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エルフレッドは少し思考を巡らせてーー。
「寧ろ、エルフの食事を広めた方が健康志向で良いかも知れないな。異文化交流会などを通して我が領に広めるのも有りか」
「そうでしょうか?とりあえず本日の食事会でご堪能頂いて決めて頂ければ良さそうですね」
アリエルは微笑みながら言った。
「ライジングサンの料理に通じるものがありそうだとは私も思ったぞ?あそこの料理は不思議と健康に良く、洗練されているものも多いからな。家の家族は割と好んで食べるのだ」
確かにヤルギス公爵家の人々はライジングサンの物を好む趣向を持っていた。エルフレッドも甘味の水羊羹程度だったが美味しかったと記憶している。どんな食事が出るのか楽しみになってきた。
「こちらがホールで御座います。私は正装に着替えて来ますので遅れての参加になりますが、それまでは両親と姉二人と食事を楽しんで頂ければ幸いです。では後ほどお会いしましょう。グレンナ、頼みましたよ?」
アリエルと一旦別れて二人はグレンナの案内にてホールへと入室した。
「失礼いたします。皆様、エルフレッド様とリュシカ様をお連れいたしました」
気持ちを少し仕事モードに切り替えて二人はエルフの王族の方々が待つ席へと向かうのだった。
○●○●
時系列の最後に当たる、とある男はホーデンハイド公爵家を訪れていた。ユエルミーニエとアポイントが取れたので早速向かったところである。話の内容としてはヤルギス公爵家御令嬢のスクープを手に入れたので何か知っていることがあれば情報交換がしたいという内容だった。
ユエルミーニエとしては正直どうでも良い話だったが相手側が熱心且つ大手で有名なメディア関連の会社だったということもあり無下にするのは戸惑われた。そういう事情があって今日の情報交換に至ったという訳である。
「いやぁ、突然の訪問申し訳ありません。三大公爵家の方々は中々取材が入り辛くて困っておりました。本日は話を聞いていただけるだけ有り難く思います。私、記者のジェームズ=クロームと申します。よろしくお願いします」
ジェームズ=クロームと言えば過激な記事で有名な男であった。真実をありのままに報道するという信条を掲げているらしいが、実際の所はかなり自身の考えに左右された記事の書き方をする男である。内容は間違っていないのだが自分の主張が強く出たそれを真の意味で真実と言えるかは難しいところだ。
「いえ。私としても御社と事を構える気は御座いませんので協力出来るところは協力したいと思っておりますの。ですが、今回の件ではあまり力になれないかも知れませんわ。既に娘はライジングサンへと飛び立ち、ヤルギス公爵家との関係も良好ですから......」
その言葉に嘘はない。いざこざがあったのはハッキリ言って娘間の話でお互いがお互いの落とし所に落ち着いた部分がある。単純にユエルミーニエとメイリアは仲が良く、コウヨウとゼルヴィウスも友人の間柄ーー個人感情は抜きにして公爵家同士で問題が起きることはないのだ。
「ハハハ。それはそれは良いことです。我々としても三大公爵家の方々があまり対立されますと困る部分が御座いますから......ですが三家の序列が変わる事自体は特に問題はないのではないでしょうか?」
「序列......でございますの?我々の中にはそのようなものはないという認識ですし、あくまでも対等な付き合いをしておりますが......」
本来、公爵家同士でも特に序列などは存在しないのである。アードヤードにおいては三大公爵家と公爵家の間に大きな力の隔たりがある為に一種の上下関係が生まれているが、三大公爵家内となれば力関係は対等の間柄と見るのが一般的だ。
「いえね。それは確かにおっしゃる通りでしょうが実際問題、多少の力の差異は見られると認識しております。別に挑発をしている訳では御座いませんがヤルギス公爵家とホーデンハイド公爵家、そして、カーネルマック公爵家の三家で見た時にどうしてもヤルギス公爵家の力が一歩前にあるのはホーデンハイド公爵夫人も認識されていると思いますが?」
