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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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「メイカさん。忙しいのにすいません」


「良いのよ。聞いちゃった話だしね。それに剣の実力は確かだけど、あのままではイムリアも騎士になることは難しいかも知れないと思っていたのよ。特に王城に勤める騎士は高い精神性を求められる。家族の事とはいえ何かの拍子で同じような話をしてしまえば印象が悪くなってしまうわ。そんなことで学園が誇る稀代の天才を潰すのはOBとしても本望ではないもの」


 少し過去に思いを馳せるようにしながらメイカは表情を真剣な物へと変えた。そんな危惧を抱くくらいに酷い言われようだったのかと考えると更に心苦しくもあったが、それ以上にそんなことで姉の未来が閉ざされるかもしれないという話の方がイムジャンヌからすると辛く思えた。


「私も出来る限り頑張ります。私のせいでお姉ちゃんの足を引っ張りたくないから」


 グッと握り拳を作って粛々とながら内に秘めたるものを滾らせるイムジャンヌを見て、メイカは困惑したように苦笑した。


「......何でこんな健気な娘が憎く思えちゃったのかしら?家のクソ生意気な妹と交換したいくらいだわ」


 ステージに立っている時は絶対に言えないような言葉を呟いた後、スイッチが入ったのか「大体、妹は人のこと舐め過ぎなのよ。”お姉ちゃんにアイドル出来るなら私にも出来るね!”なんて出来る訳ないでしょって!こちとら下積み何年頑張ったと思ってるのよ!その癖、努力する訳でもなければ綺麗になりたいとか言って人の化粧品はパクるし、服買いたい時は猫撫で声でお小遣い強請るし、本当に同じ親に育てられたのかって話よ!全くーー」と苛立ち始めた。しかし、そうは言っても嫌いじゃない感じが伝わって来るのが面白い。


 イムジャンヌは少し困惑したが姉妹も色々何だなぁと思えば、少しおかしくなってきてクスリと笑った。


「あ、ごめんなさいね!私の妹の話なんてどうでも良かったわね!」


「いえ。なんか姉妹って色々何だって思ったら面白くなっちゃいました。笑ってすいません」


「良いのよ!寧ろ笑ってくれて良かったわ。イムジャンヌちゃん、ずっと暗い顔してたからーー根拠はないけど貴女ならきっとイムリアとの問題も解決出来るわ。だから、一緒に頑張りましょう」


 優しい顔で微笑むメイカにイムジャンヌは力強く頷いた。


「さてと、一段落したところで良かったらノノが来るまでお茶でも如何かしら?行ってくれるなら奢るし今ならケーキも一緒につけちゃうわ!」


「あ、その、良いんですか?」


「勿論よ!なんかノノが連れ回したくなる気持ちが解ったわ。イムジャンヌちゃんって一緒にいると凄く癒されるの。仕事に疲れてるお姉さんを助けるためだと思ってね?」


 イムジャンヌは初対面の人に奢って貰って良いのか判断に迷っていたが、どうやら本当に一緒にいたいという気持ちが伝わって来たので甘えることにした。悲しい話だが逆の感情を受け続けたので、そういった感情に敏感になっているのである。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」


「よ〜し決定ね♪近くにパンケーキが美味しいお店があるのよ!好きなトッピングを自分で頼めるからきっと気にいると思うわ!イムジャンヌちゃんはどんなトッピングが好きなの?」


「苺とホイップが好きです」


「ふぅ。イムジャンヌちゃん本当に期待を裏切らないわ〜!私の妹なんて、とりあえずお店の中で一番高いトッピングスペシャルとか訳の分からないことを言ってねーー」


 愚痴るメイカの話を聞いてイムジャンヌは小さく微笑んだ。少し悩み解決の糸口が見えて来て心が楽になったように思える。この機会を作ってくれたノノワールには素直に感謝したいと思うイムジャンヌだった。













○●○●













 全国大会の前日ーー聖イヴァンヌ騎士養成女学園では全国大会のメンバーはミーティング後に解散。明日に備えて各自英気を養っているところだった。そんな状況に置いてカフェテリアでティータイムを謳歌する女生徒が二人ーー。


「今日もイムリアお姉様は本当に凛々しくて美しいわぁ」


「それに親友であられる[ウルニカ]お姉様も慈愛に溢れた可憐な仕草に憧れますわ」


 口々に礼賛の言葉を零しながらウットリとした視線をくれる後輩達に囲まれているイムリアとウルニカは全国大会の出場者名簿を見ながら対策などを話し合っていた。


「それにしてもイムリア。最近のアードヤード王立学園は本当に厄介ね。ここ二年はガーストリア軍人学校を抑えて決勝まで上がって来ているし、今年に限っていえば黄金世代揃い踏みでしょう?」


