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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(中)
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 個室の病室の扉を前にノックをして名前を告げる。リュシカの声で大分元気な返事が返ってきたのを聞いて彼はホッと一息吐きながら中へと入った。


「エルフレッド。今回も色々迷惑を掛けたな。いつも助けてくれてありがとう」


「まあ、これも何かの巡り合わせだろう。気にするな。回復したようでホッとしている」


 真っ白な顔色でお腹の辺りを押さえて倒れていた時と今とでは天と地程の差がある。余程、回復したと見て間違いないだろう。


「心配掛けてすまなかったな。フフフ、それにしても巡り合わせか良いことを言うじゃないか」


 嬉しげに表情を緩める彼女にいつもと違う雰囲気を感じながら彼は本題を切り出した。


「とりあえずだ。帰る時の話をしたいと言うことで伺っているが間違いはないか?三日後の退院時に転移で迎えに来るつもりだったが......メイリア様もそれで宜しいでしょうか?」


「ええ。勿論ですよ!エルフレッド君なら何処にいても安心ですからね!」


「ハハハ、そこまで評価して頂けるのは恐縮の至ですが最強を目指す者として安全に連れて帰ると約束しましょう」


 エルフレッドがそう告げるとリュシカは楽しげに微笑んでーー。


「ああ、そうしてくれ。お前が側に居たら緊急時も安心出来るというものだ。私個人としても嬉しい」


「......そうか。喜んで貰えるのは幸いだな」


「それに御礼もしないといけないな。勿論、回復まで待ってもらうが楽しみにしていると良い」


「御礼の為にした訳ではないから気にするな......と言いたいが今回は聞いた方が良さそうだな」


 何というか、かなり積極的に関わりを持とうとしてくる。御礼の件だっていつも通り断ろうとしたが、一瞬だけ相当機嫌が悪くなりそうな表情を浮かべたので即行で行くことにした。すると彼女は「そうしてくれると私も嬉しい」とニコニコ満面の笑みを浮かべるのである。


「その......だな。こんな野暮なことを言うのもなんだが、今日は何か気持ちに変化でもあったのか?メイリア様も居るしな。少し対応に困るというか......」


「何を困ることがあるのだ?ウチの母上を見てみろ。唯でさえユーネリウス様と尊敬しているのだぞ?満面の笑みではないか」


 チラリと視線をくれれば、もう本当に大満足な表情で微笑んでいるメイリア様である。寧ろ、そんな表情を浮かべられれば余計に困るというものなのだがーー。


「まあ、存分に困れば良かろう。嫌と思おうが治療の件もあって長い付き合いになるだろうからな?この際、しっかりと悩んでくれ?」


 何のスイッチが入ったのやら全くもって解らないエルフレッドだったが何かが動き始めていることだけは理解したのだった。













○●○●













 世には有名税という言葉がある。簡単に言えば有名であることでお金を稼げているのだからプライパシーなどを多少侵害されるのは致し方ないという考え方である。そして、人は基本的にスキャンダラスな物に注意を引かれる。だからこそ、有名人の浮気や不倫などのスキャンダルは関心をもたれる物としていつも槍玉に挙げられるのである。


 この世界でいえば王族や貴族のスキャンダルは大きな関心毎なのだ。貴族や王族に生まれたというだけで平民とは違う特権を持っているので当然といえば当然なのだが、謂わばそれは妬み嫉みから出ているもので、あれだけ良い思いしているのだからそれ相応の事をしないといけないでしょう?と勝手に決めつけているから出てくる発想だ。


 とはいえ、それが世の常というものである。特権階級的要素が強ければ強い程に厳しく、妬み嫉みが多く集まり時に牙を剝く。例えば、それが言えないような辛い過去を黙っていたが為に歪曲されて格好の的にされるなんてこともあるのだ。彼等の多くはそれが真実のように語り、違うと解れば黙りこめば良いと考えている。冤罪で騒ぎ立てても違うと解ってから謝った者の方が少ないのだ。寧ろ、その時はより大きなネタを世に出す事で早く忘れさせれば良いと考えているのである。世の人は忘れても当人は忘れないというのにだ。


