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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第一章 灼熱の巨龍 編
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13

 襲い来る灼熱の魔物を一太刀にて切り捨ててエルフレッドは大きく息を吐いた。千度近いマグマが近くを通っているせいか炎の祝福の力を持ってしてもらっていても熱さを感じる様になってきている。


 体力的にはまだまだ余裕はあるが手早く目的地に着きたいものである。


(まあ、それが出来れば苦労しないのだが)


 エルフレッドがそう苦笑すれば迫りくる魔物の中に一際大きな三頭首の大きな犬が現れた。


「ケルベロスとは神話違いにも程があるな。まあ、ガルブレイオスなどはこちらが勝手につけた名前だろうがーー」


 エルフレッドは軽口を飛ばすと大剣を構えて上級風魔法ウインドフェザーを発動する。空に印を書けば彼の背中にセラフィムを思わせる三対の緑翼が表れて魔物の動きを止めた。


「放つ」


 瞬間万を超える風の羽毛が数多の魔物を蹂躙した。それは眼前に広がる魔物の群れを瞬く間に殲滅し消し去った。


「グルルル......」


 その中で一体。ケルベロスだけは全くの無傷であった。しかし、エルフレッドを警戒するように距離を取って唸り声を挙げている。それを見たエルフレッドは大剣を構え直すと楽しげに口角を上げる。


「前哨戦といこうか?我が風魔法が何処まで通用するかーー来い‼︎」


 恫喝するかの如く声を挙げれば、唸り声を挙げていたケルベロスは雄叫びを挙げながら飛びかかってくる。そして、振り下ろされる爪を大剣で受けると3頭の首が縦横無尽にエルフレッドへと襲いかかった。


「風よ、凪げ‼︎」


 彼は瞬時に大気で音速の刃を形成し襲いくる首の1つに狙いをつけて放つ。


 ヒュボォ......。


 しかし、それは炎の毛皮に当たると炎を高ぶらせるだけで消えた。


「チィィ‼火力、不足、か‼」


ならば、とエルフレッドはわざと敵側に一歩踏み出して腕力と風魔法の補助で三mを超えるケルベロスの体を弾き返す。まさか、自分より小さな存在に押し返されるとは思っていなかったのだろう。ケルベロスは一瞬慌てた様に足をバタつかせたが流れに逆らわずに後方宙返りを決めて着地する。


 エルフレッドは人ならざるものとの力比べに多少息が上がるのを感じながらも、それ以上に気分が高揚し集中力が研ぎ澄まされていくのを感じた。


(この様子では魔法自体の威力は火力不足と言わざるを得ないな。しかし、使いようは幾らでもある)


 火属性に対して風属性が弱い理由は至極当然で酸素を供給してしまうところにある。無論、自身の風の威力が相手の火の威力を上回るのであれば蝋燭のように吹き消す事が可能だろうがこの様子ではそうもいかないだろう。否、語弊の無いように言えばケルベロス程度であればエルフレッドの魔法を持ってして消し飛ばすことも可能だ。


 だが、エルフレッドの目は既に先に控えるガルブレイオスへと向いている。


 摂氏一兆度と評される"獄炎"の前ではハリケーンをも上回るエルフレッドの風魔法を持ってしても掻き消すことは出来ないだろう。


 しかし、エルフレッドの考える風魔法の真髄は威力に非ず。


 元来の人族では不可能な荒唐無稽かつ縦横無尽な動きを補助出来て吹き上げれば斬り上げを叩きつければ振り下ろしの威力を上げることの出来る補助力と万能性ーー。


 それがエルフレッドの考える風魔法の真髄だ。


 幾らエルフレッドが化け物地味た剛腕を持っているとはいえ、その剛腕だけで3mを上回るケルベロスを弾き返す事が出来るはずがない。それを可能にして元来ソロの冒険者で倒せる筈が無い異常な魔物を倒していく。その事実にエルフレッドが気分を高揚させぬ訳がない。


「矮小な存在に弾き返される気分はどんな感じだ?ケルベロス‼︎」


 返ってくるは怒りの雄叫びだ。強靭な四肢を活かした体当たりは己よりも大きな魔物さえも轢き殺し叩き潰す威力を持っているだろう。だがーー。


「怒るものは何よりも御しやすい。見余ったな」


 物凄い速さで飛びかかったケルベロスはそのまま後方へと飛び去って行った。そして、もう襲い来ることはないだろう。エルフレッドの力を持ってすれば壁にぶつかったトラックのようにぺしゃんこにすることも出来ただろうが、そのようなことをして態々腕を痛める必要はない。


 寸分の狂いも無く水平に切り落したのは強靭な四肢。切り離されたロケットのような勢いで受け止めるものもなく地面に叩きつけられれば、どうなるかなど考えるまでもなかった。とんでもない物量が地面にぶち当たった轟音が鳴り響き残っていた四肢は炎となって消えていく。


「さて、本丸を拝みに行くか」


 エルフレッドは初級無魔法、空間開放の中から回復薬を取り出すと、それを飲みながら歩き始めるのだった。













○●○●













「ご機嫌よう、リュシカ。先程は妾の為に席を容易してくれたにも関わらず個人的理由で欠席してしまいました。許してほしいミャア」


 頭は下げないが明らかに申し訳無さそうな表情を浮かべるアーニャにリュシカは微笑んで見せた。


「ご機嫌麗しゅう存じますアーニャ=アマテラス=イングリッド殿下。殿下に置かれましては欠席の理由は既に存じ上げでおります。お気になさらぬよう頂ければ幸いです」


「まあ、リュシカ。妾に至らぬところがあったにも関わらず、その様な言葉を......。痛み入りますミャア」


「そんな私とアーニャ殿下との中では御座いませんか!そう悲痛な表情をなさらずにーー」


 豪勢を極めた移動用の馬車の中。パアァと表情を明らめたアーニャに花が咲くように満面の笑みを浮かべるリュシカ。それは見るものが居れば大層幸せな気分を味わえたことだろう。


