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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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 一時間の休憩が始まった。エルフレッドに土下座して転移を頼み込み、薔薇の花束を買って早々に駆けていったサンダースを見送りながら皆は脱力した時を過ごす。


「それにしてもイムリア嬢の剣技と上級魔法は見事だったね。ホールドユグドラシルではなくローズシャワーを選択しているところもまた賢いよね」


「そうですね、殿下。自分から見ても彼女の才覚は素晴らしいと感じました。場合によってはホールドユグドラシルさえも使える可能性を加味した方が良いかもしれません。それに二年生の時点で既に単純な剣技ならば殿下と互角かそれ以上ですから強敵と言わざるを得ないでしょう」


 今見た試合の考察を始めたレーベンの隣でエルフレッドが答えた。イムリアの実力を正当に評価すると今の時点ではレーベンやリュシカに届くか届かないかといったところだ。但し、剣主体であることと精神性を加味すると、その実力にはムラがあった。


「なるほどね。因みにアードヤード側がフルメンバーで戦ったと仮定したらエルフレッド殿はどちらが勝つと予想するのかな?」


 瞳を細めた微笑みのレーベンの質問に彼は間髪入れずに答えた。


「アードヤードでしょう。フルメンバーの陣容にもよりますが、カーレス先輩、殿下、リュシカの三人とエルニシア先輩、アーニャのセコンド。イムリア嬢対策にサンダース先輩を使うならば最後の一人は誰でも勝てます。最悪、イムリア嬢対策はなくても良いかもしれませんね。正直、実力差はかなり大きいです」


「なるほどね。逆に僕達は絶対に入ってた方がいいのかな?」


「いえ。三人のうち二人が居れば十分でしょう。何ならAクラス冒険者が見えてきているカーレス先輩は完全に余剰戦力です。まあ、ここまできて態々戦力を落とすような真似はアマリエ先生もしないハズですから三人とサンダース先輩は確定じゃないでしょうか?後はメンバーに休憩させつつ、黒星二つくらいで抑えられれば上出来かと......」


「そういう感じなのか。ありがとう。いや、無論、僕達は優勝をしなくてはならない。アードヤード王立学園にとっても世界大会出場はゼルヴィウス様以来の快挙となるから絶対に逃せないんだ。だけどーー」


「......イムジャンヌですか?」


 言い淀むレーベンに彼が確信を持って訊ねればレーベンは苦笑しながらーー。


「そう......だね。ここまで来たら、もう三年生は夢を叶えたも同然なんだ。そして、学園に世界大会優勝を齎して大手を振って卒後出来れば学園生活に思い残すことはないと思う。最後の一人をイムジャンヌ嬢にしてあげることが今後の未来にとって一番良いのかなって僕は思うのだけど、アマリエ先生はそれを許してくれるだろうか......」 


 単純な戦力で考えればラティナ、イムジャンヌは僅差でラティナが勝っている。完全に実力主義で私情を挟まずに最後の一人を選ぶならばラティナとなる。もしくはサンダースだけではイムリア対策として不十分と判断された場合は先見の能力がローズシャワーと相性の良いエルニシアという選択肢もあり、イムジャンヌは基本的にベンチだと考えるのが妥当だろう。彼女の破壊力や爆発的な成長力を以ってしても三年生との経験の差を埋めるまでには至らなかったのだ。


 とはいえーー。


「確信はありませんが、きっとイムジャンヌを出すと思います。自分がアマリエ先生の立場ならばそうでしょう」


「ふむ。根拠はあるのかい?」


 顎下に手をやって眼光を強めた彼に対してエルフレッドは頷いてーー。


「自分と話した内容が根拠となりえます。実はイムジャンヌを偵察に使う作戦を聞いた際に少し意見が対立しまして......その時にアマリエ先生が言ったんです。後にフォローが出来るならば悪い方向だとしても納得させた方が良い時もあると。初めはサンダース先輩を共に向かわせることがフォローかと思いましたが、それだとアマリエ先生がしたのは適材適所を選択だけでフォローと呼べる程のものではありません。アマリエ先生の中で道筋が出来ているとするならば、きっと、二人を戦わせて、その後にどんな結末を迎えても受け入れられるようにしようと考えているのではないでしょうか?」


