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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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 アーニャがルーミャに対して怒りを抱いたのは当然のことだったのかもしれない。公休の夕方頃ーーリュシカとの食事を終えたアーニャは帰寮早々にルーミャの部屋へと突撃した。


「ルーミャ‼︎お前は本当にとんでもないことをしてくれたミャ‼︎何故、リュシカに婚約の可能性の話をしたミャア‼︎」


 事の発端は最近安定していたと思われていたリュシカの体調不良である。単純に乱れた周期に当たったというのもあるが食事中、あからさまに不安定な言動を取るようになった彼女を心配したアーニャは食事を早めに切り上げて寮まで連れて帰った。その道中、「実はーー」とルーミャからエルフレッドとの婚約の可能性がある話を聞いた件について話されたのだ。


 無論、ルーミャが最大限に気を使って話していたことやあくまでも二人はリュシカの幸せを願っていることはちゃんと伝わっている上での話とは言っていたがーー。


「最悪、アーニャだったら許せると思っている」


 リュシカはポロリと溢したのである。実際の所、彼女自身は近々母親に現状を話して前向きな可能性に賭けたいと決めていた。しかし、今日という日取りがタイミング的に悪かった。不安定な時に不安定な現状を思い出して、つい口に出してしまったのだ。


 それがアーニャの琴線に触れた。リュシカにはあくまでも悟られないように振る舞ったが、その胸中はルーミャに対する怒りに染まっていた。唯でさえ思い悩み苦しんでいる親友を何故更に苦しめる必要があるのか、と頭に血が上ったのである。ただ、ルーミャはリュシカの思い悩んでいる理由を知らない。しかし、しかしだ。体調不良のことは知っているのだから少し考えれば今話すべきではないことくらい解るだろうと思ったのだ。


 しかし、ルーミャは存外に冷静だった。怒っているアーニャに対して「少し落ち着いてよぉ。妾だって考え無しだったわけじゃないんだよ」と冷静さを求めるように告げる。


「よく考えてよ。婚約の話って進んだら私達にはどうしようも出来なくなるんだよぉ?夏休みに話が固まるとするならば春にはもう親同士ーー早ければ国同士の話し合いが始まっちゃう。あんまり悠長なことは言ってられないじゃん?」


「そうかもしれないけどミャ‼︎それもあって体調が悪くなった可能性が高いミャ‼︎このままリュシカに何かあったらルーミャはどうするつもりニャア‼︎」


 目の前で苦しそうにしている親友を見てしまったことが彼女の冷静さを失わせていたが、ルーミャは苦笑すると彼女の思考に冷水を浴びせるような可能性を始めた。


「あのね。アーニャ。妾もあんまり早急な対応は取りたくなかったんだけどさぁ。今となってはやっぱり正解だと思っているんだぁ。だってさぁ、来月の世界大会ってどこで開催されるよぉ?」


「世界大会の開催場所ミャア?あっーー」


 アーニャは怒りと共に血の気が引いた。確かに彼女は言った後に気付いたのかもしれない。しかし、アーニャがもし早い段階でそのことに気付いていたのなら彼女と同じように発破をかけざるを得ない状況に陥っていただろう。




「そう。世界大会の開催場所はウチらの実家の闘技訓練場。要するにライジングサンの王城なの」




 もし、である。シラユキが今の状況を一早く捉えてエルフレッドと接触を図ったとしよう。そこで婚約の話をして口約束でもエルフレッドが頷いたとするならばーー。


「......春には婚約が成立するミャア......」


「そゆこと。そして、あちらにはフェルミナっていうピースがあってねぇ。本人はもうどっちにも協力するつもりはないらしいけど、流石に王命出されたら立ち会い人とか断れないじゃん?そうなるともうアウトだよねぇ?これから一ヶ月でアーニャが本気でエルフレッドを嫌いになれるなら少し違ってくるかもしれないけどさ、距離は置けても関係を断つことは不可能なんだよ?だって辻褄合わないし、そもそも訓練とかで絶対に会わないといけないから」


 淡々と語るルーミャにアーニャは頷かざるを得ない状況に立たされた。そして、嫌いになろうとすることが実際問題難しいことくらい理解していた。自身が大好きな取捨選択ですら、それが難しいことを表している。


