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「まあ、色々あったが、どうにか無事に決勝トーナメントの舞台に皆が辿り着けたことを心から嬉しく思う」
大真面目な顔でアマリエがアーニャの方を見ながらそう言うと、ペタンと垂れた尻尾の彼女は何処からともなくがまぐちを取り出して空っぽアピールをしながらーー。
「今回の悪戯は高くついたミャア......エリクサー1本はきついミャア......」
オニオンの刑で生死を彷徨いエルフレッドのエリクサーで復活を遂げたアーニャは当然その代金を請求されて支払った。代償は大きかった。
「悪戯も程々にだね。さて、みんなも知っての通り決勝トーナメントからはレベルが格段に上がるよ。特に聖イヴァンヌは昨年の世界大会優勝メンバーが二人も残っているから、そこは本当に一筋縄ではいかないと思う」
「とはいえ、戦力でいえばこちらの方に分があるのは間違いない。前評判なら優勝候補筆頭は間違いなくこちらだ。今までの特訓を生かして悔いの残らぬように世界大会を目指して行こう」
三年生を代表してカーレスとレーベンが声を掛けた。緩んだ空気がしっかりと引き締まっていくのを皆が感じていた。
「今回は教官という立場からの言葉になりますがアードヤード学園での大会時に比べると皆様、本当にレベルアップしたと思います。元々頭抜けていた三名は勿論ですが他の皆様も他校のエースクラスと競り合えるレベルにあると考えます。偵察隊の情報を元に考えれば聖イヴァンヌ以外は足元を掬われる可能性は殆ど無いでしょう。あとは全てを出し切って後悔だけはしないようにお願いします」
エルフレッドの言葉に皆が頷いているのを確認して、大トリを任されているリュシカが言った。
「殆どはエルフレッドの言った通りですが実際戦う立場としては慢心が無いようにだけお願いしたいと思います。勝負は時の運とも言いますから何が起きるか解らないのです。それに決勝トーナメントまで力を温存したり隠したりするのは常套手段ーー私達の目線からは対等な敵と戦うくらいの意識で行きましょう!」
それぞれが了解の合図を出す中で抽選の代表に選ばれたレーベンが軽く手を振りながらーー。
「それじゃあ行ってくるよ‼︎」
快晴の青空の下ーーしかし、体を温めないと寒い時期にあってアードヤード王立学園メンバーのやる気は最高潮に達していた。寒さを忘れるくらいに集中し気持ちを高ぶらせているのである。特設ステージの上、決勝トーナメントの組み合わせを決めるクジ引きが始まった。皆が固唾を飲んで見守る中、レーベンが引いたクジに書かれていた番号はーー。
○●○●
決勝トーナメントの組み合わせが発表された、聖イヴァンヌ学園と聖アンジェラ学園、そして、アードヤード王立学園とガーストリア軍人学校での準決勝だ。ある意味で観客の望んでいる組み合わせとなった、決勝で当たって欲しい組み合わせが残ったのである。
そして、ガーストリア軍人学校の目線で見ても、この組み合わせは有難い。かつての全国大会優勝の常連校からすれば歴代最強とされるアードヤード王立学園を倒して決勝で聖イヴァンヌを倒せれば面目躍如、名門復活の狼煙をあげることが出来る。聖イヴァンヌやアードヤード王立学園からしてもお互いの陣営の本当の実力を垣間見るチャンスでもあった。
聖アンジェラに関しては寧ろ決勝の舞台まで辿り着けたことで目標は達成していた。無論、上を目指す覚悟だが現実問題としてルーナシャ以外に際立った選手がいないのも事実だ。
「天は僕らに味方をしているようだね。準決勝第一試合だから回復にも時間が取れるし、何よりサンダースのルーナシャ嬢に攻撃出来ない問題も問題なさそうだ」
「そうだな。敵となれば身内でものホーデンハイドの血が入ってるとは思えない程にサンダースは腑抜けるからな......」
「いや、お、俺だってちゃんと戦えるっつうの!後輩達の前であからさまに貶すの辞めてくんねぇかな‼︎」
