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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(上)
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 悲しみにくれるクレイランド帝国ーー。皇帝一家の焦燥的で執着に溢れた愛情の所以とクリシュナの恋慕に触れたエルフレッドの心は多くの物事に関して考えを改めなくてはならないのではないかという思いに囚われるようになった。そして、巨龍討伐自体は出来たものの納得出来る状態で無かったことが更にその思いを強めた。次の巨龍討伐は半年以上先であることもあって自身の在り方について考えを巡らせることにした彼は自身の任務である護衛をこなしながら、少しづつでも前に進もうと思考を強めるのであった。

 クリシュナの死から既に一週間の時が経っていたが人々が立ち直るには時間が足りな過ぎた。表面上、皇帝としてあるべき姿を見せているアズラエルは夜になると執務室に篭って一人涙を零している。コルニトワはとてもじゃないが隠せる状態ではない為にリュシカとアーテルディアが付きっ切りとなって少しでも心が休まるように努めている。ロクシャーナはこの一週間自室に篭っており碌に姿を見せていない。ユリウスは悲しみに心が荒んでしまい事ある毎に周りに当たり散らしていた。


 そんな中でエルフレッドは護衛の時以外は書庫に篭って自身の中にある考えを見つめ直すために読書に耽り思考するのだった。結果的には変わらない考えも多かったが例えばリュシカのトラウマの件などはもっと深く考えるべきだと思うようになった。解らないと投げ出してた部分があった中で少し思い当たる節が出てきたからだ。それは生徒会の面々が最初に気づいた自身を自身で回復させたのではないか、という疑惑である。


 巨龍退治の心持ちが変わったことを思考するためにミッドオルズとの戦いを思い返している間に繋がったのだ。回復魔法は減ったものは治せない。そこに彼女の救出時の状態であった貧血が噛み合ってエルフレッドも漸く気付くに至った。そして、何かの痛みと戦っているというヒントを知っているエルフレッドはそこについてもっと深く考えてみれば彼女の苦しみの正体が解るのではないかと思ったのだ。


 一人の少女が自身の事を好きと言って居なくなった。そのことがエルフレッドに一つの焦燥感を与えた。それは自身が答えを出す前に好意を持った人物が自身の前から居なくなっているという焦燥である。フェルミナ然りクリシュナ然りだ。無論答えを聞かれれば断っていただろう。しかし、それはちゃんと向き合った上ではない。断るにしろ受け入れるにしろ自身の中で答えを出して行動に移す段階まで持っていくべきである。


 フェルミナの時点でもっとちゃんと向き合うという答えは出ていたが、それに伴う行動がまだ足りてないことに改めて気付かされた。彼女の抱える痛みとは何だ?向き合うとは具体的にどうすれば良い?受け入れることが向き合うことなのか?はたまた今の気持ちのままで拒絶することがーー。


「クソッ‼︎何が完璧だ‼︎才能だ‼︎頭の悪い只の凡夫では無いか‼︎」


 エルフレッドは己の不甲斐なさに声を荒げた。いくら考えても良い案もリュシカのトラウマも解らない。深く入り込めても瞬発的な思考は出来ない。そして深く入り込めば入り込むほどに思考の渦に巻き込まれて頭が混乱していく。先が見えないトンネルーーもしくは底無し泥沼のような思考がただただ彼の頭を埋め尽くしていた。それが不快で苛立たしく無力だ。




『ピロンッ‼︎』




「......リュシカか......」


 エルフレッドがメッセージの通知音に携帯端末を眺めればリュシカから連絡であった。少し長い文が送られてきていたが要約するとクレイランドでの今後の事を話したいから何処かで会えないか?という内容である。それに『大丈夫だが、何処で会おうか?皇城内は流石に不味いのではないか?』と送ると少し時間が経った頃に『外に遮音魔法を掛けてプライベートを守ってくれるカフェがあるらしいからそこにしよう』と返信と共に住所が送られてきた。


 エルフレッドは『わかった。今書庫に居るから正門の辺りで合流しよう』と送って席を立った。書庫から出る途中ーー沢山の本が並ぶ本棚の中で絵本だけが並ぶ本棚が目に入った。クリシュナが持って来てくれた兎が主人公の本が目に入ると胸の辺りが熱くなって瞳が強く潤んでくる。今から会う予定のリュシカを心配させる訳にはいかないので彼は絵本から目を離すと深呼吸と共に精神を落ち着かせて書庫を出た。悲しみが胸を支配したが表面上はどうにかなりそうだった。


