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所は変わり、王都アイゼンシュタットに聳え立つ城の後宮ーー。
王妃を女主人とし女性の園として機能している場所だがアードヤードにおいては特段男子禁制を引いている訳ではない。とはいえ、何の用もない者がひょこひょこ入って来れるような場所でも無く日常的に男性を見る事は少ない。
十代前の王妃が[ライノリエラ]が愛したとされる人工培養のブルーローズが咲き誇る美しい庭園が有名な場所である。王子誕生を願い花言葉の"奇跡"に肖り[ブルーローズ宮殿]と名付けられて以降、この後宮では王子誕生が途切れたことはない。
そういった経緯もあって女性の求人倍率は常に王国内一位を誇り、それが結果として後宮の質を上げ勤める女性のステータスを上げ"結婚したい女性の職業一位""嫁に来てほしい職業一位"となって更に求人倍率が上がってーーという良いループに繋がっている。
そんなブルーローズ宮殿にて本日は王妃主催のお茶会が行われている。王妃主催ということもあって錚々たる顔ぶれ揃っているのだが、その中にはエルフレッドの母レイナ=バーンシュルツの姿があった。
子爵夫人となってからは初のお茶会である。元来ならば呼ばれた中でも末席に案内されるような立場なのだが彼女の席は王妃と同じ席であった。実はこの席順は男爵夫人の頃からであり既に王妃主催のお茶会では定番の席順となっているため文句をつける者はいなかった。
というより、その席のメンツが余りにも恐ろしくて名誉だけど代わりたくないと言うのが周りの本音であった。
まず、王妃クリスタニア=イヴァンヌ=アードヤード。騎士爵の令嬢として産まれた王妃近衛隊隊長を勤めた黒髪の剣豪。アードヤード王立学園の中等部を卒業後、騎士女学園の名門[聖イヴァンヌ騎士養成女学園]に入学。当時、苦学生であった彼女はウエイトレスをしていたところを当時王太子であった現国王陛下のリュードベックに見初められて王太子妃となった。
当然、自由恋愛とはいえ反発は大きかったが数多の功績により上記役職に加えて男爵へと陞爵。前王妃の皇太后陛下を逆賊から守った際、腹から背中にかけて貫通傷を負ったが、それが反対派筆頭であった皇太后陛下の信任を得るに至った。その後、五児の母で歴代最強の女性剣聖であったイヴァンヌ=テオドアの名を冠して見事王妃の座を勝ち取る。現在、彼女の生家は王妃を輩出した家として伯爵位を受け賜っている。
次席に座るのはヤルギス公爵夫人、メイリア=クラレンス=グランラシア改めメイリア=クラレンス=ヤルギス。第三王女にして大聖女、その名を知らぬ者はいない。家族、自身共に優秀で大聖女に相応しい慈愛に満ちた性格をしている。既に没後の[聖女大名鑑]入りが決まっている。
そして、アナスタシア=イネア=カーネルマック。三大公爵家が一家ホーデンハイド家の才媛でアードヤード王立学園大学院、法学部前教授、現名誉教授。カーネルマック公爵家の経営に法学的見地を取り入れ、より健全かつ生産的な経営に成功。その地位を盤石なものにする。
次に本日は持病のために欠席だがホーデンハイド公爵夫人が入り末席にレイナがいるのである。
王妃に三大公爵夫人、そして子爵夫人ーー。本来なら有り得ない上に辞退するか緊張で吐き気を催すような配置だがレイナは満面の笑みでニッコニコである。そして、男爵夫人から数えて既に数年が経つがこの席順が変わったことがないのが現実である。
開催の挨拶の後、歓迎の席周り終えた王妃クリスタニアは雑談に花を咲かせていたレイナに向けて微笑んだ。
「さて、ひと通り挨拶が済んだところで、まずはレイナにおめでとうの言葉を贈りましょう。エルフレッド君の活躍は既に耳に入っておりますよ?」
そう言って頬笑む王妃の言葉を皮切りに残りのニ人から次々と賛辞の言葉が送られる。
「本当に目出度いことですわ!悪しき魔物を倒し陞爵を賜ったその聖人を思わせる功績、きっと天におられる我らが御神ユーネ=マリア様もお喜びでしょう!......最近は娘のリュシカとも懇意にして下さってると聞きますし本当に感謝致しますわ!」
最近は娘の〜の辺りを強調してアナスタシアへと視線をくれたメイリアにアナスタシアのモノクル越しの眼光が強まった気がした。
「ご子息は本当に優秀ねぇ。きっと貴女の教育の賜物でしょう。将来はその才を存分に活かして特務師団長ーー、いえ、領主がメインなら辺境伯かしら?今は将来のために勉学に励んでもらって名家から良縁を貰えれば将来は盤石ねぇ......個人的には同い年より年下の方が良いと思うけど?」
口元は微笑んでいるにも関わらずメイリアに向けられた視線は何処か薄ら寒いものであった。二人の間にバチバチと火花が散るのを知ってか知らずかレイナは困った様子で頬に手を当てる。
「クリスタニア様、メイリア様、アナスタシア様。そう言って頂いて心より感謝申し上げますわ!ですが母親としては息子の身を案じるばかりで......。先日もガルブレイオスに挑戦するなんて便りが届いたのですよ?本当に困った息子ですわ......」