「なるほどね。その話はかなり信憑性を感じるよ。最悪、それを交渉にイムジャンヌ嬢を出すように説得してもいいしね。可能性は非常に高いだろうね」


「ありがとうございます」


 レーベンは少し安堵した様子で表情を緩めた後に顎下に手をやると「それにしても」と優しげな笑みを浮かべた。


「エルフレッド殿でも意見が対立することがあるんだね。いや、非常に良い意味でだよ?仲間を思って意見をぶつけたって事に関して僕は非常に好感を覚えたかな?」


「そう言って頂けるのは嬉しいのですがアマリエ先生からは仲間全てを救おうとするのは傲慢だと言われたばかりです。それに時には悪い方向に転ぶと解っていても納得させなくてはならないという意見は自身にとっても耳が痛い意見でした」


 溜息を吐きながら頭を掻いた彼にレーベンは微笑んだ。


「まあ、良いんじゃないかな?僕の立場だったら寧ろ全てを救うくらいの理想が無いことには国王なんて務まらないからね。それに押し潰されないだけの精神力を以って最善を尽くし続けた結果、どうしようもない時に初めて非情な判断を下す。王様っていうのはそういうものだよ。寧ろ、安易に切り捨てることを選べば国民の支持なんて得られないしね。そういう意味では大人な意見は最終論であれば良いじゃないのかな」


「そういう考え方もありますね。自分的にもそちらの方が好みです」


「だろう?アマリエ先生の意見は凄く正しい。ぐうの音も出ない正論だよ。でも、人助けをすることは正論ばかりでは片付かない話だと思う。例えば、誰かを助ける為にその人の秘密を隠すとか本来報告しないといけないところを見て見ぬ振りをするとかさーー正論じゃ許されないことだろうけど案外人はそういうことをしながら前に進もうと足掻いているものさ。悩むっていうのはそれだけ真剣に考えているってことだからね。塩梅はあっても悪いことではないと僕は思うな」


 レーベンの意見然り、アマリエの意見然り、通る道は違えど延長線上にある意見で本質的には同じことを言っているのかもしれない。単純に今の状況を絶望的と判断したのか希望があると判断したのか、諦めさせる方が辛くないと判断したのか、足掻いた方が辛くないと判断したのかーー。


 ただ言えるのはエルフレッドはレーベンの意見の段階だと信じて行動する方が自身の好みだと感じた。そして、その考えは彼の人生に大きく関わることになったのだ。何故ならば、エルフレッドの中には常々リュシカとの関係性をどうするのかという問題が頭を過ぎっていたからだ。


 クレイランドの一件で悠長なことは言ってられないのではないかと思った彼が、もし、アマリエの意見を取るならば、自身の気持ちが変わるのかどうかも解らない状況を考えれば彼女を傷つけると解っていても、ここで可能性を断ったほうが彼女の為になるのではないか、といった考えになるのは言うまでもない。


 だが、自身としても安易にそうしたくない気持ちがあるのも確かで、せめて彼女の抱える問題を解決してからでも遅くないのではないかと思っていた矢先ーー考えらされる自体が続いたのだ。それにレーベンの意見が加わったことで光明が差したと言っても良い。


「ありがとうございます。元々悩み足掻くのが自分なので自分らしく足掻いてみようと思います」


 その間に機を逃してしまうのならば、それはそれで仕方がないことである。真剣に考えた結果や足掻いた結果が絶対に良い結末を産むわけではないことくらい理科しているのだ。しかし、そうして動いた結果ならば少なくとも自身が後悔することがないのも事実なのだ。


「いや、こちらこそありがとう。イムジャンヌ嬢の件は少し思うところがあったからね。これで心置きなく戦えるよ」


 冗談めかして笑った彼に「その前に順番が回ってくると良いですね。殿下」とエルフレッドも笑うのだった。

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