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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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 無論、障壁などで防げる分は防いでいるが攻撃範囲が自身の周り全てであるとなればイムジャンヌのように魔法が苦手な者には到底防げるものではない。もし、全身に障壁を張って防いでも一瞬で魔力を持っていかれるだけだからだ。


 彼女は必死に姉の姿を探した。縦横無尽に駆け回って時に剣を振る。何処にいるかも解らない相手を薔薇の雨の中で探し続けるのである。ダメージが蓄積されていって身体が怠くなってきた。視界も徐々に霞んでいき立っているのも辛くなってくる。刀を立てて、どうにか一矢報ようと刀を振るうが全く手応えがない。二、三、四と刀を振ったところで彼女は遂に倒れこんだ。


 容赦無く振り続ける薔薇の雨の中で力無く地面に這い蹲り、それでも振れるところにがむしゃらにーーただ、がむしゃらに刀を振り続けた。姉には届かなかった。でも、言いたいことは言えた。自身が望んだ結果ではなかったけど自身の本心に対する姉の本心が聞けた。それは彼女にとって意味のある答えだった。


「お姉ちゃん......」


 ただ無性に悲しくて涙が一筋溢れた。悪意は何処からきたのだろうか?私達姉妹を壊したものは何だったのだろうか?何も解らないし、納得などしようもない。けれど、自身が納得出来ようが出来まいが、それが答えなのだと知った瞬間ーー彼女は悲しみの中で意識を失った。最後に朧げに見えた悲しげな姉の表情は何だったのだろうか?突きつけられた剣は試合終了を知らせるものでーー。













○●○●













「勝者、イムリア選手‼︎」


 ローズシャワーの解除後、審判の声がしてイムリアは辺りを見回した。拍手喝采が降り注ぐ中で自身の心に重くのし掛かるそれが何なのかは解らない。ローズシャワーの花弁を受け続けてボロボロになった妹を横抱きにすると、その高校生とは思えない体の軽さに彼女の胸は冷水を浴びせられたかの如く酷く凍えた。


 彼女は自身がどうして妹を横抱きにしているのかが解らなかったがアードヤード側のベンチの方へと連れて行くと多くのチームメイトが飛び出してきた。多くは自身が将来守るべき立場にあるような、とても高貴な人々だ。そんな人々が一様に妹のことを心配をしているのである。


「イムリア嬢。もうここまでで良いニャ。後は妾が引き取る故にソナタは自身のベンチへと戻られるが良いミャ」


 その表情は酷く怒っているようだった。冷静であろうと振舞っているが、それ以上の怒りがイムリアを飲み込もうとしている。ともすれば反則覚悟で攻撃してきかねない程の怒りを持って彼女を見ているのである。元々理由のわからなかったことだ。大人しく引き渡してベンチへと戻ろうとするイムリアの耳にアーニャの酷く冷たい声が響いた。


「ソナタは強いだろうミャ。もっと早く試合を終わらせることだって出来たはずニャ。ここまでボロボロにする必要がどこにあったミャ?彼女の友は私を含めて怒りに満ちている。覚悟することニャ」


 イムリアは何も答えられなかった。それはそうだ。ここまでした理由ーーそれはあまりにも身勝手な理由だったからだ。妹は怒りに満ちていたが、それでも自身との復縁を諦めなかった。そして、姉妹愛を訴えかけて最後まで自身のことを探していた。それがイムリアにとっては酷く恐ろしいことに思えたのだ。


 明確な拒絶に対して、それでも信じようとする心や愛情。その全てがイムリアの根底を壊さんとしていることーー彼女の心は幼子が得体の知れないものを恐れるかの如く、恐くて仕方がなかったのである。必要以上に傷つけたことに関しては後悔がある。そして、自身が信仰している騎士道にも反する。しかし、それをしないと自身が保てなかったことが彼女は恐ろしさを感じると同時に悲しかったのだ。


「イムリア」


 友の心配そうな声が聞こえた。漸く思考の世界から帰って来た彼女は自身のチーム側のベンチに戻って来たことに気付くまで多くの時間を有した。


「......棄権する?」


 友の案ずる声ーーしかし、それの意味するところは即ち聖イヴァンヌ女学園の敗退だ。今の時点でも大分厳しいところまできている。とはいえ、負ける可能性が高いことが解っているからといって逃げることは騎士として許されることではない。


