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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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 観客席は大いに盛り上がっていた。その様子を困った表情で眺めるウルニカと憮然とした表情で睨むイムリア。予想外の伏兵が現れて当初の予定が破壊されたことに困惑が隠せない様子だった。


「まさか、イムリアまで引っ張り出されるなんてね。データに不備があったのかしら?」


「......いや、正直強い事自体は解っていたが、ここまでやる気を出すとは思っていなかった、といったところか。聖アンジェラにとっては決勝トーナメントに残れただけで万々歳のハズだったからな......果たして何があったのやら」


 無論、本気じゃなかった訳ではないだろうが気迫という面では戦闘系の名門校程のものはなく、もう少しお気楽モードだったように見えたのだが獣人の本能でも刺激されたのかもしれないとイムリアは思った。


「......いける?」


 少し心配げ表情を浮かべたウルニカにイムリアは口角を上げる。


「愚問だな。完璧な状態であっても苦戦はすれど負けることはない。まあ、大船に乗ったつもりで見ていてくれ?」


 自身の得物であるブロードソードを引き抜いて闘技場へと向かう彼女にウルニカは笑みを浮かべた。


「そうよね。貴女なら問題ないわよね。それにここで負けてるようじゃあアードヤード王立学園を倒すなんて夢のまた夢だわ」


 世界大会優勝メンバーの一人として、そして、最上級生として名門校の大将を任されるウルニカ。その胸には先輩達との約束と親友に対する全幅の信頼が満ち溢れていた。




「ふふふ。次は剣聖の再来と呼ばれるイムリア=エイガー様ですか......相手に不足はございませんね」


「ホーデンハイド公爵家令嬢、ルーナシャ様。素晴らしい実力だが快進撃はここまでとさせて頂きます!」


 試合開始と共に疾走する二人、剣と爪がかち合い硬質な音を打ち鳴らす。ヒラリヒラリと柔らかな三閃ーー袈裟、払い、跳ね上げと連動する中をルーナシャが柳の如くユラユラと躱して爪を伸ばしたーー。


「おっと、それは当りません」


 伸びてきた爪を弾き、袈裟、二段突きと距離を詰めて肩を当て体を崩したところで真っ向を狙う。


「如何にミックスとはいえ獣人の身体能力は舐めない方が身の為ですよ?」


 崩れたと見せ掛けたスウェーバック。落ちてきた剣を軸足で踏んで、そのままクルリと右上段蹴りを狙う。


「ハハハ、ブルーローズ就職を目指す学園の方の割には足癖が悪いようですね」


 その下を潜り軸足にローキックを放つがそれは一歩遅く、剣の上から飛び降りたルーナシャに避けられた。


「いえいえ。足技も必須ですよ?手が塞がっていることの多い侍女ですから、何かあれば真っ先に足を出さなくてはなりません」


「侍女とは何たるかを問いたくなりますね」


 再度、距離を詰めて剣を振るおうとしたイムリアに微笑んだルーナシャは魔力で彩られた瞳を向けた。


「私の目を見て下さい」


 下級闇魔法[キャットアイズ]は相手の視覚上に一瞬だけ猫の瞳の幻影を映すことで気を逸らす魔法だ。あくまでも視線を合わせた状態でしか使えないが、今回に限っては非常に有効な手立てである。危機を察知したイムリアは全身に障壁を張り巡らせることでルーナシャの攻撃を受け止めて回復した視界で剣を振るうがーー。


「鳥よ!狼よ!」


 中級闇魔法[マジックアニマル]。召喚系の魔法に近しいと言われる所以はこの魔法にある。異空間より魔力生命体を呼び出して攻撃させる魔法だ。生命体とはあるが巨龍の僕のようなものなので、指向性は全て術者に委ねられる。烏に近しいブラックバードと影の狼に見えるブラックウルフがイムリアへ向かって殺到した。


 二撃三撃と狼の爪、烏の羽が襲いくる中で何発かの攻撃を貰ったイムリアはドンドン数を増やして襲い掛かってくる魔力生命体をいなしながら笑った。


「これはこれは......ブルーローズではなく曲芸師でもされた方が良いのではないですか?」


「ふふふ。面白い挑発ですね?もう内定を貰っているのに態々蹴るような真似はしませんよ」


 ルーナシャの魔法生命体の間から伸びてくる蹴り足を剣で受けた彼女は「アードヤード戦まで隠しておきたかったのですが......」と呟いてーー。




「[ローズシャワー]」




 瞬間、闘技場全体が薔薇の霧に包まれた。ヒラヒラと舞い散る花弁全てが対象に攻撃性を持った魔力の塊であり、自身には回復と隠密の効果を与える上級樹魔法だ。単純に視界も悪くなる上に効果範囲内を好きに隠れて移動出来るので相手側からするとコマ送りのような不思議な動きに見えることだろう。


 そして、それを受けたルーナシャは完全にイムリアの姿を見失った。指向性を操って相手を追尾する筈のマジックアニマル達ですら見失っているのだから探すのは困難だと言える。そして、目に見えるダメージではないが、どんどん体力や魔力が削られていっている。魔法生命体も掻き消されて徐々に窮地に追いやられているのである。


「負けましたね」


 突如背後から自身の首元に伸びてきたブロードソードに溜息をついてルーナシャは降参のポーズをとった。


「中々のお点前でーー。しかし、最後に一つ聞いても良いでしょうか?」


「はい。なんでしょう?」


 パラパラと舞い散る薔薇の中でイムリアは思っていた疑問をぶつけることにした。


「こうは言ってもなんでしょうが、聖アンジェラの方々は決勝トーナメントに出られただけでも満足なように見えました。気迫の面でーー戦場風に言うならば士気の面でこちらが勝っておりましたので正直ここまで本腰で来られるとは思いませんでした。勿論、本気なことは本気なのでしょうがルーナシャ様の気迫は私達としても正直予想外でーー」


「ああ、そういうことでしたか。いえ、お恥ずかしい話ですが私少しむしゃくしゃしておりました。でも、皆様のお陰でスッキリです。獣人の血族にとって闘争は良いストレス発散ですからね」


「ハハハ。これはこれは......理由まで予想外でした」


 魔法が解かれて薔薇の花弁が消えた。ルーナシャに突き付けられた剣を視界に捉えた審判がイムリアの勝利を告げる。


「それにしてもサンダース様はどうして後輩らしき娘と一緒に居たのでしょうか......」


 悩ましげな表情で腕を抱きながら頬に手をやったルーナシャを見てイムリアは漸く合点がいった。なるほど、どうやら先程の喧騒の後を彼女は見てしまったのだろう。想像するにアードヤードの策士はこの状況までも読んでいたのかもしれない。流石にこうなれば良いな程度だとは思うがーー。


「ルーナシャ様。それは私の妹です。少し身内の問題に巻き込んでしまって......サンダース様は優しいから妹を慰めて下さったのです。偵察らしき動きをされていましたし他意はありませんよ」


 相手は時には無情な策を取る軍人かもしれないが、こちらは愚直だろうが正々堂々を望む誇り高き騎士である。無論、ここで策に走ることでサンダースやイムジャンヌにダメージを与えることが出来たかもしれないが、それは騎士道に反することだ。


「あら、そうでしたの?私ったらサンダース様に怖い顔をしてしまいましたわ。教えて下さってありがとうございます。私謝らないといけませんわ」


 負けたというのにスッキリルンルンした様子の彼女に苦笑いを浮かべながらイムリアはベンチへと歩みを進めた。騎士道と私情の狭間ーーその胸中は非常に複雑な様相を呈していた。

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