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メイリア、クラリスの来訪から皇城の様子は徐々に変わっていった。慈愛で包み込むメイリアと時に厳しくもあるクラリスが役割を分担しながらコルニトワを支えたことが良い働きとなった。身の回りの世話や話し相手をメイリアが他国の者でも扱える正妃業務や子供達の世話はクラリスが見るようにしていた。それを偶に二人の親族が訪れてフォローする。エルフレッドやリュシカもそれを手伝った。
そして、予定していた長期滞在最終日ーー。
アズラエルより謁見の間に呼ばれたエルフレッドは頭を下げるのを制止され「そのままで。恩人に頭を下げさせるのは忍びない」と逆に頭を下げられた。
「エルフレッド殿。私は感謝している。巨龍討伐の件は当然のことだが親族ではないのに関わらず我が家族を癒すことに尽力してくれた。そして、我が娘、クリシュナの願いを叶えてくれた。どの件をとっても感謝しきれない。ありがとう」
「私は出来ることをさせて頂いただけでございます。頭を上げてください陛下。微力ながら力になれたならば私は幸いで御座います」
「微力などあろうハズがない。残された子供達の笑顔を取り戻せたのは、そなたやヤルギスの姫の力があってこそだろう。そして、我が国最大の脅威も取り除かれた。最大限の報酬で答え、その労に必ずや報いろう。我々クレイランドの一族はそなたへの恩を一生涯忘れぬとここに誓う」
「......勿体無いお言葉です。陛下」
その後、具体的な報酬の話などを受けてエルフレッドはリュシカと待ち合わせている正門へと向かった。セダン車の後部座席に並んで座り、運転席と仕切られている車の中で気兼ねなく話すことが出来るような配慮に感謝しつつ他愛もない話をしていた。
「母上やクラリス叔母様は流石だった。私やアーテルディア様では共にいることが精一杯だったのに精神的な回復の目処が見えるまでにコルニトワ叔母様の状態を良くしていた。本当に尊敬する」
「そうだな。二人とも素晴らしい動きをされていたと思う。無論、俺はリュシカやアーテルディア様の働きがあってこそ山を越えたと思っているがな」
「......そう褒めるな。恥ずかしくなろう?それに力不足を感じているのだ」
「そうか?立場の違いなどもあるだろう?そう自分を責めるな。力不足と言えば俺こそ正に力不足だった。だが、出来ることは最大限やったと思っているからな」
「考え方一つと言うことか。ーーなあ、エルフレッド」
「どうした?」
「やはり、巨龍討伐は止められないか?」
「......無理だろうな。俺も思うところはあったが結局それが俺の存在意義だ。そして、もう俺だけの問題じゃなくなっているのだ。すまんな?」
「いや、そうだろうな。私こそ変なことを言って済まなかった」
リュシカはとても悩ましげな表情だったがエルフレッドもまた同じように悩んでいた。残り三体の巨龍ーー自身でも倒すことの意味が掴めなくなってきていたのだ。クレイランドでの悲劇を見て、家族や友人にあのような悲しみを負わせる必要が何処に有るのだろうかと、そこまでして自分は本当にこの討伐を続けたいのかと今までは感じた事のない疑問が頭を擡げているのである。
(しかし、かの巨龍を倒さなくてはならない道筋は既に出来上がっている。今更悩んでも何も変えることは出来ないのだ)
同じような悲劇を生み出す巨龍だからこそ、世界に住む全ての住人が討伐を望んでいて、それを出来る実力をエルフレッドは有している。暴風の巨龍はライジング・サンで常闇の巨龍は小国列島でそれぞれ猛威を振るっているのである。
(アルドゼイレンはどうするべきなのだろうか?)
何れは戦うべきものだとアルドゼイレンは言っていた。しかし、かの巨龍が言うような被害は一切出ていない。寧ろ聖国内では非常に良好な関係を築いているという。どちらにせよ、今の心持ちでは戦うことは出来ないだろう。暴風の巨龍か天空の巨龍かーーその答えは既に決まっていた。
(......暴風の巨龍からだな)
人々に猛威を振るっている巨龍を倒す。その位の大義名分がなければ今は戦う気にもなれない。自身の心の変わりようにエルフレッドは苦笑せざるを得なかった。
○●○●
ルーミャは最近のアーニャの様子を心配していた。母親であるシラユキから呼ばれてからというものの彼女はとても思い詰めた表情を見せるようになった。きっとエルフレッドとの婚約関連で何かを言われているのだろう。悩むような素ぶりさえある。とはいえ、いくら母親が女王として対応しようとも娘の嫌がることを無理に遂行するとは思えないがーー、彼女の中に何か断り切れない理由でもあるのだろうか?
