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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第一章 灼熱の巨龍 編
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 目の前に聳える炎の塊を見ていると龍の定義というものを今一度問いたくなる。いや、それとも七大巨龍を選定した者に疑問を呈すれば良いのだろうかーー。


 そんな事を考えていたエルフレッドだったが、それが杞憂であったことに気づくのにそう時間は掛からなかった。こちら存在に気付いて起き上がったガルブレイオスは(たてがみ)のように見えていた炎の固まりを"下ろした"。


 するとどうだろうか?今まで鬣に見えていたのは長い尾であった。細長いフォルムに長い尾、四本の足に長い髭を見れば、なるほど、これは龍である。寧ろずんぐりとした体型でどことなくカエルを思わせたジュライに比べれば遥かに龍らしい。


 どういう性質なのか普段はその長い尾を背中に沿うようにして貼り付けているらしい。全身の鱗から絶えず炎を吹き出しているために一体化して見えた。それがともすれば四足歩行の獣系の魔物に見せていたというところかーー。


「我ガ根城ヲ侵ス者ヨ。貴様ハ何故現レタノカ?」


 荘厳にして傲慢を思わせる声にエルフレッドは驚嘆する。龍とはその生物としての格が圧倒的に高い故に他の生き物を見下している節がある。そんな龍が人間の言葉を喋り意志の疎通を図ろうとすること自体が驚くべきことだ。


「灼熱の巨龍よ、俺の功績の一つとなってもらうぞ」


 数百年の平和のためではなく、浄魔の剣の回収のためでもない。自身がしたいことはあくまでも最強の証明だ。唯の自己満足な目標の為に犠牲になってもらうと傲慢にもエルフレッドは告げたのだった。


 しかし、ガルブレイオスはそれを笑うことはなかった。声色を変えず感情も見せずに淡々と告げる。


「愚カトハ言ワヌ。ソノ纏ウ気、樹ノ巨龍を倒シタノハ貴様ダロウ。ダガ、ソウ容易ク倒セルトハ思ワヌコトダ」


 それ以上語る事はないとガルブレイオスは(つんざ)くような咆哮を挙げた。その咆哮は地面を揺らし、大気を揺らし、それだけで数多の生物を屠ることの出来る熱量を帯びている。それを風の障壁で防いだエルフレッドは唐突に現れた炎で形どられた大翼に目を細めた。


「......行くぞ‼」


 掛け声と共に一陣の風がガルブレイオスへと襲いかかった。それは速く鋭い大気の刃ーー、そう見えても仕方ない程に加速したエルフレッドである。ガルブレイオスの眼前にて二度三度と緑が閃いた。一撃一撃が中位の魔物さえ消し飛ばす大剣による斬撃。それが微細且つ精密な風のコントロールによって際限無く襲いかかる。


 それを魔法による障壁によって防いでいたガルブレイオスは無表情のまま爪を振り上げ炎を纏った腕毎振り下ろした。ゴオオオと大気を焼きながら迫る一撃はガルブレイオスにとっては蝿を払う程度の動きだ。しかし、それは人間など一瞬にして消し飛ばせる威力を持っている。


 エルフレッドは風の障壁と共にそれを大剣で受けると中空を弾き飛ばされた。ともすれば壁にぶつかって潰れる程の速さだが、彼は冷静に風の膜でクッションを作って衝撃を和らげる。


 フワリと地面に降り立ったエルフレッドは気分の高揚に口角を上げた。


 完璧に防いだハズの一撃が風の膜を突き破り、極僅かな範囲だが自身に火傷を負わせてる事実が心を昂ぶらせている。ガルブレイオスの視線がこちらを窺っている。そこに寸分の隙もない。小さく翼をはためかせて何か起これば何時でも対応出来ると言わんばかりである。


 故にまだ打開策は無い。


 事前に想定していたものはこの僅か数瞬の立回りにて崩れた。上級の魔物の一撃さえものともしない風の障壁を焼切る火力ー、そして、嫌に慎重だ。ジュライのような傲慢故に遊びある残虐性の高い戦い方はとらないだろう。


 そして、炎で形どられた大翼に鬣状に添えられていた長い尾ときた。情報収集を常とし最悪を想定して戦うエルフレッドからして全く情報が合致していない。そもそも、造形が違うなど考えられようがない。もし、初めの姿を見ていなければ新種の魔物と思い違えても仕方ない程の違いである。


 ギシリッと地面が軋む音を聴いてエルフレッドは空へ跳ぶ。その下の岩石を砕きながら赤が走る。


 尾の一撃。


 大地を砕き、溶岩を消し飛ばしたそれが尾の一振りだとは相対しなければ気付きもしないだろう。そして、そのギロリとした鋭き目は片時もエルフレッドから離れない。息を吸込み、天井付近を舞うエルフレッドへ白光のブレスを吐き出しながら睨みつけている。


「ハハ、全ては傲慢故だったか」


 笑いながら風を蹴って岩肌を溶かし穴を空けるブレスを避けたエルフレッドは自身もウインドフェザーにて翼を生やし強くはためいて中空で加速ーー、ブレス後の隙を見せるガルブレイオスへと大剣を突き出した。


 ギギギと鉄と鉄を擦り合わせたような音に障壁越しの距離が近付く。赤の障壁と緑の魔力が互いを削り合って稲光の様な明滅を引き起こす。


 刹那、引潮の如く引っ張り込まれそうになる体の態勢を羽ばたきで戻して、エルフレッドは障壁を蹴ることで後方へと宙返る。それはふり払われた大翼による打ち込みである。左、右と交互に襲い来る大翼はエルフレッドの障壁を焼き払い熱波を届かせる。


 彼は皮膚が焼けて軽度の火傷が増えていくのを感じながらも近付いて頭上からの袈裟切り、払い上げと斬撃を叩き付けた。


 ガキン、ガキン‼︎と鉄を叩くような音がして手応えはないがガルブレイオスの表情が一瞬煩わし気に歪む。エルフレッドは細心の注意を払いながら大剣を左から右に一閃。引き絞られた弓の如く溜めを作って回転切りを放った。


 相変わらずの手応えだが、その表情はあからさまに顔を顰めている。大凡の予想が着いたところでガルブレイオスはその巨体を持ち上げ両腕で叩き潰そうとする。エルフレッドはそれを冷静に回避、一端距離を取ってウインドフェザーを解いた。


 ガルブレイオスが攻撃を嫌がった理由ーー、それは単純に魔力の減少であると確信した。それも防ぐダメージによって減り方が違うのだろう。とはいえ、それは微々たるものだ。あのまま攻め続けた上で先に魔力が切れるのは上級魔法を展開している自身の方だ。如何にエルフレッドが人外の魔力を保有しているとはいえ巨龍の魔力はその数倍はいく。


(しかし、僅かばかり光明が見えたな)


 魔力の減少を嫌がると言うことはこちらが上手く魔力を抑え打ち込み続ければ何れはあの煩わしい障壁は消えるということだ。そして、あわよくば、あの仰々しい大翼も消せる可能性がある。最初の造形を考えるに初めから備えている翼とは思えなかった。まあ、まだ確信は出来ていないがーー。


 エルフレッドは大剣を正眼に構えて魔力を滾らせる。それに合せて警戒心の強いガルブレイオスの警戒がより強まった。かつて、ジュライが草木を操ったようにかの巨龍もまた滾るマグマを蛇のようにうねらせる。


(我慢比べといこうじゃないかーー)


 心の中でそう呟いたエルフレッドの顔は凄みのある笑みに染まっていた。

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