえも理解してしまったのだ。




「”[コユキ=アマテラス=イングリッド]改めコユキ=アマテラス=ヤルギス"。あの娘は紛れもなく妾の妹の一族じゃ」













○●○●













 自室に帰ったアーニャは頭を抱えた。母の想いは自身の想像を遥かに超えていた。


 あの後、母はアーニャを抱きしめては疲れた様子で甘えてーー「対人恐怖症のそなた故に話すことは躊躇っておったが妾もそう長くなかろうて。まあ、それでも十年以上は生きようが......娘の幸せを見たいと願うのに懸念があれば口も出してしまおうぞ?......もう眠る故、その時までは隣に居ってくれ」と草臥れた様子で目を閉じた。


「悲しきかな。人は愛故に人を裏切る。妾はコガラシやそなたらのお陰で本当に救われたものじゃーー」


 呟くように言って彼女は事切れるかの如く急な眠りについた。アーニャは眠るまでと言った母の隣から離れることが出来なかった。小さく冷たい母が目を離した瞬間に居なくなってしまうような気がして怖くなったのだ。母の体は寝ているというのに酷く冷たい。本人の言うボロボロの身体というのは既に生命維持に必要な体温生成にまで異常をきたしていると理解させられる。


 彼女が眠る時に誰かを抱きしめて眠るのは無論愛しさもあるだろうが、その異常に耐えかねているのだろう。その考えに至ると明日には世界大会をも控えるアーニャであっても母親を一人にしようとは思わなかった。暫く九本の尻尾を巻きつけ、少しでも暖かくなるようにと祈りながら母を抱きしめていると父親がやって来た。


「.......どうして黙っていたのですミャ?」


 父は確かに多忙だが母と共にいる時間は非常に長い。それ故に全てを知っていることは容易に想像出来た。つい責める口調になってしまったアーニャを咎める事もなく父はただ小さく首を振ってーー。


「それが彼女の願い故ミャ」


 淡々と告げた。母は娘達に自身のことを隠しておきたかった。女王として振る舞ってみせて何の心配もせずに幸せになる道を選んで欲しかったのだ。だが、娘が親友の為にと自身の好意を捨てようとしていることが自身の辛い経験と重なって居ても立ってもいられなくなった。ーー形振り構っていられなくなったのだ。シラユキは墓場まで持っていこうとしていた身の上話を話してでもアーニャにもう一度幸せの意味を再考して欲しいと願ったのだ。


 そしてアーニャはーー。

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