 そこに誠実さがなければ真実の報道とは言えないのだろうがーー。


 話は代わり時に人は被害者さえも攻撃する。本人にも悪いところがあったから仕方がないなどだ。しかし、被害者はあくまでも被害者であるという事実を忘れてはいけないのだ。加害者が居るから被害者なのであり、まず、責められるべきは加害者だ。危険な場所に足を踏み入れた事実があったとして、それを注意することはあっても責めてはいけないのである。


 具体的には危険な場所には入らない方が良かったね?今後気をつけよう。という注意は正しいが、お前が危険な所に入ったから悪いんだ。だから、そんな目に会うんだは、おかしいということだ。


 この世界は殺人について非常に厳しい罰を与える。しかし、ギロチンとなれば必ず罪人に対する人権を訴える団体が現れて声高々に「ギロチンは野蛮だ‼︎」「罪人にも人権を‼︎」と言うのだ。そして「ギロチンを望む被害者家族はやり過ぎだ‼︎」「ギロチンは殺人だ‼︎」と喚くのだ。


 じゃあ、逆に問うが殺されてしまった人の人権はどうやったら返ってくるのか?


 そこで人生を絶たれた人の人権は何で返すつもりなのか?


 お金で命は返ってこないのである。人権を奪った人間に対して人権を要求するならば、当然もっと考慮されるべき被害者には相応の物を返さないといけないのが道理というものだ。しかし、現実問題として、そんなものは存在しないのである。


 よって、この世界はギロチンを使う。返ってこない物は同じ物で償って然るべきだろうとーー。


 話は逸れたが、先の二つの話を掛け合わせて何が言いたいのかと言うと時に人は被害者であっても有名人であるからと有名税だからとスキャンダルのネタにして攻撃することがあるということだ。


 それが例えば世界有数の貴族のお姫様で容姿も素晴らしく才能に満ち溢れている世の羨望を一身に集めるような存在ならば、これ以上のネタはない。英雄との恋ネタはあまりに理想的すぎて売れない。ならば、実はどちらかに問題があって、その恋が破綻したとなった方が世の受けが良いのである。


 今はまだネタが集まっていない段階と言える。しかし、彼女に隙が出来たのも事実だ。一人の記者は緊急搬送された国立病院の中で彼女が産婦人科関連に通い始めたことを突き止めたのだ。あとは何故、産婦人科に通っているのかさえ解ればネタとして最高の物が書けるという欲が既に湧き始めている。過去を洗いざらい調べて一番良いのは不貞だが、そうでなくても何か産婦人科的に問題のある答えが出せれば世界を揺るがすようなネタになるだろうと彼は踏んでいた。


 免罪符はただ一つ”有名税”。今まで何不自由なくーーいや、平民からすれば最高に幸せな人生を送ってきたであろう。そこに最高の結婚なんて付け加える必要があるのか?いや無い。それが無くなったって、きっと彼女は別の形で幸せな人生を歩めるのだから一つくらいこちらに幸せを分けてくれても良いじゃないかとーー。


 彼等は当然知らない。その少女がどれだけ大変な目に合っており辛い現実の中を聖魔法ーー謂わば精神安定剤を服用するかのようにしながらなんとか生き繋ぎ、そして、生と死の狭間で漸く希望を見つけたということをーー。


 そして、知ったところで考慮することもない。その記事を苦に例え命を絶ったとしても、それをどう書くかは彼等に任せられているのだ。例え酷いバッシングを受けたとしても一人の首と損害賠償で補える物だと知っているからである。


 結局何が言いたいのかといえば、今この瞬間に一つの悪意が芽吹き動き始めたのだ。その目がいつ芽吹くのか、それは誰にもわからない。願わくば、その悪意がこの世に咲かぬ事を切に願い。真実が闇へと葬られぬことを祈っているーー。

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