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「はい。是非ともそうさせて頂きます。領地来訪の際はよろしくお願い致します。それでは私達は失礼致します。行くぞ。リュシカ」
公爵閣下との話を終えてアリエルと世間話を楽しんでいたリュシカへと話しかけると彼女はエルフレッドの方へと振り返った。
「ああ、そうだな。ーーそれではエルフの皆様、またお会いしましょう」
口々に帰還の言葉を告げる二人を笑顔と礼で見送ったエルフの王族は二人の足音が聞こえなくなった瞬間食卓へと集合した。
「皆の者、ご苦労だった。話を聞いた感覚で良いが、あの二人の仲はユーネ=マリア樣の言う通りか?」
それにいち早く答えたのは妻であるエウネリアだ。
「いいえ。とてもじゃないですが今刺激するのは危うい。友達以上恋人未満といったところでしたわ」
「......本当だよ。何が愛し合う者たちに祝福を与えよだよ。そんなことして気まずくなったり破綻したりしたら、どう責任取るつもりなのよ。ユーネ=マリア様は......」
「アリエルやお父様、お母様から話を聞いた時は半信半疑でしたが、これは中々気を付けた方が良い方ですね」
「ほんとそれー。中々酷い神託を告げるって感じ?次代のアリエルは本当に大変そうだね」
姉達に哀れみの視線を送られるアリエルは溜息と共にーー。
「本当にお姉様方に代わって欲しいよ。でも神託を聴ける能力は私にしか備わってないみたいだから仕方ないよね......」
「まあ、本来は誉れある役割なのだがな......致し方無い」
若干悲しげな様子で呟いたコウディアスだ。すっかり揶揄い過ぎて愛する森の民から警戒される立場になってしまった創造神ユーネ=マリアであった。しょぼーん。
帰路についた二人は一旦寮にて着替えの為に別れた。一般的な服装に着替えて少し休憩の後にエルフ領の話で盛り上がろうといった計画である。一旦シャワーを浴びて準備を終わらせたエルフレッドは学園の課題もそこそこに正門前へと繰り出した。大分早い出発だったが少し前を歩くリュシカの姿を見つけて駆け足で近寄り声を掛ける。
「リュシカ。早かったな」
「エルフレッド。ハハハ!実はエルフ領の訪問で心が踊ってしまってな準備の後に時間が出来たが、直ぐに飛び出してしまったのだ。今日に関しては正解だったな」
少し幼く見える満面の笑みで出迎えた彼女に「そうかもしれんな。予定より長く話せそうだ」と微笑んで横に並んだ。第二層にある庶民的な店の中でリュシカが気になっているところがあったのだ。
「今日はありがとう。エルフ領で見たものは幻想的で美しいものばかりだった。特にあの精霊が産まれる精霊樹だったか?柔らかな光が木の隙間から飛び出して雪のようにフワフワと舞う様は生涯忘れることはないだろう」
「それは良かった。俺も連れて行った甲斐があったというものだ。それにしても庶民的な場所ばかり選んでもらっているが気疲れなどはないか?俺が反対の立場ならば若干戸惑うこともあるものだが......」
エルフレッドの元平民という感覚は幾ら貴族として過ごしても簡単には無くならない。普段、公式の場では完璧に振る舞ってみせているが、それは謂わば作られた物だ。例えばリュシカのように普段の生活から染み付いた自然の作法とは違う。そこに慣れはあれど気疲れしない訳ではないのである。
「フフフ。私の場合は自身の興味の赴くままだからな。疲れはないさ。それにそなたが冒険者時代に楽しんでいた楽しみ方を知るのは私にとっても嬉しいことだ。ーーまっ、単純に今日は鳥の串焼きだけではないのに、焼鳥と名付けられている料理が面白くてな。豚バラとは中々珍妙な話だと興味津々なのだよ?」
「それはそれはーーまあ、豚バラに関しては地域柄もあるからな。辛めの塩味に麦酒と共に流し込むのは最高に美味しいんだ」
