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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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「......アーニャは信じないじゃろうな。妾と似ていたのはルーミャでなくアーニャの方であるとはのぅ......」


 かつてのシラユキはアーニャと同じ立場にあった。違うところと言えば彼女の場合は才能に溢れすぎた結果、周りから疎まれて敬遠されていたのだ。結果的に人間嫌いになって女王不適合の烙印を押されたのである。人間嫌いと対人恐怖症という違いはあるのだが奇しくも状況は全く一緒である。


 姉妹より才能に溢れながら国民に向き合えないと臣下であることを望まれる。もしくは国外へと嫁がされる役目を言い渡されるのである。そして、シラユキは国外へと嫁がされることが決まっていた。両親の愛は女王の後継者である妹に向けられた。だから、自身が国を出ることが自身も含めて幸せになる最善の方法だと考えていた。だがーー。


「ーーあの娘には同じ思いをさせる訳にはいかないのじゃ。リュシカ姫や妾を許せ」


 シラユキはリュシカの事を話す時にわざと”人族の姫”と興味がない風を装っている。しかし、心の中ではアーニャを救ってくれた存在として感謝さえしていた。だが、それを悟られる訳にはいかなかった。あくまでも自身は人族の姫など、どうでもよく娘の為ならばどんな事でもする。そうパフォーマンスを打っておかないと周りの人間は納得しないのだ。一種の恐怖を放って接しておかないと元来人嫌いな彼女についてくるものなど親族くらいのものである。


 だから、家族は愛おしく、姪っ子は可愛く、虎猫族は信任に足る。シラユキの本当の味方はそこに神の化身と崇める国民を加えたくらいのもので残りの聖女の子孫などは腹に一物抱えた者ばかりであった。その腹に一物抱えた者さえも動かしてしまうルーミャの才覚はコガラシの才能を覚醒させたもので我が娘ながら感嘆の感情さえ覚えるが、そうなればそうなるほど自身に似たアーニャが心配になってしまうのだ。


 正しい平等とは過ぎたる者は与え、足りぬものは加える。皆を同じラインにもってくることではない。十全たるルーミャより、精神に足りぬものを抱えるアーニャに対して与えるのは当然のこと。そして、突如裏切られ女王にされて心を砕かれた自身を救った”愛”という感情こそがアーニャには必要だと本気で考えているのである。


 説得の材料は自身の経験。コガラシと会うまでの百年以上の孤独と、そして、それを与えた原因ーー因果のあるヤルギス公爵家との関係だ。


(本来ならば対人恐怖症の気があるアーニャにしたくない話ではあるのじゃがのぅ......)


 教えというには多少重い。しかし、アーニャとリュシカの関係を考えればなりふり構っていられないのも事実だ。アーニャに再考させる事は出来なくても疑念を抱かせることが出来れば、結果的に婚約に結びつけることが出来る。その道筋は既に見えているのである。


「まずはアーニャ。そしてエルフレッドか......人を謀るのが狐じゃが絶対に後悔はさせん」


 薫せたキセルの煙が薄らボンヤリ歪んで見えた。近頃は眠気ばかり襲って来て仕方がない。歴代最強の神格から二百五十年は生きると思っていたが最近はそうはいかないかもしれないと思い始めていた。せめて娘達が幸せになったのを見るまではーーキセルの灰を落とし、布団に入ったシラユキは襲いくる眠気に身を任せるように目を閉じると夫のコガラシが起こしにくるまで眠りつくのだった。













○●○●













 到着後、ライジングサンの代表チームに歓迎の挨拶を受けた代表チームは割り振られた部屋へと向かい夕食までの時間を過ごす。旧時代の和と洋を取り入れたテイストのライジングサンの風景は非常に勤勉な雰囲気があるが、人々の気性の穏やかさから長閑な雰囲気に包まれていた。街を見て回る組みと部屋で休む組みに別れた頃、アーニャはシラユキに呼び出されて彼女の私室へと向かう。


