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過去のエイガー姉妹は確かに仲が良かったが多少歪な部分を抱えていた。才知に溢れ実直かつ生真面目な姉イムリアは反面非常に高いプライドと融通の聞かない性格であった。イムジャンヌの事は可愛がっていたものの心の内には劣等感や多少の煩わしさがあった。
一方、妹のイムジャンヌは天真爛漫かつ純粋な性格で優しい姉を心から慕っていた。しかし、多少空気が読めないところがあった為に姉が煩わしさや劣等感を持っていることになんて一切気づいていなかった。ただ好きな姉と一緒にいることが幸せだからべったり引っ付いている。そんな子供である。
互いに違う道を選んでいたなら拗れることはなかっただろう。そして、師匠がもう少し配慮の出来る指導者だったならば何も起きなかったのだ。先の会話はこう続いていた。
「しかし、才能は妹と言っても加減を知らぬ子だから成長に遅れが出ているな」
「その点、イムリアは自身の限界を弁えていますし体躯にも恵まれています。総合力はイムリアですね」
「そうだな」
この話を聞いたからといってイムリアが納得したとは思えない。結局だが今よりマシなだけで拗れることは拗れたであろう。大体が聞かせるつもりがなかったのなら酒場でも行って確実に二人が居ないところで話すべきであるし、逆に聞かれても問題ないと思っていたのならば指導者としての素質を疑う。何故ならば生徒の事を才能以外理解していないからである。
元来、幼児期の指導に置いて最も大事なのは人を大切にすることだ。そして、家族を大切にするように教えることだ。仲が悪い家族ならば未だしも内に何を抱えていようとも仲が良い家族を引き裂くような方法は指導とは言えないのである。そもそもが子供の指導だ。成長過程でどんなことが起きるのかなど解らないのである。天才かと思えば早熟なだけかもしれない。成長しないと思えば大器晩成なのかもしれない。身体の成長が遅いならば促進できるように促さなければならない。
時には怪我をして全てが水の泡になるかもしれない。そういう時に支えるのは結局家族であり、苦しい時を支えてくれた家族だからこそ別のものにバイタリティーを見出せるかもしれないのだ。
何が言いたいのかと言えば、例え世界一の剣聖となれる才能を持っていたとして、それを伸ばす為に姉妹関係を破壊するような指導をすること自体が即物的かつ短絡的だと言わざるを得ないのである。
斯くして、ここに何の罪もない”加害者”の妹と劣等感を刺激されプライドをズタボロにされて暴力に走った”被害者”の姉が作りあげられた。その原因は紛れもなく短慮な大人だったことをここに明記せざるを得ない。
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全国大会の会場はアイゼンシュタット王城内に存在する騎士や軍人が利用する闘技施設に特設ステージを作ったものである。国の代表を決める大会とあってアードヤード王国内全土から人が集まる。当然、選手たちへと激励の言葉を掛けるのはリュードベック国王陛下並びクリスタニア王妃殿下だ。
当然エルフレッドは観客席よりその様子を眺めているーーと見せかけて今日は招待席に座っていた。アードヤードの全国大会ということでアードヤード国内の著名人が可能な限り集められており貴賓席とは別に今年活躍した人々が集められた結果、招待席となった訳だ。そもそも前日までそのことについて知らなかったエルフレッドは突然の母親からの連絡でそれを知って急遽正装での参加となった訳だ。
因みに他に座るのはメルトニアは当然の事、その婚約者となり研究所の設立に尽力したアルベルト。そして、オープニングアクト終了後のノノワールとエルフレッドの友人ばかりだ。貴賓席の顔触れもスカウトに関してはとある騎士を除いては彼の顔見知りである。