「いや、それには及ばない。我が騎士道の誇りに賭けて戦い抜き、どんな結果でも受け入れる。それが私に出来ることだ」


 怒りをぶつけてくるとするならば次の相手は二戦勝ち抜いてローテーションで順番を譲ったリュシカ嬢だろうか?はたまた、感情を読めることで自身の対策としてメンバーを組まれているサンダース殿かーー。何方にせよ、厳しい戦いが待ち受けていることを彼女は理解していた。


「わかった。前年の世界大会優勝校の意地もあるし、もう棄権は勧めないけど......辛い時は言ってね。私もフォローするから」


「ありがとう。ウルニカ」


 闘技場へと向かうとそこに待ち受けていたのは、やはり、怒りに燃えるリュシカの方であった。しかし、消耗しているハズの彼女が出ることを許したのはアマリエらしからぬ話ーーいや、もしくはだが、もうここで彼女が負けようがサンダースーーそして、カーレス、レーベンの二強を使えば負けることもないだろうという判断かもしれない。


 そして、結果はその通りになった。イムリアはどうにかリュシカを倒したもののサンダースに惨敗。その後、ウルニカは圧倒的なカーレスの力に屈した。前評判通りのアードヤード王立学園の優勝ーーそれが全国大会の結末であった。




 その日の夜。救護室で目を覚ましたイムジャンヌは一瞬自分が何処にいるかのが解らなかった。突然見慣れない白い天井が現れれば思考が混乱するのも無理はない。少し起き上がって周りを見渡せば、とても心配そうな表情で見つめるクラスメイト達の視線とかち合い自身が姉にこっ酷くやられたことを思い出した。


「イムジャンヌ!よかったニャ!目を覚ましたミャ!ーーあ、回復魔法が掛かっているとはいえ魔力も体力も減ってるミャ!急に起き上がっちゃ駄目ミャ!」


 大慌てで体を支えにくるアーニャに感謝しながらイムジャンヌは首を傾げてーー。


「ありがとう。アーニャ殿下。あの......全国大会は?」


「ハハハ。全国大会なら心配いらん。我々の優勝だ。しかし、イムジャンヌの仇は私が取りたかったが惜しくも破れてしまったぞ!」


 愉快そうに笑いながら告げるリュシカに「そもそも二戦連勝して一戦しか休んでないのに仇討ちしようなんてするから、そうなるミャ」とアーニャは苦笑しながら苦言を呈した。しかし、その瞳は良くやったと言わんばかりだ。


「そう。よかった。でも私とお姉ちゃんはもう無理みたいだね」


 少し寂しげな笑顔で告げるイムジャンヌに答えたのは一年のクラスメイト以外で唯一残っていたサンダースだった。


「うんや。別に期待させるわけじゃないけどよ。流石に今回の戦いは思うところがあったみたいだ。まあ、直ぐにとはいかないだろうが周りのフォローがあれば可能性は出て来たんじゃないかなぁ。まあ、あちらさんにも少し考える時間が必要だろうから時間を置いてって話になるけどよ?トライするのは全然ありだと思う。今回ほど酷いことには絶対ならないと保証するぜぇ?」


「サンダース先輩はそう言うけどミャ。妾は大反対ミャ。妹をあそこまで痛めつけるような姉は許せないミャア。私がイムジャンヌの立場なら逆に絶交してやるレベルニャア」


 憤りを隠せないアーニャに隣で欠伸をしていたがルーミャが「絶交は言い過ぎだよぉ。観客席で見てた妾も少しありえないとは思ったけどさぁ。それにそんな風にアーニャが怒ってるとイムジャンヌも意見言い難くなっちゃうからぁ......落ち着きなってぇ」と頭を撫でながら肩を抱いた。


「そう......なんだ。サンダース先輩、アーニャ殿下。どっちも有難う。でも、やっぱり私はお姉ちゃんが好きだから、ちょっと時間を置いて良くなる可能性に賭けてみる」


 体力や魔力が減ったせいか酷く気怠げな表情だったが決意に満ちた表情を見せる彼女にアーニャは憮然とした表情ながら「......本人がそう言うなら仕方ないミャア。でも、酷いことされた時は直ぐに言うニャ。目にものを見せてやるミャ」と認めた。


「本当ならば打ち上げとでも行きたいところだが、今日はイムジャンヌの件もあるし皆も疲れているだろうから、また後日にしよう。それに来週の週末辺りに王城にて祝勝会を開いてくれるそうだから、そこで楽しむのがメインになりそうだ」


 それからイムジャンヌが休むまで皆で他愛の無い話をしたからの解散となった。全国大会組や招待客などは明日は公休となる。それぞれが予定を考えながら就寝を迎えるのだった。

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