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イムジャンヌの葛藤、リュシカの決意、双子姫の思いーー様々なものを抱えた全国大会は無事にアードヤード王国の優勝となった。様々な感情が渦巻く中でエルフレッドは徐々にその中心へと巻き込まれていく。目下の目標は世界大会。倒れたリュシカの病状は?ライジングサン女王のシラユキの思惑は如何にーー。
学園の授業が終わりエルフレッドを捕まえたルーミャは早速病院へと足を運ぶ。結局アーニャ含めて誰一人帰って来なかった事が心配だったからだ。病院前まで転移して病室の部屋番号を教えたエルフレッドは「俺がいるとあまり話せない内容らしい」と他のメンバーへの説明や世界大会の訓練も含めて学園の方へと転移していった。
(そっか。アーニャは昨日話したんだねぇ。そりゃあ責任感じちゃうなぁ......)
最近の流れから状況を察したルーミャは少し申し訳ない気分になったが、それと同時にアーニャがリュシカへと可能性の話をしたことを評価した。結果、良くないことが起きてしまったが切迫した状況にあったことは正しく理解している。代わりに自分が話しても良いくらいには思っていたことだ。言いづらかったに違いない。
(この状況は私が責められても仕方ないよね......)
正しい判断が=良い判断ではないこともある。今回のように緊急搬送という結果を生んだのはルーミャが正しい判断の元にアドバイスしたからという事実は否めない。お前のせいだと責められたとしても甘んじて受け入れようとルーミャは決心を固めながら病院のエレベーターへと足を踏み入れた。
病室に入ろうとしたルーミャは医者らしき男性の声が聞こえてその足を止めた。あまり聞き耳を立てるのは良くないと思ったが獣人の耳である。今更遠退いたところで結局聞こえてしまう。せめて入るタイミングだけずらそうと廊下側の壁に寄りかかった。
「子宮内膜症ですね。この年齢では珍しいですが零ではありません。過去に負った外傷と過度のストレスが原因だと思われます。今は魔法治療と投薬治療を併用することで安全に實解することが可能です。先程の質問に答えるならば不妊症の原因になることはありますが産めない体になったわけではありません。そこはご安心下さい」
ルーミャはホッと溜息を漏らした。希望が絶たれた訳ではなかった。それはリュシカにとってもアーニャにとっても最悪は免れたということだ。無論、最高の状態とは言い難いがその症状のせいでエルフレッドを諦めるという選択肢がなくなっただけでも良い結果だったと言えるだろう。
「特にスポーツなどの規定は御座いません。寧ろ体調が良い時は積極的に動いた方が良いでしょう。但し体調が悪い時はゆっくりと休むようにして下さい。何事も体が優先です。後出来ることならば聖魔法はヤルギス公爵夫人にかけて頂いた方が効果が高いと思われます。体調不良からヤルギス公爵令嬢の魔法効果は明らかに落ちています。当院の定期検診時以外で回復魔法の必要性を感じた時はヤルギス公爵夫人、もしくはそれに準ずる程の回復魔法が扱える人物を見つけておくと良いでしょう」
「担当医様、妾から質問ですが後程エルフレッドーーバーンシュルツ伯爵子息殿が訪ねて来ると思うのですが、彼の回復魔法を測定頂くことは可能ですかミャ?彼はクラスメイトですので緊急対応が可能かと思うのですニャア。魔力量も世界随一だと思われますから本人も嫌がらないはずですミャア」
ルーミャはナイスアシスト‼︎と心の中でガッツポーズを決めた。もし、その話が上手くいくならばリュシカとエルフレッドの時間を増やすことが可能だ。世界大会までに回復魔法が必要な時はそれを口実に時間を作れるではないか。
「なるほど。それは幸運ですね。彼は風属性でしたね。火属性の方から風属性に回復魔法を掛ける場合は微妙ですが、風属性の方から火属性の方に回復魔法を掛ける場合は非常に効果が高いと言われています。場合によっては治療に協力してもらえると早い寛解が見込めるでしょう」
「ありがとう御座いますミャア。リュシカ良かったミャア」