「アーニャ♪もうちょっとで学園始まるっていうのにそんな顔してたら皆心配しちゃうよぉ?」
「あ、ルーミャ。妾はそんな顔をしていたかニャア......」
表情もあるが尻尾と耳が終始垂れているので気持ちが暗いのは丸分かりだ。
「まあねぇ。それにしてもお母様ったら、そんなにしつこいの?リュシカとエルフレッドの仲を引き裂くなんて見れば無理って解りそうなものだしぃ?何れは諦めざるを得ないと思うんだけどぉ?」
「そうだろうミャア。だけど、お母様は私に付け入る隙があると見ているミャ。そして、それは間違いとも言えないニャア」
「えっ?間違いとも言えない?どゆうこと?付け入る隙があるってこと?」
アーニャが神妙な顔で頷くとルーミャはあからさまに困惑した表情を見せた。彼女の言う付け入る隙に対する心当たりが一切解らなかったからである。そんな彼女の様子にアーニャは優しく微笑んだ。
「妾も上手くやってたつもりだったミャア。それに元からどうしようもない部分もあるから解らなくて当然ミャ。まず、お母様の中で次期女王はルーミャに決まっているところが挙げられるミャ。最悪エルフレッド殿との婚約で国から出ることが条件になった際に妾の方が都合が良いのニャア」
「そっかぁ......ねぇ?前から思ってたんだけどぉ......その女王は私で決定みたいな流れってなんなの?皆がそう言うから私もそういう風に振る舞ってるけどさぁ。ウチらだけの話、私よりもアーニャの方が能力高いしぃ?絶対私って風には思えないのだけど......」
ルーミャは首を傾げながら訊ねるとアーニャは真剣な表情を浮かべてーー。
「いや、そこはもう間違いないミャ。そもそも能力とかはあまり重要じゃないミャア。比べれば私の方が高い部分があっても必要なものは全てクリアしてるからニャア。もっと根本的な部分の話ミャ」
「根本的?」
ルーミャが理解出来ないと反対側に首を傾げているとアーニャは少し悲しげな表情で笑った。
「そうミャ。簡単な話ニャア。私は三歳の時からずっと人が怖い臆病者ミャ。人を恐れる者は王に相応しくないミャア」
「アーニャ......」
頭が良いというのは何も良いことばかりではない。人の浅ましい本質的な部分を小さな時から理解出来る。それは何も知らない子供にとっては辛いことなのだ。
「ルーミャに何かあった時の為にシステマをするなどして精神を鍛えたり私なりに努力はしてみたミャア。それで堂々と振る舞えるようにはなったけどミャ。笑顔で会いに来る大人達が祝いのおもちゃを渡しながらどちらが王になったら自分達にとって都合が良いのか、傀儡には出来ないのか、そんなことを考えているって知ったら人間なんて早々信用出来ないニャア。それにお母様のことは愛しているけどミャア。得体が知れず、考えてる事が解らなくて怖いと思っている部分もあるミャア」
「......」
アーニャは少し表情を和らげると「それに学園に入ってからのルーミャなら私も安心して女王に推薦出来ると思ってるミャア。アマリエ先生や仲間の達のお陰だミャア」と嬉しそうに笑う。ルーミャは少し気恥ずかしくなって「お母様は前の考え方の方が好きみたいだったけどねぇ」と視線を逸らしながら呟くとアーニャは「お母様は良くも悪くも神様の面が強いからミャア」と苦笑した。
「ルーミャの言葉は人を動かすミャ。正しく使われればこれ以上はないミャア。それがルーミャが王に相応しい部分でもあるミャア。まあ、話が逸れてきたけども隙はそれだけじゃないミャア。個人感情を抜きにした時、この政略結婚が齎す価値があまりにも大きいニャア。アードヤード王国との友好関係の強化もあるけどミャ。単純に親族としてエルフレッド殿の力を利用出来るというのは莫大な財産ミャア。巨龍を討伐出来る程の戦闘力を個人で所有する者は後にも先にもエルフレッド殿だけだろうからミャ」
「それはそうだけど......でも、それだけの為にアーニャを生贄にするみたいなことって有り得なくない?あくまでも個人感情を抜きにしたとするならじゃん?それでアーニャが幸せにならないんだったらお母様だって考え直すとーー「ルーミャ。そこが今回一番やられた隙ミャ」
アーニャは真剣な表情で彼女の言葉を遮った。より理解が出来なくなってちんぷんかんぷんな状態に陥ったルーミャは独り言とハテナを繰り返した後ーー。
「ん?やられたって個人感情が伴わないとーーって、え⁉︎アーニャ⁉︎まさかーー」
「......好きとはまではいかないけど一番気になってる異性はエルフレッド殿ミャ」
自嘲するような表情を浮かべながらアーニャは苦笑するのだった。




