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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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 同時刻ーー。母親から話があると呼び出されたイムリアはウルニカの付き添いの元で自宅へと帰っていた。単純な話だが騎士として多忙な両親の内、母親の方が娘達の晴れ舞台を観る為にどうにか休みを取って試合を見に来ていた。そこで姉妹の現状が自身が想像している状態と違ったことに気付いて確認の連絡を入れたという流れである。


 本来ならばイムジャンヌにも話を聞きたかったそうだが、先程の状況を見てしまっては彼女達を引き合わせても大丈夫とは言えない状況であり、そもそもイムジャンヌは意識を失っていたので、まずはイムリアから話を聞こうとなったわけだ。


「母さん。私はーー」


「ちょっと待ちな。初めに言っとくが別にアンタを責めようって話じゃないよ。そもそも責められるべきは私だろうからねぇ。私自身、姉と折り合いが悪かったから姉妹ってのはそういうもんだと勝手に思っていたのさ。それにアンタ達を見てる限り、互いに仲が悪い様に見えたからねぇ。あの子も態々夜中に練習してるくらいだから顔も見たくないんだろうってね。まさか、こういう拗れ方とは思わなかったのさ」


 心配そうに背中に手を添えるウルニカを見て母親は初めに誤解を解いておいた。その後「だから、あくまでも確認だけど」と前置きしてーー。


「アンタは何かがあって、あの子が憎かった。だけど、あの子は嫌われてること自体は知っていたが理解したくないくらいにアンタのことを慕っていたってことでいいのかい?」


「そう......だ。その認識で間違いない」


 母親は少し困ったような表情になって「う〜ん......」と唸り声を上げると胸の前で腕を組んだままーー。


「なるほどねぇ。思春期のそれって訳じゃなさそうだし......何でそうなったかが問題さね。思い当たる節はないかい?」


「思い当たる節......」


 イムリアは自身の行動を振り返る。冷静な思考で現状把握ーー今回は妹側の話をちゃんと加味して考えてみる。無論、自身の考えを捨てきることは出来ないが、それでも何時ものように全てを突っぱねるようなことはしなかった。そうすると少し違う現実が見えてくる。互いの立場、互いの考え、そして、互いの言動。その全てがそもそも初めから噛み合っていないことにーー。


「私は妹が私より剣の才能に満ち溢れていると聞いて、ならば、何故付き纏って私の真似ばかりするのかと疑問を感じるようになった。そうしていると妹の行動が悪意に見えてきたんだ。こんなことも出来ないのかって言われてると思ってしまった」


「イムジャンヌの方が才能がある......ねぇ。それは剣術一本に絞った話じゃないのかい?それにあの子は好きなものはトコトン好きになるちょっと危険な性格だったしねぇ。親としては中々手を焼いたものさ。もうずっとやるからねぇ。それに発育もあまり良くなかった。あんな生活してれば余計にそうだろうけど親が言っても聞かないからねぇ。それに私は思うんだけど才能ってのは代えが効かないものことを言うのさ。そういう意味では生まれつき高い精神性と体躯に恵まれたアンタの方が才能に満ちていたと思うがねぇ。まさか、そんな劣等感を抱いていたとは気付きもしなかったよ」


 母はミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーを飲んで頭を働かせている。本人曰く考えるのが苦手なために直ぐ糖分が欲しくなるらしい。


「となると、あんまり身も蓋もないことを言うのも何だけど結局アンタの勘違いだったってわけさね。本人から直接言われた訳でもないんだろう?そんなことも出来ないの?なんてーー」


 イムリアは過去から今までの間、イムジャンヌから何かを言われたことがあったかだけを考えてみる。何故自身は気付かなかったのだろうか?妹の言動に自身を蔑むようなものは一つもなかった。親鴨に連れ添う小鴨のように後ろをついて回っただけ、無邪気な笑顔を見せていただけ、本当に姉と一緒に居たかっただけだったのかーー。


「その......親子の会話に口を挟むようで申し訳ないのですが、どうやら才能の有無を話していたのはイムリアが通っている道場の師匠だったそうで勘違いを起こすような状況になってしまったのだと思います。こんな言い方をするのは何ですが、態と煽るようなことを言ったのではないかとーー」


 母親は合点がいった風にあちゃ〜と頭を抑えて苦笑した。


「ああ......ゲン爺かい?あの人は言葉足らずだからねぇ。きっと、そういう風に聞こえるような話し振りになっちまったんだろうさ。しかし、参ったねぇ。言葉足らずだけど配慮はできる爺さんだと思って子供を任せたのにーー子供に聞こえるかもしれないところでそんな話をしちまうなんてねぇ......歳取って忘れる前に話したくなっちまったのかねぇ......」


 母親曰く、そこに悪意は無かったようだ。


 偶々聞いてしまった。タイミングが悪かった。劣等感を刺激された。プライドを破壊された。その全てが本当に単なる偶然且つタイミングの問題だとするならば結果はーー。


「悪かったのは全て私だったのか......」


 妹を突き飛ばした。脅すような台詞を吐いた。妹はそれを馬鹿正直に受け止めて怯えて大泣きしてーーそして、それでも自身の言うことを聞いて少しでも仲良くしようと私の言うことを聞くために姿を見せなくなったというのかーー。


「私は何と愚かだったのか......」


 妹は言っていた。全てを犠牲にしたとーー。いくら発育が良くないとはいえ、あそこまで成長出来なかったのはきっと夜に無理な生活をし続けていたせいもあるだろう。妹は小さい時から一人でいることが多かった。それはそうだろう。友達が遊んでいる時は寝ている。学校でも授業以外は寝ていたとなれば遊ぶことなど出来ようもない。


 身体的成長も諦め、人間関係も諦め、道場も諦め、それでも騎士になりたいと頑張ったにも関わらず聖イヴァンヌも落とされーー残ったのは夢と姉妹愛だけ。母の言う危険な性格というのも頷ける。普通の人間ならば、そんな生活は選ばない。夢を諦めるか姉妹愛に見切りをつけるか、家族や友人に相談して解決策を模索するかーー。


 全てを一人で抱えて解決のために愚直に行動し続けるなど、どうして考えられようか?


 それを自分は何と言ったか?全てを捨てて行動し続ける真っ直ぐな人間に対して自分は何時も見下してーー。




 出来損ないと呼んでいた。




 身悶えそうな程の羞恥心。後悔、情け無さ、自身に対する怒り、猛烈な悲しみーー様々な負の感情が溢れ出して自身を蝕みそうになる。家族だというのに余りにも遠い。今、謝りたいと考えても連絡先さえ知らない。


 長期休暇の際も家に帰らないのさえーー当時、親不孝だと憤っていた行動さえ私の為であったと考えるならばと余りの自身の馬鹿さ加減に笑いたくなってくる程だ。


 そして、今日、全国大会という場において私は言った。真実しか告げていない妹に対して、無理だと私の怒りは治らないとーー。




 永劫仲良くする気などないと。




「母さん......私はどうにも愚か過ぎたようだ......どう償えば良いのか......どう振る舞えば良いのか......何も解らない......」


 母は何とも言えないような表情でーー。


「私にも責任があるって言ったさね。愚かだとしてもまずは受け入れるしかないだろうさ。それにまだあの子とも話していない。最悪、あの子に決めて貰うしかないだろうねぇ。今は治療中なようだから難しいけど近々連絡をとってみるさ。今日はゆっくり考えて頭を整理するようにしなよ?」


 あくまでも優しい口調で告げる母に余計に後悔を深めたイムリアだった。

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