 話の内容は解らないが話題は婚約の件、主に自身の説得だろう。その事は既に決心がある故に余程の事がなければ揺らがないと自分を信じれた。潜在的にある母親への恐怖と戦いながら彼女が眠る部屋の襖の前に立つ。少し前からアーニャは気になっていることがあった。それは自身達が帰る時に母親が寝ていることだ。一回や二回なら偶然で片付けられるが、ここ最近は何時も眠たそうにしていて何時も寝ているのである。実は自分達に隠して病気でも患っているのではないかと心配はしているのだが起きている時は至って健康そうなのである。


 アーニャは母が二百五十歳まで生きると予想していた。そうなるとあと九十年近く生きるハズなので、このように半分寝ている状態というのは至って不思議な感覚なのである。


「お母様。アーニャが参りましたミャア」


 一旦そのことは置いておいて彼女は襖の奥に向かって声を投げた。母親はいつも通り眠そうな声で「おお来たか。入るが良い」と嬉しそうな声を上げるのである。アーニャは母が自身では愛情が薄いと良く語るが家族から見ればこれ程に愛情が深い人間は居ないと思っている。だからこそ普段は見せない狡猾さを全面に出してまで家族や親友を出し抜こうとする様に困惑を覚えて仕方がなかったのだがーー。


 彼女が襖を開けて入ると母親の様子が少しおかしいことに気付いた。覇気が無い。元々あまりに強すぎる理力故に成長が阻害されて小さな母親であるが、普段は纏う覇気があまりにも強すぎて小さいということが解らない。圧倒されるくらいに大きく感じている母が今日は見た目通りの少女の様であった。


「最近は我が子でさえ女王として接しないといけない故に振る舞っておるが妾も疲れておるのじゃ。今日はただ一人のシラユキよ。これならばアーニャも怖くあるまい」


 確かに怖くなかった。それどころか小さな少女に見える母が弱々しく感じて寧ろ心配は大きくなった。


「そして、こうして見れば我が子の大きくなったことに驚きを感じるのぅ。妾とて自身を大きく見せれば、その存在はまだまだ未熟に見える。しかし、もう十六か。女子の十六は精神的には大人と変わらぬ故に相応の対応が必要じゃなぁ」


 母は疲れた様に脇息へと凭れ掛かり「歩くのもだるい故に近う寄れ。声が聞こえるようにのぅ」と扇子を動かしてアーニャを寄らせた。彼女は余りに心配になってーー。


「お母様。私は婚約の話と覚悟してきましたニャ。しかし、それはお母様が元気故に出来ることミャ。何もこのように疲れ果てている時にすることでは無いですミャ」


 するとシラユキは力無く笑いながら「これも作戦かも知れんぞ?優しさを見せるものではなかろうて」と穏やかな口調で彼女を窘めた。その様さえも普段からは想像出来なくてアーニャは何だか非常に心が揺さ振られる感情を覚えていた。


「実はのぅ。妾はアーニャの勘違いを解いておきたいと思ったのじゃ。無論、最終的には婚約の話になるじゃろうがまずは身の上話から聞いて欲しいのじゃよ」


「身の上話で御座いますニャア?」


 それは初のことだった。母はあまり自身のことは語らないが故に神格化されている部分がある。家族とて百年も前の事は全く知らないと言っても良い。コガラシに会ってからの話は聞くことはあるが、それより前については一切語らないのだ。


「そうじゃ。だからこうして、ありのままの姿を晒しているというのもあるがのぅ。そちらの方が信憑性が増す故にな。して、アーニャよ。そなたは妾の事をどう思っているのじゃ?」


「どう......で御座いますミャ?」


「そうじゃ。まあ、とはいえまどろっこしい言い方をすれば話が長くなる故に率直に聞くが妾とルーミャは良く似ていると思っておるじゃろう?」


 そう問われるとアーニャはシラユキの聞きたいことが理解出来た。そして、それ故に直ぐに答える事が出来る。


「そう思っておりますミャ。実際、お母様に似ているから女王の素質があるのでしょうニャア。そこは素直にそう感じておりますミャア」


 彼女の言葉にシラユキは「そう見えるじゃろうなぁ」と微笑んでーー。


「しかし、実際はそうじゃないのじゃ。あの娘は正しくコガラシの様じゃ。本来の妾には全く似ておらんのじゃ。双子というのに不思議じゃのぅ」


「えっ?そんなハズは......お母様とルーミャが似てないなんてことはありえないですミャア。立ち振る舞いだってお母様のそれのようでーー」

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