「麦酒か。苦味と炭酸が強いイメージがあるな。シャンパンとは違うのだろう?」
「まあな。そこら辺は飲んでからのお楽しみと言うヤツだ」
笑い合って近い距離を歩く二人ーー元々学生時代は貴族、王族であっても自由に出歩ける風土を持つアードヤードならではの光景だが周りの視線は暖かい。そんな中、早々と仕事を終えて飲んでくれていた男が冷たい視線を送り吐き捨てた。
「はん‼︎見せつけやがってよ‼︎何時迄も幸せでいられると思うなよ‼︎」
千鳥足で店を出た男、ジェームズの目は二人の姿を忌々しげに見つめるのだった。
○●○●
王城主催の祝勝会はとても煌びやかな様相を見せていた。レーベン王太子立案のこの会はあくまでも全国大会関係者を中心に考えられているために関係者以外での参加は以前も書いた通り王族のみである。激励の言葉とそれぞれ話たい人物と話したら早々に退席する予定で、内容に比べるとかなり気安い雰囲気の会となっていた。
早速激励の言葉も終わり、王族の方々が移動を始める。
「王妃殿下⁉︎」
「あら?そんなに驚くことかしら?でも、緊張しなくて大丈夫よ。ちょっと未来の騎士候補として話したいと思っていただけだからーー」
無心で肉を頬張っていたイムジャンヌはまさか自分が王妃に話しかけられるとは思っていなかったようで大慌てで口元を綺麗にすると連れられるがままに用意されたテーブル席へと歩いていった。
「ハハハ。母上はイムジャンヌ殿がお気に入りのようだったからね。こうなるのも仕方ないね」
遠目でそれを眺めてカーレスと共にシャンパンを楽しんでいたレーベンは楽しげな表情で笑った。
「まあ、連れて行かれた方はたまったものじゃないがな。見てみろ。緊張でガチガチになって人形みたいになってるぞ?」
「そこは母上の実力の見せ所じゃない?元々はお祖母様を守っていた近衛の隊長だよ?お気に入りの娘の緊張を解くくらい訳ないと思うよ」
言われて目を凝らせば五分も経たぬ内に緊張は尊敬の念へと変わって、話に期待に胸膨らませる少女の様な表情になっている。
「素晴らしいな。では国王陛下はーーまあ、そうだろうな」
シャンパン片手に仕事モードに切り替わっている国王陛下と話すのは、皆がやはりと思う通りエルフレッドである。エルフ領の訪問から有益な情報を得たとリュシカ共々巻き込まれている状況である。
「全く、どこでも仕事スイッチ入れちゃってさ。こういう場くらいは和やかな雰囲気で終われば良いものの」
呆れた様子で呟く彼にカーレスは苦笑しながらーー。
「まあ、エルフレッド殿の場合は本人が持ってくる情報がいつも有益すぎるというのがあるからなぁ。不憫に思う反面致し方無い部分は否めないな」
「確かにカーレスの言う通りではあるけどね。それにしても僕や父は彼みたいな英雄がいる頃に王になれて幸運だよ。それに周りにも恵まれてるからね。将来は中々に盤石そうだよ」
優れた王だけでは治世は出来ず、はたまた周りが優れているだけでは王の地位は危うい。共に優れ、共に信頼関係が保たれてこそ本当の意味での王制はなされるのである。
「そうだな。無論、これからのことが全て安泰かどうかはこれから解ることだが、俺も漠然とした不安は抱いていないさ」
そう言ってシャンパンのお代わりを頼むカーレスに微笑みながらレーベンもまたシャンパンのお代わりを頼む。
「まあ、確かに遠い未来の話は解らないけどね。僕は信頼することにしてる。父上を見ているとそれが大事なことなのだと思うからね......さて、妹はとーー」
視線を巡らせていたレーベンはアマリエに満面の笑みで話しかけて飛び跳ねている妹を見つけて一瞬微笑ましい表情になったが、アマリエの表情がどんどん教育者然としたものになっていくのを見て額を抑えた
「......こう言うのもなんだが王女殿下の悪癖は今だに直っていないのか?」




