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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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「イムジャンヌ君。君には決勝の舞台に出てもらう。理由は言うまでもないと思うが納得できるように思いの丈をぶつけて来なさい」


「先生。ありがとうございます」


 真剣な表情且つ決意に満ちた表情でイムジャンヌが頭を下げた。アマリエはその様子を見て微笑むと彼女の頭を撫でる。


「正直言うと迷ったのは事実だ。それは別に戦力の問題じゃない。言い方は悪いがこの戦力で負ける者は戦略家にはなれないだろうな。単純な話だがイムジャンヌ君にとって辛い現実が待っている可能性を考えたからだ。いや、寧ろその可能性の方が高いだろう。撤退することを勧めようという気持ちがあるくらいにな。無論、何があっても私やここにいるチームメイトが君の事を優しく包み込む。しかし、サンダース君が居たさっきとは違い真っ向からぶつかり合うのは並大抵の痛みではない。それでもイムジャンヌ君は出たいと決めていたようだからね。先生として応援しよう」


「本当にありがとうございます。ぶつかり合って答えを見つけてきます」


 その表情は非常に良い表情だった。瞳一つをとっても迷いも揺らぎもなく、全てを受け入れる覚悟が出来ているーーそんな、強く気高い表情である。


「私は軍人上がりだからハッキリそうとは解らないが今の君は誇り高い騎士のようだ。期待しているぞ?」


 イムジャンヌから撫でる手を外したアマリエは決勝に出るメンバーやベンチに座るメンバーに視線をやって力強く頷くと特務師団の隊長時代を思わせる表情を浮かべた。




「諸君。我々の目標は全国大会ではない。世界大会優勝だ。我々にとってはこの全国大会優勝という任務は確実に遂行されて然るべきもの。失敗することなどあり得ない。否、あってはならない!普段の訓練の方が強く、恐ろしい相手と戦っているという事を忘れるな!恐れることなど何もない!私からの願いは一つ!予定通り勝利を掴め!栄光を零すな!以上だ!」




「「「「「「「「ハイ!!」」」」」」」」




 空の青は冬の寒空もあって澄み渡っている。冷たい風が拭く中でベンチに座るメンバーは厚着にヒーターをつけてもなお寒い状況で整列する仲間達を見詰めていた。


「ラティナ、済まないな。本来であればお前を出すべき所だったが今回はイムジャンヌの事情を優先した」


 それは叔母としての言葉でもあり策士としての言葉でもある。教師としてーー担任として生徒の為を思った行動を優先させたのである。場合によっては怒りも甘んじて受けるつもりだったが彼女は笑顔を浮かべるとゆっくり首を振った。


「いいえ。叔母様。私は叔母様の意見を尊重します。何より同じ立場でしたら私も同じようにしたと思いますから。それに私の夢はもう叶ったも同然です。世界大会で活躍出来るように私自身が鍛錬を怠らなければ更に上を目指せると思います」


「そうか。となるともうスカウトと話したのか?」


 彼女は笑顔で頷いた。


「先程、休憩時間中に名刺を貰いました。決勝終了後に是非話をしたいと言ってくださって早速会う約束をしております」


「ほう。名刺まで貰ったのか?それは相当力の入ったスカウトだな。因みに名刺は誰からとなっているんだ?」


 ラティナは「名はラクリマ様と伺っていますが......」と名刺を取り出してーー。


「アードヤード第七中隊長[ラクリマ=オリビア=ベネルレイッヒ]様と書いてありますね」


 その名を聞いた瞬間、彼女は血相を変えてラティナに詰め寄った。


「ちょっと待て⁉︎ラクリマ姉様が⁉︎ラティナはなんて言われてスカウトされたんだ⁉︎」


 普段全く動じる姿を見せない彼女の姿に不味いことでもあるのかとラティナは少し狼狽えながらーー。


「え、えっと軍部での”後継者”として育てたいって言われました。とても優しそうなお婆様でしたが何か問題があったのでしょうか?」


「ーーハハハッ。これは大変な事になったぞ。ラティナが知らないのは無理も無い話だが、あの方はとんでもない女傑だ。今でこそ後人育成の為に中隊長をしているが嘗ては第三師団長を十五年間務めた御仁だからな。なるほど、そうかそうか。私を後継者にしたいと言っていたが......後継者はまだ決まっていなかったのだな」


 一人納得している彼女に対してラティナはポカーンと口を開いた後に慌て過ぎたのか自身の髪を今頃手櫛で整え始めてーー。


「え、え⁉︎そんな凄い方だったなんて⁉︎わ、私、失礼してないかしら!それに後継者の話もてっきり中隊長のことかと......あ、あ、叔母様ぁ......私どうしたらーー」


 先程ラティナが抱いた感想と全く同じ感想を抱きながらアマリエは苦笑を漏らした。


「落ち着きなさい。品行方正を絵に描いたようなラティナが失礼な事をするなんて想像もつかない。心配するな。それにあの方はその人物だけしか見ない御仁だからな。お眼鏡に叶ったのは誇らしいことだぞ?もしかしたら私の姪っ子だということにすら気づいてないかもしれないな!いやぁ、我が姪っ子ながら天晴だ!これはお姉様も認めざる得まい!!」


 アマリエの姉ーー要するにラティナの母は基本的には娘のブルーローズ入りを目指しているが納得に足る話がくれば軍部に行くことも吝かではない感じであった。かつて”軍仏”と呼ばれたラクリマからの直接の誘いが有り後継者に......とまで言われれば嫌と言うこともないだろう。寧ろ喜びそうな気配さえある。


 因みにラティナの婚約者である公爵家の将来の義両親は「ナヨナヨしている息子には軍人の嫁くらいが丁度いい」と元々軍部入りには賛成の立場だった事もありラティナの夢は盤石だと言えた。


「しかし、そうなれば私もラティナの軍人としての指導に力を入れねばなるまい。ラティナならば弱音を吐くことは無いだろうが、あの御仁の指導は中々に地獄だからな。世界大会のこともある。これから大変になるぞ?」


「叔母様。漸く掴んだチャンスですもの。私負けません!叔母様の指導にもラクリマ様の指導にも耐え抜いてみせます!」


 脅し半分、心配半分の言葉だったが、決意に満ちた瞳ーー力強く希望に溢れた表情でそれを突っぱねたラティナ。小さい頃から見ていた姪っ子の成長した姿にアマリエは少し目頭が熱くなるのを感じていた。


「いかんな。年を重ねると涙脆くなる。まだ試合も始まってないのにな。まあいいさ。ラクリマ姉様には大分お世話になったから今日のスカウトには挨拶がてら私も着いていくことにしよう。だから心配するな。絶対、悪いようにはならん」


「はい!ありがとうございます!叔母様!」


 そうやって頷きあっていると「やったじゃん!ラティナならやると思ってたよ!」と隣で暖を取っていたエルニシアが微笑んで彼女の肩を叩いた。


「ありがとう!まだ、何も始まってないけれど悔いが残らないように頑張るわ!」


 微笑み合う先輩たちを見ながらアーニャも「妾には何のことやらという気持ちも有りますがラティナ先輩の夢が叶ってよかったですミャア」と微笑んだ。


「ふふふ、アーニャ殿下もありがとう御座います!」


 そうこうしている内に決勝の挨拶と説明が終わったのか整列をしていた生徒達が先鋒を残してベンチへと引き上げてくる。それを出迎えて皆は闘技場へと集中力を高めた。


「ーーそれでは先鋒戦、試合開始です!」


 司会者の声で高らかに告げられた開始の合図ーー全国大会決勝が幕を開けた。

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