 ガーストリア軍人学校はその名の通り軍部進学を目的とした高等学校で、三年も遡れば聖イヴァンヌと全国大会の決勝争いをしていた戦闘系特化の名門校の一つである。しかし、カーレスという黄金世代の中でも有数の存在が現れてからというものの三位決定戦に甘んじているのが現状だ。


 寧ろ総合力で一位のアードヤード王立学園が戦闘力特化の名門校をどんどん打ち崩していること自体が異常であり、本来ならば学校としても危機感を覚えなくてはならないことなのだが、その存在がカーレスだとすると仕方ないとなってしまうのが現状である。


「それにレーベン王太子殿下、ヤルギス公爵令嬢殿、そして、ライジングサンのアーニャ殿下か......龍殺しの英雄様が出場禁止になったことはせめてもの救いだが指導を買って出ていると聞くし、本気で世界大会を目指しているのだろうな」


「うん。そうね。それにセコンドを務めるアマリエ先生って、あの特務師団元隊長のアマリエ様なんでしょう?作戦もかなり本格的にやってきそうよね」


「中々厄介な話だな。他の面子もカーネルマック公爵子息殿は人の感情を読むと聞く。そして、セイントルーン公爵令嬢は先見の聖女と呼ばれる所以の能力が強力だと噂だ。更にはアマリエ先生の姪でもあるエイネンティア公爵令嬢は魔法戦闘部時代、全国大会ベスト八の実績。素晴らしい面子だな。とはいえーー」




「あの”出来損ない”が面子入りしている所を見ると案外大したことはないのかもしれんが」




 怖いくらいの嘲笑を浮かべるイムリアを宥めるように名前を呼んだウルニカに対して、彼女が止まる気配はない。


「あのような私を慕っているフリをしながら影で馬鹿にしているような愚かな奴でも選ばれるのだからな。才能さえあれば品性は問わないか」


 ウルニカはその話を聴きながら自身が親友だという彼女に対して申し訳ないという気持ちが浮かぶのだ。イムリアの話はどんどん酷くなっていってる。きっと真実は彼女の師匠とその一番弟子とやらが二人の才能を比べた話を隠れてしているのをイムリアが聞いてしまって妹に悪感情を抱いたというところだろう。


 少なくとも一年次はそういう経緯だったと聞いている。ウルニカが思うにその師匠達は発破を掛けようと一芝居打ったのだと思った。結果的に見ればイムリアはそれから尋常じゃない程に剣にのめり込み剣聖の再来と呼ばれる程の逸材になった。しかし、その代償に二人の間にあった姉妹愛を滅茶苦茶に破壊した。そして、それがイムリアの中で取り返しの付かないところまで来てしまった。


「まあ、アイツの話はどうでもいい。それよりもウルニカ。今日の夜は空いているか?」


 それに勘付いているにも関わらずウルニカはイムリアとの友情を壊したくがない為に彼女の言葉を否定出来ないでいる。そんな自分が親友足りえる訳がないのだ。


「ええ、勿論よ」


「そうか!本当に嬉しいよ!ウルニカとは、イヴァンヌ様にとってミュゼカ様のような間柄だと思っているからな!」


 花咲く笑顔を見せる彼女に優しく微笑みながらウルニカは心の中で思うのだ。


 もし、本当にそうなるならばアイゼンシュタット防衛戦のミュゼカの如く叩いてでも目を覚まさせないといけないのだろう。何故ならイムリアの話は憶測ばかりだ。妹であるイムジャンヌに直接何かを言われた訳ではない。師匠と弟子の会話ーーー。


「剣の才能はどちらも素晴らしいが、より才能があるのは妹だな」


「ですね。姉の後ろをついていますがより理解している感じですからね」


 物陰で一休みをしていたイムリアがたまたまその話を聞いて酷くプライドを傷つけられて飛び出した。その感情が「妹は私の真似をしているフリをしながら見下している」という感情に切り替わってしまった。そして、それを止める人間がおらず、長い年月を持って話に尾鰭背鰭がついてしまったのだ。


「私もそうありたいわ」


 そう言って微笑みながら私にはその資格がないのだけど、とウルニカの心は感傷に埋め尽くされるのだった。

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