その騎士というのが現王妃近衛隊隊長[ルシエル=ハルフレア=クラドリッヒ]南方辺境伯令嬢である。平和なアードヤードに置いて最も危険とされるクレイランドとの国境付近を守るクラドリッヒ辺境伯の長女で生粋の戦士家系の騎士である。夫は近衛隊隊長で平民出身の[オライウス=クラドリッヒ]婿養子での結婚だ。因みにオライウスについてはキマイラの討伐の際に面識があり、本日も握手と二言三言の会話ぐらいはしている。
ルシエルはクリスタニア王妃殿下が王妃近衛隊隊長の時代から隊員として所属、先輩後輩としての間柄で非常に仲が良い。勿論、近衛の役割もあるが王妃の隣で微笑む姿が何度も見て取れた。イムジャンヌが騎士になる為にはこのルシエルの目に留まることが最重要である。
開会の言葉が終わってオープニングアクトの時間となった。まさかのイヴァンヌ役として登場したノノワールと三人の役者による殺陣が披露される。戦闘をメインとした全国大会を意識してのことだろうが本物の戦闘を生業とするものが多い中で殺陣を披露するという選択肢は中々に大胆な行動といえた。しかし、まあ、エルフレッドですらその動き自体は褒めていた程の完成度だ。
距離感などの間合いが測れない観客にとっては手に汗握る殺陣であった。演目は[ガリア平原の逃走]。小国同盟との交渉が破談に終わり、王族の代表として使者をしていた第三王子を暗殺部隊から守る為に一人で数名の暗殺者と戦い見事勝利を収め、第三王子を救ったというイヴァンヌの伝説からできた演目である。彼女の実力を考えれば、それ程凄い偉業じゃないように思えるが後にその伝説っぷりが明らかになった。
というのもイヴァンヌはその当時妊娠8週目に入った時だった。初の妊娠で気づいていなかったが酷い悪阻の中で暗殺者を討伐したという妊婦を元気付けるエピソードとして未だに根強い人気があるエピソードなのだ。その時にお腹の中にいた長男は歴史上でも名を馳せた大剣豪となるのだが母親のこのエピソードを大層気にいっており「何故そんなに強いのか?」という問いかけに対して「それは母親の腹の中にいた頃から実戦を学んでいたからさ」と答えていた記録が残っている。
さて、その表現は難しい。やり過ぎるとオープニングアクトとしては少し過激な物になってしまう。とはいえ全く気にせずにいるとわざわざこのエピソードを選んだ意味がない。颯爽と現れたノノワールはメイクだろうか非常に青白い顔で現れた。丹田の下辺りにいらない力を入れる事で少し違和感を出しているのが見て取れる。相手の剣に対しては非常に繊細な躱しを見せている。
そして、相手の臭いを嫌がり神経が高ぶっている様子を見せながら一人の剣を避けては暗殺者の一人の背中を袈裟斬りで倒した。設定が見えてきた。一人余程臭いが合わない相手がいるようで、その相手が近づいてくると過剰な程に距離を取ろうとする。堪え難い吐き気を催しているが無様な真似は見せられないと口と鼻を手で多いながら右手だけの回転斬りで、やはり相手の背中を捌いて振り返りざまに突きを放った。しかし、引き抜く際に足に踏ん張りが効かなかったのか、はたまた普段とは違うバランスの問題か、よろりと横倒れになって大きな隙を作ってしまう。
そして、問題の暗殺者が近づいてくると振り下ろしに対して剣の柄で地面を殴る様にして間一髪でそれを避けた。
その演技が正しいのかはエルフレッドには解らなかったが観客席に居た妊婦らしき女性が「アイツ絶対臭い。本当に近寄らないで欲しい」と苛立たしげに感情移入しているのを見て、どうやら合ってるらしいと苦笑した。遂には剣を鞘に入れ、杖代わりにしながら縋るような様に足を縺れさせ、口元を抑えて荒い息を吐き始めた頃にはクリスタニアとルシエルがコソコソとーー。
「ねえ、少しリアル過ぎない?まさか、経験者じゃないわよね?」
「いえ、先輩。アードヤード在学中と聞いてますしそう言った話はないハズですが......」
若干マジなトーンで心配し始めたのでネタバラシーーの様なタイミングで抜剣術で暗殺者を撃破。何事もなかったかの様に横並びになって頭を下げた。大歓声が響く中で何人かの女性がホッと安堵の息を吐いているのが印象的なオープニングアクトだった。