どもりながら信憑性にかける発言を繰り返すサンダースにエルニシアは「しかも、これで法の番人やら法務大臣目指そうって言うんだからちゃんちゃらおかしいって話よね?」と苦笑いを浮かべている。
「まあ、人情派?っていうのはサンダース君の良いところではあるのだけど......単純に闇魔法とも相性が良くないから結果的に良かったんじゃないかしら?」
精神汚濁などを司る特性を持った闇魔法とホーデンハイドの能力は正直あまり相性が良くない。しかし、それらをどちらも兼ね揃えているから司法面に関しては欠点らしい欠点がないという御家柄だ。例えばサンダースのように特性だけホーデンハイドで魔法はカーネルマックや魔法だけホーデンハイドのルーナシャとなると戦闘相性的にもルーナシャにも分があった。
「さて三年生。話はその位にしてそろそろベンチに向おうではないか。今回はエルニシア君、アーニャ君、何方もベンチ入りするように。準決勝第一試合での偵察はサンダース君とイムジャンヌ君に頼もう」
「先生。私が偵察ですか?」
「ああ。エースのイムリア君は君の姉妹なのだろう?ならば、解ることも多いハズだ。決勝の舞台のことを考えると最善だろう」
「......わかりました」
サンダースに連れられて観客席へと向かうイムジャンヌ。その後ろ姿は何処となく困惑している様が見てとれた。
「アマリエ先生。言い辛いのですがイムジャンヌとイムリア嬢はそのーー」
ノノワールから詳細を聞いたエルフレッドが少し言い辛そうに耳元に口を寄せると彼女は「皆まで言う必要はない。エルフレッド君」と制止の声を上げた。
「無論、承知の上だ。教師の立場としても姉との関係性に疑問を感じたままより何らかの結論を出して戦った方が今後の為にも良いと判断した部分がある。そして、セコンドとしてはだがーー」
彼女は冷静な視線だけをチラリと彼に向けると無機質な声でーー。
「良くも悪くも感情を揺さぶり感情的にさせるのは作戦として正解だ。一石二鳥ならば使わない手はない」
「その為の最前列での偵察ですか......御見逸れしました。因みにイムリア嬢が大将に出る可能性はーー」
「無いな。エース格ではあるが大将は三年生のウルニカという選手が務めるハズだ。実力はイムリア嬢の方が上だろうが精神面の安定性や指揮官としての適性は彼女の方が高いのだろう」
「なるほど。因みに彼方は全員で偵察に出るようですが我々の試合の時点で二人を偵察に出した理由は何ですか?」
アマリエは口角を少し上げるようにして笑う。
「もし姉妹仲に問題があるとするならば何らかの形で接触しようとするとは思わないか?感情的になればポロリと戦闘順なんかも教えてくれるかもしれん。まあ、その時に姉妹間の問題が解決してくれれば万々歳だが、そうはならなくても隣にサンダース君が居れば色々と汲み取れる部分があるだろう」
教師と策士の両面を一挙に詰め込んだ作戦を決行したという訳らしい。エルフレッドは彼女のその狡猾さに思わず閉口したが顎下に手をやって考えた後に少し強い視線をくれてーー。
「合理的だとは思いますが悪戯にイムジャンヌのことを傷つけるだけになるかも知れません。その時は流石に軽蔑しますよ?」
「はは。これは手厳しい。とはいえ私もその部分は精一杯フォローするつもりだ。だが、エルフレッド君。教師として一つ言っておかないといけないことがある」
「......何でしょうか?」
「君は自身の手の届く範囲にいる者全てを幸せに導きたいと思っているようだ。しかし、それは不可能だ。そして、それをしようとしたことで二者択一の状況を作りかねない。人は完璧ではないのだよ。その高潔さは素晴らしいが反面未熟かつ傲慢だ。人は自分で生きているから思い通りにはならない。もし、その後にフォローが出来るのならば悪い方でも答えを見つけさせないといけない時がある。それは肝に命じておくように」
「......わかりました」
どこか納得のいかない様子のエルフレッドにアマリエは苦笑した。彼もまだ十六際の少年なのだと少し安心した気持ちもあった。成熟している部分と未熟な部分ーーそれは誰もが持ち合わせているものなのだ。