 ただ一人存在を無視され憮然とした表情を浮かべるルーミャの方を見なければ、だがーー。


「大体なんで移動用の防音馬車でそんな王族王族しい会話なのよぉ。コホン!して、アーニャ。リュシカとばかり話に花を咲かせているようですが妾に何かを言うことはありませんか?」


「......チッ。真水からヘドロになった気分ニャア......。いえ、ルーミャ。妾から言うことは何もありませんよ?」


「へ、ヘドロ、舌打ちーー」と頬を引きつらせるルーミャにリュシカは「......アーニャ殿下」と諌めるような言葉を掛けるがーー。


「あら!リュシカから話しかけてくれるなんて妾は感激ですよ‼︎」


態々リュシカの方に全身を向けてニコーと笑い尻尾をブンブン振っている。至上の喜びを表すフリをして反対隣に座っているルーミャにバシバシと攻撃しているようだ......どうしたアーニャ?


 そもそもが変な話である。元々の席順は向かい合わせ下座にリュシカが座り上座に殿下二人が並ぶように配置されていたハズだ。それを「お喋りがしたい」と隣に座ったルーミャの存在を無視してアーニャが彼女を押しのけるようにして座った結果が今なのである。


「ワップ......ちょ、ちょっと‼︎ア...フワ......アーニャ......」


 尻尾でビンタされているルーミャが何やら声を挙げるが気にした素振りをさえ見せず満面の笑みを浮かべるアーニャにリュシカは思わず汗を垂らした。


「ちょ、ちょっとぉ⁉︎アーニャ‼︎何なのぉ‼︎何なのよぉ‼︎大体アンタね‼︎護衛に聞いたけどねぇ‼︎外で普通に素で喋ってたらしいじゃない‼︎さっきも言ったけどねぇ‼︎アンタ‼︎王族としての自覚がたりないんじゃあないのぉ‼︎」


 EQの高い人間は感情の整理が上手くあまり怒らないと言われてるが今回に関してはアーニャの方が上手のようだ。激高しているルーミャに対して彼女はリュシカに見えないように振り向くとニターと嫌らしい笑みを浮かべ、小馬鹿にするアホの子のような表情を浮かべながら音もなく舌を出してみせた。


 髪をボサボサにされた上に顔中毛だらけにされ両拳を握り締めながら顔を真っ赤にして怒っているルーミャを見ていると何かをしたアーニャを注意するべきなのだろうが、リュシカの方へと振り向いた彼女の顔は王女殿下らしく嫋やかな満面の笑みである。


 どうしたものかと困っている間にアーニャの一番上の尻尾がそれはもう素晴らしい角度でルーミャの頬を張り飛ばした。


 キャウンッ‼︎と殿下らしからぬ声を挙げたルーミャはドレスが捲りあげられるような形で上座に吹っ飛ばされていく。


「こ、こら!アーニャ‼︎やり過ぎだ‼︎もう止めないか‼︎普段冷静なお前らしくもない‼︎何があったと言うのだ⁉︎」


令嬢言葉も忘れて声を荒げるリュシカにアーニャは突然表情を一辺する。墓場から這い上がった悪霊を思わせる陰湿極まりない仄暗い笑みを浮かべると感情を感じさせない冷たい声で言った。


「リュシカ。私はねぇ、この勘違いした愛国差別主義者を見てるとねぇ、反吐が出そうになるミャア......」


「愛国差別主義者?」


「そうミャア。むかつく事は沢山あるけどニャア、今日だってねぇ、私がいつも通り猫族弁で喋っているとねぇ、コイツは"猫族弁なんて格下が使う言葉を使うなんてアマテラスの一族としての誇りが足りないんじゃないの?"とか言ってきてニャア......」


「......ルーミャ」


 上座に座り直し、ぶつけたのだろう後頭部を抑えていたルーミャはリュシカの声に非難の色が交じるや否や慌てた様子でまくしたてる。


「だ、だって!ウチらは神の系譜なんだよ!その誇りを失ったらウチらの一族はどうなるの⁉︎貴族だって家に誇りを持つものでしょ⁉︎」


「だから、その考えが浅ましいって言ってるニャ。言葉一つで誇りが失われる訳ないミャア。お前はそんなことも考えられないのニャア?大体、その程度で失われる誇りだったらーー「わかった。アーニャそこまでだ。それ以上は流石に弁護出来ん」


 リュシカの遮るような言葉に彼女は一瞬不満げな表情を浮かべたが「リュシカが言うなら仕方ないニャア」と溜息をついた。


「思うところがあるのは解ったが、それにしたってやり過ぎだ。そこはアーニャも反省してくれ」


「解ったミャア」


 そう不貞腐れた表情で告げるアーニャに対して溜息を漏らしたリュシカはルーミャへと振り返る。


「ルーミャ」


「......何よぉ」


「お前の考えは少々過激だし危険だ。学園では人格教育もあると聞く。何が過激で危険なのか一度しっかり学ぶ気でいてくれ」


「......解ったわ」


 言葉とは裏腹に納得していない様子のルーミャは顔についた毛を取りながら不服そうにしている。そんな様子を眺めながら、いつのまにか席を立っていたリュシカは腰を下ろした。険悪な雰囲気を出しながら一時も顔を合せてようとしない二人を見ながら、ただの街案内のつもりだったんだがな......とリュシカは大きな溜息を漏らすのだった。

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