病室から和やかな雰囲気が流れ始めた頃、ルーミャは頃合かと病室の扉をノックする。メイリアの声が聞こえてルーミャは「ルーミャです。リュシカの見舞いに参りました」と告げて了解の返事と共に中に入った。
「メイリア様お久し振りです!アーニャ。急に飛び出すからビックリしたよぉ!リュシカは大丈夫だったのぉ?」
あくまでも何も聞いていない体で心配する様子を見せるルーミャ。アーニャは何か察したようだったが彼女に合わせて状況の説明をし始めた。結局、帰寮後に双子姫は無断欠席で注意される羽目になるのだが学園側も友人の緊急自体に動揺した結果であると厳重注意だけで済んだ。
しかし、エルフレッドはアーニャ・ルーミャにせがまれたとはいえ学園内で二回も転移を使ったことや無断欠勤を助長したということが問題になり、反省文の対象になった。そのかわり緊急時の対応については褒められた。その可能性は大いに考えていたがいざ自分だけ反省文となるとどうにも解せないエルフレッドだった。
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エルフレッドは反省文の記入後に授業へと参加。世界大会メンバーへの指導に当たっていたが病院より呼び出されたので正門から転移で病院へと向かう。アーニャ・ルーミャのお迎えとは別に回復魔法の検査を受けて欲しいと言われたのだ。まずはアーニャ・ルーミャを学園前まで送って準備が終わり次第、生徒指導室に向かうように伝えて再度病院へーーリュシカの治療に最適であるという理由から担当医・メイリア様に協力を求められたので二つ返事で了承する。
「遠慮なく本気の回復魔法を一回お願いします」
看護師の言葉に印を書く右手に魔力感知系の器具を装着されたエルフレッドは未だかつてない程の魔力で回復魔法を試みる。
「......数値がMAXを越えています。とりあえず、その半分くらいの力でもう一度お願いします」
どうやら本気は駄目だったらしい。とりあえず言われた通り半分くらいの魔力で癒しの風を唱える。
「ーーこれで丁度MAXくらいですね。普段から治療の際はこのくらいでお願いしたいのですが感覚的に調整は可能ですか?」
「はい。今ので大体わかりました。一回メモリーを十だけ下げてみますので確認お願いします」
どういう数値かは解らないが一万がMAXで、それから十だけ減らすことが可能かを確認すれば大体の感覚が解るハズだとエルフレッドが微細に魔力を減らしながら癒しの風を唱える。
「......本当に十だけ減りましたね。人間の魔力コントロールでは百くらいは誤差の範囲のハズですが......」
看護師が目を瞬かせながら驚いているのに対して、まあ毎日やってればこのくらいは出来るようになるだろうと思いながらーー。
「協力は以上で大丈夫でしょうか?本日も回復魔法が必要であれば早速掛けに行きたいのですが......」
「いえ。本日はヤルギス公爵夫人が既に聖魔法を掛けていらっしゃるので大丈夫ですよ。後程、担当医から学園内での治療の許可証とスケジュールをお渡し致しますので、そちらをご確認の上対応をお願い致します。ヤルギス公爵令嬢については三日程様子見の入院が必要になりますので、その際の対応をどうするか確認したいと言われておりました。一度病室の方へ向かって頂けると有難いです」
「かしこまりました。では言われた通りに致します」
きっと、そのまま帰寮と考えたら少しでも負担を減らしたいと言うことだろう。病名などは聞いていないので深くは解らないが病み上がりに無理をさせる必要はない。エルフレッド自身も彼女の事情を思えば協力することは吝かではないので、しっかりと話をつけて対応しようと考える。
(さて、少しは元気になっているといいが......)
第一発見者として倒れてる姿を見てしまっているエルフレッドにとっては先程の点滴姿を見るだけでは正直安心出来る状態ではなかった。意識を失っていたぐらいだから余程のことだということは想像に容易い。最近、色々とあったせいかついつい悪い想像をしてしまうのだ。
病院で早々そんなことはないだろうが......と自身に言い聞かせながら彼はリュシカのいる病室へと向かうのだった。