 正門に向かう途中、すっかり荒れ果てたユリウスとすれ違う。いつものように頭を下げて通り過ぎるのを待っていると彼は立ち止まりーー。


「お前はゆったり構えることが出来て羨ましいな」


 それだけ言うと彼は足早に去って行った。エルフレッドは彼らの事情が解ってしまったためにそれに返す言葉が浮かばなかった。自身と彼らでは事情が違う。しかし、それだけが正しいわけでもない。今となればエルフレッドの胸にも焦燥感は強く根付いているのである。


 急いては事を仕損じる。という言葉がある。偉大なる哲学者フランシス・ベーコンは人生は道路のようなものだ。一番の近道はたいてい一番悪い道だ。と哲学的に語っている。エルフレッドの思想もそれに近いものであるから焦りとは無縁の生活をしていた。タイムリミットがあるとはいえ、まだまだ先の見えない巨龍退治くらいしか今までは焦る可能性がなかったのも関係しているだろう。


 だが、転ぶ方向が違えば自分に振りかかる可能性を垣間見たのである。家族が急に居なくなる、自身が答えを出す前に消えていく。そんな今まで零ではないとは解っていたが早々起こるものでもないと思っていたことが現実に起きてしまった姿を見たのだ。それがエルフレッドの思考を混沌としたものに変えてしまった。自身の根底が間違っていたのではないかとーー。


 エルフレッドは暫し動きを止めていたが正門の約束を思い出したかのように歩き始めた。今は一人で考えても良い考えなど浮かぶハズがない。無論、リュシカと会ったとて何かが変わる訳では無いのかもしれない。しかし、一人でいるよりは遥かに良いような気がした。


(一度思考を止めよう。流石に精神にきている)


 頭が泥沼の様に重く、ともすれば寝てしまいそうな感覚さえ感じているエルフレッドは溜息を吐いた。大人びていようが経験値が高かろうが自身はまだ未熟な十六歳の少年であるということを今一度認識したエルフレッドだった。













○●○●













 リュシカと顔を合わせたのは数日振りだったが随分精神を磨耗してしまったようだ。顔色が悪く、睡眠不足の隈も出来ている。元々体調に波がある状況にも関わらず、塞ぎ混んだコルニトワと一緒に過ごしている事が負担にならないハズがない。


「......大丈夫なのか?」


 エルフレッド自身もさして大丈夫な状態ではなかったが彼女に比べれば幾分かマシな状態である。彼の言葉にリュシカは力なく微笑んでーー。


「私はまだマシな方だ。コルニトワ叔母様などはすっかり病んでしまわれている。あそこまで酷いと聖魔法も掛けられん。少しの元気が出たことで逆に思い立って命を捨てかねない。ただ、私もそろそろどうにかしないと不味そうだとアーテルディア様が気を使ってくれたのだ」


 ポツリポツリと話すその姿はとてもマシだとは思えなかったが逆に言えばもっと酷いことになっている人物しか彼女の周りには居なかったのだろう。そして、それはある意味当然のことだ。自身の末の娘が先に逝ってしまったのだ。その現実に直面して正気でいられるハズもない。


「そうか......部屋で休んだ方が良さそうに見えるが......俺と同じで一人では居られない状況なのだろう」


「......エルフレッドもか?いや、愚問だな。そなたもある意味で当事者の一人だったわけだからな......」


 リュシカがフラリと身を寄せてきた。エルフレッドに肩を抱かせるように彼の胸の辺りに頭を寄せる。反対の手で右の手を掴み彼女は震えていた。今のエルフレッドはその行動を咎める気にはなれなかった。自身もそれにポッカリと空いた胸の内が少し暖まる感覚を覚えていたからだ。彼女がポツリ、ポツリと涙を流しながら「寒いのだ。心が、体が、酷く冷えて......寒いよ。エルフレッド」と呟いて、その心を表すかのように冷えてしまった体を暖かくして欲しいと距離を詰めて来るのだ。


「......行こう。リュシカ。俺はもう少し頑張れそうだからーー」


 頷いた後に遂には顔を両手で覆って啜り泣き始めた彼女を連れてエルフレッドは歩き始めた。空は曇り空ーー雨の匂いが漂ってきている。せめてカフェに着くまでは空には泣き出さずにいて欲しいとそれだけを願うエルフレッドだった。

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