「あら、レイナ。それは本当なの?エルフレッド君は風属性、火属性は弱点ではありませんか」
王妃が思わずといった様子で尋ねると彼女は困った様子で溜め息を吐いた。
「ええ。ジュライの時も酷い傷でしたのに......こんな入学の差し迫ったこの時期に苦手な火属性の巨龍に挑戦に行くなんて屋敷に居たなら絶対止めさせたところですのに......」
それを聴いた三人は「あらあら......」と声を挙げる。
「それは心配ですわねぇ。でも、男性の方って夢が捨てきれないなんてことも多々ありますから......リュシカならそういう夢にも理解がありますし聖女の資質でケアもしてあげられますから、きっと支えてあげられますのに......」
「それだけ戦いに出るのだったら家に心配事は残しておけないでしょう?きっと奥を支えてくれる女性の方が向いてると思うわ。娘のカターシャなら領地経営も商売もバッチリ‼︎きっと支えてあげられると思うのだけれど......」
笑顔のまま睨み合うニ人に気づいてないのかレイナは「お二人ともありがとうございます〜」と目尻に浮かんだ涙を拭う。それを見ていた王妃は王妃然とした仮面を何処かに落としたような表情を浮かべた。
「レイナさんは相変わらず天然だなぁ......それに先輩達には本当に困ったものだよねぇ......」
表情に出さぬまま龍虎を纏うメイリアとアナスタシアを眺めながら王妃はそっと苦笑するのだった。
「ふふふ......今はリュシカちゃんが優勢っと......」
その日の夜。自室に入ったレイナは鍵の着いた黒革の手帳を読みながら微笑を浮かべる。しかし、その瞳は真剣そのもので様々な情報が書き綴られたそれを食い入るように見詰めている。
「三大公爵筆頭の力を持つヤルギス公爵家......三大公爵家の内二家に強い影響力を持つカーネルマック公爵家......獣人族の王配の弟を婿養子に入れ他国にも強い影響を持つホーデンハイド家......どの家も魅力的だけど......」
かつてレイナは平民としてはあまりにも美しい容姿だったため"貴族の落し子"ではないかと虐められたことがあった。そして、その対処に身につけたのが人心掌握の術である。時には泣き脅して、時には気付かない振りをして、時には自分を落として、時には阿呆を演じる。ーーするとどうだろうか?
「あの娘は天然だから」「あの娘は可愛そうだから」そう言ってどんどん味方が増えていくではないか?彼女の技はどんどん磨かれていった。
そもそもだが三大公爵家の夫人や王妃などが唯の天然なんかに捕まえられる訳がない。
他国の王族で大聖女だったためにアードヤードの常識に疎く王妃やホーデンハイド姉妹以外からは近づきにくい存在とされていたメイリアに寄り添い、それなりの常識を教えて当時男爵令嬢だった自分にも優しくしてくれる慈愛溢れる人ですよ〜と教えることで彼女本来の性質を引き出させて周りに馴染ませた。
礼儀作法が完璧で法律に詳しいアナスタシアに師事を仰いで自身の得意とする美容に関する商売を超優遇契約で実益を出させた上に彼女の姐で実質的にはホーデンハイド家の当主であるユエルミーニエの体質改善に協力し実現した。
持病持ちで薄幸の美女であるユエルミーニエの最大のストレスであった獣人とのミックスであり、あり余る元気で侍女に敬遠されていたホーデンハイド公爵家の次女フェルミナと侍女の関係を取り持ち、それを解決して見せた。
そして、実はメイリアとアナスタシアの中等部での後輩で表面上は王妃然と振る舞うがどうにも二人に頭の上がらない王妃クリスタニアを紹介してもらい地位を確立したのだ。
更にそこまでの下地が完成した上で優秀な彼女の娘達に伝えるべく息子の欠点をそれとなく伝えるフリをしながらアピールを重ね、ここまで漕ぎ着けたのである。
嬉しい誤算は自身の息子であるエルフレッドが尋常じゃないほどに優秀且つ真面目であったことだ。流石のレイナでも息子が不誠実で実力がないとなると売り込むのは難しい。
「......それにしても、リュシカちゃんか......ちょっとばかしお転婆だけど見た目は傾国の美少女、才能は極上......面食いはお父さんに似たのでしょうか......」
ふふふと頬を緩めページを捲る彼女。そこにはーー。
・リュシカちゃん(同い年)
見た目 傾国
才能 極上(全能的)
性格 お転婆(帝王学口調)
・カターシャちゃん(一個下)
見た目 極上
性格 極上(商い、法律、領地経営)
性格 大人しい(小動物系)
・フェルミナちゃん(二個下)
見た目 極上(寅耳)
才能 極上(戦闘能力、閃き)
性格 元気っ娘(物理)
と、大まかな特徴の横に一見して黒で塗り潰したかのような小さな文字で彼女達の詳細がびっしりと書かれていた。
そう魑魅魍魎が跋扈すると言われる社交会において、この母レイナが最も強か且つ魑魅魍魎的なのである。今日のお茶会で手に入れた情報を事細かに書き綴ったレイナはその手帳に着いた蝶番を締め、パスワード付きの金庫に入れ、鍵付きの引き出しにしまうと達成感溢れる表情で呟いた。
「息子よ、ファイト‼」
お膳立てはしたから後は貴方の頑張り次第よ、とレイナは鼻歌混じりで部屋を後にするのだった。




