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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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 後ろの席でイチャイチャしているハズのメルトニアからの「聞こえてるからね〜対エルフレッド君魔法楽しみにしててね〜」の言葉に「すいません。勘弁してください」と答えながら彼はリュシカへと向き直りーー。


「相応に難しい試験なのは言うまでもないな。実力についてはギルド内に設置されたシュミレーターのようなもので精神世界に入り、最も相応しい相手と戦うというものだ。相応しい相手の基準が解らない以上、対策の立てようがない上にSランク相当の強さを持っているから勝つのも難しい。腕に自信があるAランク冒険者が毎年五十人は試験を受けているが、結果ここ五年の間に新しいSランク冒険者が現れていないのが現状だな」


「なるほどな。いや、世界大会を戦ってみないと解らない部分もあるが冒険者として戦ってみて、学生同士の戦いに興味が薄れてきたというのもある。実戦で得られるものは非常に大きく大会で得られるものは栄誉のみ。Sランクとして沢山の物を得て、学生の大会は今年を最後にしようかと考えていたのだ。しかしーー」


 リュシカは少し苦痛に顔を歪めるような辛そうな表情でーー。


「精神世界の相手は少し怖いな。自分の場合は何となく想像が出来る。そして、その者が目の前に現れた時、平静を保っていられる自身がない。きっと乗り越えないといけないものなのだがな」


 エルフレッドも舞台の時はSランクを目指せると言ったが、彼女の過去を知っていく度に彼女の懸念は大いに当たっていて難しいだろうと考えていた。Sランク試験の相手は自身に相応しい相手ーーそれは即ち乗り越えないといけないものである。エルフレッドなどは特Sランクになるに辺り一応受けてはいるのだが出てきた相手は自分自身だった。


 生死などを彷徨ったりしたが、その度に乗り越えてきた彼にとっては自分以上に相応しい相手が居ないということだろう。


「確かに気持ちは解る。もし俺が規定がなく代表で出られたとして、そこに意味を見出せるかは疑問だ。名誉は必要な者に与えられるべきだし、出るべき人物は圧倒的な実力差を持って蹂躙するような人物ではない。かつてのシラユキ様がそうであったように歴史上、そういった失敗を繰り返しての規定だから変わることもないだろう。Sランク冒険者として得られるものは確かに得難いものが多いが、大会に出ないことがメインならば今年で優勝を経験して来年は辞退を検討してみるのも良いかも知れないな。代表を辞退したという前例があるかどうかは疑問だがーー」


 名誉は必要な者に与えられるべきだと言ったが、大半の者がその栄誉を欲しているのである。エルフレッドのようにそれ以上の栄誉を既に持っている者や、リュシカのように冷静になると栄誉が自身の人生に必要ではなく興味が薄い者など何方をとっても特殊な考え方にあるのは言うまでもない。


「そう......だな。自身が戦力になると解っていて辞退するのは責任感が咎める所もあるが、興味を抱けない者が場に立つというのは迷惑な話だろう。今年の三年Sクラスの皆様はここに立ちたい理由がある人物ばかりだ。その時にならないと解らない気持ちもある故にもう少し悩んでみることにしよう。前向きにな」


 彼女が笑顔を見せながら言うと前の席に座ったレーベンが「本当は今年の一年生のみんなに頑張ってもらってアードヤード王立学園の三連覇とかで、もっと学園を盛り上げて欲しいのだけどね?確かに僕達みたいに何らかの原動力がないと難しいかも。三年時の実力はこのまま行けばカーレスや僕を超えてくるだろうし」と楽しげな口調で返事が返ってくる。


「元々は兄上に勝ちたかったのが大きな原動力ではあったのでーーああ、あれだったら、どうせアーテルディア様との婚約も来年以降に遅れることが決定しましたし、もう一年学園に居てもらっても良いと思いませんか?」


 国交正常化は成される。クリシュナの喪はあるが国民からそれを払拭するために大きな慶事として行った方が良いという判断になったのだ。そして、それを口実に娘を失った悲しみから未だ立ち直れないコルニトワのフォローが出来る人物を行き来しやすくしたいという狙いがある。


 今は聖国とクレイランドの人々で頑張っているが、やはり、当代一の聖女であるメイリアの力は大きいのだ。そして、我が子と言うほどに可愛がっているリュシカと会わせるのも良い影響を与えると考えられている。そうして、悲しみを抱えたままでも何とか立ち直らせてアーテルディアとカーレスの婚約や結婚に割ける時間を作りたいのである。


 現状ではアーテルディアがアードヤードに渡るなどすれば手が足りないどころの騒ぎではない。アズラエルは幸せを前に足止めをさせるようで申し訳なく思っているようだが、さりとて、諸手を挙げて送り出せる状況ではないと頼らざるをえなかった。


「......学園を卒業したら軍部での研修や鍛錬が待っている。お前の戯言に付き合っている場合ではないぞ?馬鹿なことを言うものじゃない」


 レーベンが忍び笑いを漏らしている所から何となく表情を察せる彼女はクスリと笑ってーー。


「それはそれは申し訳ないことを言った。可愛い妹の戯言だと思って水に流して頂けると助かるぞ?」


「......全く。俺の学園生活唯一の後悔はお前のその可愛らしくない口調を直せなかったことかも知れんな。全くやれやれだ」


 理由が解ったからだろう。前ほどのハッキリと言葉遣いを辞めさせようとする口調ではなくあくまでも揶揄い返すような口調で笑っている。


「フン!何とでも言えばいい‼︎エルフレッドは親しみ易いと言ってくれたぞ‼︎」


「お前の基準は何でもエルフレッド殿か?それは良いことを聞いた。きっとエルフレッド殿も可愛い口調をお望みのハズだ。これを機に注意して頂けると助かる」


 突然矛先を向けられたエルフレッドは苦笑しながら「親しみやすさを感じているのは事実ですし......その......巻き込まないで頂けると......」横から強めの視線を送ってくる彼女の機嫌を伺っている。そんな様子を感じ取ったカーレスとレーベンは顔を見合わせてーー。


「世界最強の男がこうも......エルフレッド殿の将来が見えた気がするな」


「奇遇だね。僕もなんとなく解った気がするよ」


 夫婦は女性主体の方が上手くいくとは言うもののーー何となく世知辛さを感じて苦笑せざるを得ない二人だった。













○●○●













 シラユキはこの日の為に様々な準備をしてきた。それは国内のことが中心だったが今日の話次第では次のステップであるアードヤードへと手を伸ばすことが出来る。婚約者候補が見つかったことは既に通達済み。しかし、相手は誰かは伝えていない。どう転んでも良いように準備をしながら根回しをするのは中々大変だったが他国の人間であることを納得させることが出来ただけでも僥倖である。


(アーニャの説得、して、エルフレッドから良い返事を聞き出す......それさえ出来れば後はこちらで、どうにも出来るのじゃが......)


 親の心子知らず、子の心親知らずとはよく言ったものだが正にそれである。そして、子は自分の為、母はこの為に動いているのだから余計に難しいことになるのだ。しかし、シラユキは自信を持って動いている。何故ならば、シラユキにはアーニャの気持ちが痛いほど解るからだ。


 脇息に凭れ掛かりキセルを蒸す。薫せた煙に気持ちを落ち着かせて遠い過去の思い出に思いを馳せている。もう薄っすらとしか思い出せない姉妹の思い出だ。楽しくもあり嬉しくもあった故に最後にはとある出来事から色褪せてしまった愛すべき姉妹の結末をーー。

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