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「まあ、御察しの通りと言っておくよ。きっとエルフレッド殿の話を聞いて、よりそっち方面に傾いちゃったのかな?あんなに愛らしく産まれてきたのに遺伝子は母上と父上の凶悪な部分と来たから困ったものだよ。何だか、この歳で既に妹の貰い手が見つかるか心配ってねぇ」
「......心配は解るがそもそもレーベンは人の心配をしている場合ではあるまい。学園卒業を目の前にして今だに音沙汰の一つもないのは流石にマズイだろう?まさか今だにリュシカのことを引きずっているのではあるまいな?」
本気で心配している様子のカーレスに「それはないよ」とシャンパンを口にしたレーベンは肩を竦めてーー。
「リュシカ嬢はなんというか女神のような存在だったからね。間違って地上に降りて来ちゃったのかなって。正直、尊敬は出来ても女神を娶ろうなんて人間はそうそう現れないでしょ。だから、そもそもその甲斐性はなかったって思ってる。それに一応、僕も二十歳までには相手を決められるように動いているのは動いているんだよ。それまでには色々片付いているだろうからね」
「ふむ。何か当てがありそうな言い方だな?既に定まっているのか?」
確信めいた表情を浮かべるレーベンを見ながら顎下に手を置いた彼に対して、レーベンは再度肩を竦めると微笑んでーー。
「まあね。定まっているかと言われれば微妙だけどある程度の試算は出来ているよ。まだ、何とも言えないからあれだけど話が固まってきたら当然君らにも連絡はするよ」
「わかった。お前がそう言うのならそうなのだろう」
セルフで盛りつけた生ハムサラダを口にしながらシャンパンを楽しむカーレス。それを見たレーベンも話を切り上げて軽食に手をつけ始める。
(ーー定まったら定まったで意外でも何でもない相手だと皆もきっと感じると思うよ)
そんなことを考えながら再度パーティー会場へと視線を投げかけるレーベンだった。
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世界大会まで遂にあと一週間というところまで日付が進んだ。世界大会自体は大陸四国の選ばれし四校のみの対決のため開催は一日のみだ。準決勝、三位決定戦、決勝戦で行われ当日中に表彰式まで行われる。しかし、他国の者は前々日にはライジングサン入りして夜に行われる代表交流会に参加、大会終了後にも交流会の時間があって明くる日の昼頃に出立となるため拘束される期間は意外と長いのである。
そういったスケジュールから週の中頃にはライジングサンへと飛空挺で向かうこともあって練習出来る期間は限られているのである。移動を休日と考えても残り三日ーー追い込みをかけるならば今しかない。
追い込みと聞いてキツい練習を想像するのは間違いだ。寧ろ負荷の高いトレーニングは基礎練習の際に確りとこなすべきで、ここでの追い込みはより実戦的なものを示す。要するに模擬戦闘や組み手の事であり終わった後のケアを何よりも大切にする必要があった。
これが軍人などになれば話は別でキツかろうがなんだろうが動かないといけない時は動かなければならず寝れる時に寝ないといけないのでそういう訓練を積むが、それを求められるのは今じゃない。
そして、カーレスとラティナ、場合によってイムジャンヌくらいしか求められない技術であった。在学中に覚えるならば期末考査後だろう。そんな特殊技能は置いておいて、本日は軽く合わせる程度の組手、明日は模擬戦闘、明後日は本番さながらの実戦を組んでマッサージや回復魔法などでしっかりと回復するように努める。それが追い込みというものだ。
さて、組み合わせは実力が近い者同士ーー、カーレスやレーベンはそれぞれ神化したアーニャ、ルーミャが相手をする。アーニャについて戦力としても考えているが今年のメインはベンチでのセコンド補助になるだろう。逆にセコンド補助候補筆頭だったエルニシアが才能を開花させたことで一気にリュシカレベルまで戦えるようになったことがそうなった要因でもある。
ラティナ、イムジャンヌ、サンダースについてはローテーション、もしくは負傷者との入れ替えで戦うことになるだろう。先鋒候補筆頭はラティナ。その後、サンダース、イムジャンヌと続く。サンダースに関しては精神戦略が効く相手が入れば積極的な起用となるがアーニャと共にセコンド補助が現実的かーー。
「全くよぉ。折角、頑張ったてぇのに最終的には良いところを全部エルニシアに持ってかれたぜぇ」
悔しげに呟いたサンダースに対して得意げな表情を浮かべたエルニシアは笑いながらーー。
「まっ、才能が有ったってことでしょ?でもさぁ、あっちに帰ったら結局使わない才能なんだけどね。女性騎士団ないからさ。ハァ〜......何かここまで熱中出来たことがこれまでなかったから正直残念だけどコソッと冒険者でも初めてみるかなぁ」
一変して愚痴っぽくなっている彼女に「......なんか悪かったよ」とサンダースは頭を下げた。
「それにしても確かに勿体無いわよね?このまま続けてたらカーレス君やレーベン君は勿論だけど、エルフレッド君や未来のリュシカちゃんとさえ戦えそうな気がするもの。エルフレッド君が理論上最強っていうのも強ち嘘とは思えないしね」
やはり、相手の行動を先に知れるというアドバンテージはあまりにも大きい。無論、神化後のルーミャのような例外も居るだろうが極少数と思われる。エルフレッドでさえ五〜六割で攻撃しなければ見切られるような状況だ。自他共に勿体無いと考えてしまうのも無理も無いように思える。
(一応、活かす方法があるにはあるのだがな......)
エルフレッドは三年生の話を聞きながら実は考えていたことがあった。彼女の特性を活かせるのは確かに冒険者などの戦闘職だろう。とはいえ、今すぐにそのような職業を用意出来ないのならまずは教える側に回れば良いのだ。
(しかし、それを伝えることは単純に聖国が強くなることに他ならない。今年の大会はライジングサンとアードヤードの一騎打ちみたいなものだが果たして、それを伝えることはアードヤードにとって良いことか......)
例えば来年の世界大会は聖国の台頭もありえる。そして、その実績を持って何らかの戦闘職を作れば、その後は彼女のしたい通り剣の道を歩むことが出来る。彼の頭の中の構想では女性騎士団の設立や初代団長就任までの道筋がある程度立っているのだ。それは向こう百年は良い事として繋がるだろうが、千年先を見ればどうなっているかは解らない。武力が戦争を産むことさえあるということをエルフレッドは知っている。
さりとてーー。
「......どうせ先輩達の話を聞いて良い案でも考えたのだろうミャア。全く、教官の癖に少し目を離すとすぐ思考の渦の中に自ら飛び込んでいく困った男ミャア」
突然背後から声を掛けられ飛び上がるほどに驚いたエルフレッドは組手を始めていた周りが自身に視線をくれていることに気付いてアタフタと慌てふためく。
「ほら、白状するミャア。今度はどんな作戦でエルニシア先輩の夢を叶えようとしたニャア?うん?吐いちまった方が楽ミャア......」
「あ、いや。そのだな。確かに考えてはいたが聖国にとって良い事が果たしてアードヤードやライジングサンにとって良いかが解らなくてな」
あくまでもアーニャだけに聞こえるように言えば彼女はそれを鼻で笑った。
「エルフレッドは心配しすぎミャア。大体あの国は教義の国ニャア。例え戦闘力が高まろうとも侵略を企てるような国じゃないミャア。大体ミャア、エルフレッドのは想像の行き過ぎで最早妄想ミャア。千年先なんて今礫を投じても波紋の一つにもならないニャア。その頃にはその頃の人々がその頃の為に色々と動いているーー侵略するとして、それがどの国かなどわかる訳もないミャ」