「世界大会にエルフレッドを同行させない方法はないミャア?」


 ならば、そもそも接触の機会を断つというのはどうか?とアーニャは提案する。確かに教官として、そして、セコンドとしていた方が良い存在ではあるが絶対に居なくてはならないメンバーではない。何らかの理由をつけて接触出来ないようにすれば当初の予定通りの時間は稼げるのではなかろうかとーー。


「......無理だよ。だって理由がないじゃん。皆になんて説明するのさぁ?そして、どうやってエルフレッドを納得させるのさぁ?それにさっきのフェルミナの話みたいに王命出されたらエルフレッドも無視出来ないでしょう?てか、多分だけど暴風の巨龍の件で話したいからとか言ってさぁ、招待客として呼ばれるんじゃないかって思ってるんだよねぇ、妾。アーニャ的にはどのくらいの確率だと思う?」


「考えたくもないけども極めて高い確率だと思うミャア......」


 冷静になればなるほど状況が切迫していることを思い知らされる。そして、今回の件についてはルーミャが正しかったと言わざるを得ない。


「そう。だから、私達に出来ることって、もう本人達に頑張ってもらうくらいしかないんだよねぇ。早くくっ付いてもらうとか、エルフレッドに断ってもらうとかーーせめて、今回の世界大会では結論を出さないようにしてもらわないと、もう何もかもが不可能になっちゃう。最高なのはエルフレッドが何らかの理由で答えを待ってほしいって言えること。お母様に納得してもらえる理由でね。そんな理由あるかは解らないけどね」


「本当に難しいミャア。身内の不幸を除けば納得させられる理由なんてほぼないミャア。そして、そんなことを祈るほど妾も落ちぶれてはいないニャア......それにしても、何で妾は気づかなかったミャア。世界大会の話題なんていくらでもあったハズミャア......」


 アーニャの頭の中は後悔で埋め尽くされていた。もっと早く知っていたならば何かが変わったのかもしれないのにーーと無数の可能性の中にあるifが沢山浮かんでーー。


「ねぇ。アーニャ。多分だけど知ってたって変わんなかったよ。だってさ、世界大会の開催場所決定って全国大会一〜二ヶ月前だったハズでしょ?もしかしたら意図的に隠されてたかもしれないどさぁ。お母様からすれば二ヶ月早かろうが多分今の状況とさして変わらないだろうくらいのことは予想がついてたんじゃないかなぁ。それに妾達に出来ることなんて何もなかったよぉ。結局私がやったみたいに多少の発破をかけるだけーーそれでリュシカが動けるかどうかだけ。今と何ら変わらないんだよ?それでもなんかあったと思うのは正直な所、自惚れみたいなものじゃん?」


「......そうかもしれないミャア。今回の件はルーミャが正しかったミャア。ごめんニャア......」


 項垂れるアーニャにルーミャは「良いよぉ。たまには私が冷静な役やっても良いと思うしぃ?」と微笑んでーー。


「あのさぁ、ルーミャ。今まで悪いと思って聞かなかったけどリュシカの秘密を教えてくれない?正直、エルフレッドとのことを悩むぐらいの問題って早々ないと思うんだよねぇ。それに知ってたら出来る対処があるかもしれないしぃ?それにアーニャが冷静さを失った理由はどちらにしろ知らないといけないからさ。それ関連だと思うしーー」


 アーニャは悩んだ。本人から聞いた訳ではない。そして、可能性の中の話で正解かどうかは百%じゃない。しかし、ルーミャのことを誰よりも知っている自分はもし本人以外に話すのならば彼女しかいないと思っていたのも事実だ。大いに悩んだ。何度も何度も考えて悩んだ末にアーニャは口を開いた。


「......私が言う権利はないけど絶対に誰にも言っちゃ駄目ニャ。そして、あくまでも確率の話であることを頭に入れて聞いて欲しいミャーー」


 アーニャ一人ではもう限界であった。リュシカを助ける為にはもっと仲間が必要な状態だったが言える人物がほぼいない。そして、その”ほぼ”に含まれる人物を仲間にすることに決めた瞬間でもあったのだ。

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