それは確かにそういった面もある。やはり、これまで確実に様々な王家の血筋を入れてきた唯一の公爵家として時には王家以上に敬われるような家だ。とはいえーー。
「先程も言いましたが私達はあくまでも対等な付き合いをしていますの。例え、持っている力に差があるとしても、これが崩れる事はありません。もし、そのようなお話ならば私は席を立ちたいと考えておりますがーー」
「いやいや、これは失礼致しました。あくまでも良好とのことですから、あまり事を荒立てたくないのは理解しております。ですが、もしヤルギス公爵家の方々が娘の為に少し隠し事をされているとしたら、それは他の二公爵家の方々も黙ってはいられないのではないでしょうか?」
「......隠し事ですの?」
ユエルミーニエはリュシカが隠し事をしているのは知っていたが、それがヤルギス公爵家に関わることだとは知らなかった。寧ろ、今まではそういった素振りもなかったが最近になって事情が変わったのだろうかーー。そんな考え事をしている素振りがジェームズには興味を持ったように見えたらしい。
「ええ。隠し事です。実はヤルギス公爵御令嬢であられるリュシカ様が先日、病院に緊急搬送されましてね?それがどうも産婦人科のようなのですよ?年頃のーーしかも、婚約話も無い娘が産婦人科に定期的に通っている状況は不思議に思いませんか?」
ニヤリと笑うジェームズを見ながらユエルミーニエは何も言わずにいる。
「それでですね。我々も少し調べたのですが、どうやら過去の事件に関係しているようでしてね。あのレディキラーの事件ですよ?新聞などには貧血のみでオールクリア判定とありましたが......どうもキナ臭いとは思いませんか?」
ユエルミーニエは思考を深める。この記者の言うことを鵜呑みにして考えればリュシカは何らかの女性的機能を傷つけられている、もしくは、その機能を失っていると考えるのが妥当といったところだろう。そして、それを隠してエルフレッドと婚約させようと考えているのなら大問題ではあるがーー。
「フフフ、ジェームズ様。やはり、私はこの件には協力出来そうにもありませんわ?」
彼女がクスリと笑いながら告げればジェームズはあからさまな焦りを見せーー。
「な、何故でしょう?もしこの話が真実ならば英雄の婚約者としては相応しくありません!ホーデンハイド公爵家の御令嬢がライジングサンへと向かうキッカケになった事自体が不当な結果になるかもしれないのですよ!」
ジェームズの言いたいことは解らないでもないが彼はまだ真実に辿り着いていない。そして、ホーデンハイド公爵家の特性を持った彼女を揺さぶるには今の状態では余りにお粗末なのだ。
「いえね。確かに少し口惜しく思う所はありましてよ?ですが、娘のフェルミナが飛び立ったのはあくまでも夢のためでございますの。それに女性は複雑な生き物でございますから別に事が無くても専門医にお世話にならなくてはならない状況に陥ることがありますのよ。ヤルギス公爵家との関係に響きますから深くは言えませんが、その件については特に問題なく説明を受けていましてよ?」
「説明......ですか?」
驚いた表情を浮かべるジェームズに「ええ」と微笑んでーー。
「貴方のおっしゃる通り事件の件は関係しておりましたが、あくまでも外傷ではなく心的ストレスだったようですの。それでストレスが溜まってちょっとした病気になってしまったみたいでしてよ?でも、治療で回復可能ですし、特に婚約に支障が出るものでは無かったことは既に三大公爵家は疎か王族にも説明済み。何も問題は御座いませんわ?」
実際はもっと深い所まで説明があった。子宮内膜症だったことや物理的外傷を負ったこともちゃんと説明があった上で婚約に支障がないとする担当医からの診断書も提出されていた。要するにそれを以ってしてもヤルギス公爵家を揺るがすものではないということだった。




