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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(下)
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第三章(下)エピローグ

 エルフレッドが目を覚ましたのは夜だった。自身の上で小さな山を作っている砂を落として冷え始めた体に空間魔法から取り出した上着を羽織る。それでも寒い。頭も回らない。悪寒を感じて風邪でも引いてるのかもしれないと考えた。エリクサーを飲んでいることから余程悪くなければ全てが元通りのハズだがーー回復した後に体を冷やしたのかも知れない。


 前後逆になったが全身に清めの風をかけて汚れを落とし魔石を拾う。骸と化したミッドオルズを少し離れた所に魔法で移動してヒーターを着けると焚き火を炊いた。ステンレスカップでお湯を沸かし、陶器のコップに耐熱手袋をつけた手でお湯を移してコーヒーを沸かす。


 それを口にして芯から身体を温めていると少しばかり頭が回ってきた。今は何時なのだろうか?あまりに遅い時間ならば今日はテントで眠って明日に転移で帰った方が良いだろう。しかし、まだ夜も深くないのであれば自身の体調も考えて転移で帰った方が良いだろう。空間魔法に締まってある携帯端末を取り出すと時刻は二十時十三分ーー日付さえも代わっていないので帰るのには全く問題ない時間だ。


「ん?」


 通知が酷い事になっている。不在着信二十件、アプリ通知十五件。エルフレッドの携帯端末の通知でこんな数が着ていたことは一回も無い。着信歴を開くと全てリュシカである。エルフレッドは少し血の気が引いた。一応、巨龍討伐に出る旨は伝えていたが、その間に何かに巻き込まれたのかも知れなかった。大慌てで通知の着ているメッセージアプリを開いた彼は全身を硬直させた。




「......どういうことだ......」




 その通知の内容にエルフレッドは体調不良など一切吹き飛んでしまった。焚き火を消してヒーターを消して空間の中に仕舞い込みコーヒーを捨てて、ステンレスカップと陶器のコップをも空間の中に投げると正装に着替えてーー最速の印で皇城へと転移する。


 彼の頭に引っ付いていた白い翼だけがそこに残され飛んでいった。携帯端末に書いてあった内容を簡潔に告げるならば、ただ一文のみで済むことだ。












 今日の夕方、クリシュナが亡くなった。













 皇城付近に転移をしたエルフレッドは走りながら頭が混乱していた。昨日、彼女に会った時は非常に元気だったではないか?そして、不可解な点はそれだけではない。メッセージアプリの内容を読み返せば読み返す程に不可解な点は深まっていくのである。


 リュシカ曰く彼女は半年の間、昏睡状態だった。脳に腫瘍が出来て甚大なダメージを受けていた為にほぼ脳死の状態だったのだ。悪性腫瘍などはあくまでも細胞変異の一種である為にエリクサーでも治すことは出来ない。


 そして、小さな子供の癌の進行は早い。


 遂には亡くなってしまったのだが、元々体が弱くリュシカともほぼ面識がなかったようで知らない少女の喪に出て貰うのは忍びないが弔ってあげて欲しいと言うのだ。


(では、俺が会っていた少女は誰だったのだ?)


 考えてみれば不思議な点はあった。彼女はいつも自身が書庫に居ると必ず決まって書庫にいた。そして、彼女は抱きついたり膝の上に座ったり果ては頬にキスをしたりした。しかし、そのことを誰も何も言わない。そして、自身も彼女と会っている時はしっかりと認識しているのに何かを切っ掛けにそのことが緩慢になってーー。




「......携帯端末のアラーム」




 そうだ。いつも携帯端末のアラームを聞いたら何故かそのことを不思議に思わない程度に記憶が緩慢になっていたのだ。そして、最後にキスをされた日はその事があまりにも問題であると判断して移動した為にアラームが”鳴る前に消していた”。今思えば、それさえも何らかの力が働いていたのかも知れない。まずは亡なった人物が本人であるかを確認する必要がある。


 思考が漸く纏まり始めた頃、人々の啜り泣く声がーー親族と思われる方々の悲痛な叫びが耳に届き始める。喪服は用意してなかったが冒険者の服よりは遥かに良いだろう。近付く程に頭が何かを思い出していく。白い翼ーー紫髪の少女ーー辛くないーー幸せーー夢ーー伝える。


 棺桶に殺到する親族の方々の後ろから覗き込んだエルフレッドはその姿に呆然と呟いていた。




「クリシュナさ、ま」




 間違いなく彼女だ。書庫で何度も何度も姿を見た。恋の在り方を教えてくれた元気で可憐な少女だ。頭が混乱する中で涙を零す皇子殿下と皇女殿下が不思議な顔をして、感情の伺えぬアズラエル皇帝陛下とコルニトワ正妃殿下は目を丸くした。


「その、変なことを聞くが君は娘と会ったことがあるのか?この娘も最後に”エルフレッドと神様にありがとうって伝えて”とーー」


 エルフレッドは右目の辺りを掌で覆った。涙が溢れてきた。確かに短い付き合いで大した付き合いがあった訳ではない。しかし、彼女が純粋に向けてきた恋心と可憐な笑顔は少なくとも彼の心に何かを置いていったのだ。


「すいません。変な話になりますが、いえ、信じられない話かも知れませんがーー私は確かにここに来てからクリシュナ様と話したのです。書庫に行く度に、そして、巨龍討伐を終えた後にーー」


「......娘はなんと......言ってましたか......ユーネリウス様......」


 堪え切れずに涙を流しているコルニトワにエルフレッドは目頭を抑えてーー。


「苦しみから解放されて......本当に幸せだと......それを家族に伝えて欲しいと......」


「......クリシュナ‼︎クリシュナ‼︎ーー」


 何度も名前を呼ぶコルニトワの姿にいつのまにか駆け寄って来ていたリュシカとアーテルディアが彼女を抱きしめて涙を流している。


「そうか。娘は......幸せと言っていたのか.......そうか.......そうか」


 アズラエル陛下は粛々と涙を流しながら言葉にならない「そうか」を繰り返している。


「何故だ!何故!お前なのだ!家族ではなくお前に言った理由は何だ!言え!言えよ!ーー「ユリウス!やめなさい!エルフレッド様が悪いわけではないわ!」


 泣きながら掴み掛かってくるユリウスにロクシャーナが気丈に耐えながら声を上げて彼をエルフレッドから引き離そうとしている。エルフレッドは何と言ったら良いのか返答に困っていたが夢の中で彼女が言っていた言葉を振り返ってーー。


「......クリシュナ様は私が夢を叶えてくれたと言っておりました......」


 その言葉を聞いた瞬間ユリウスは呆然とその手を離した。その後でロクシャーナは両手で口元を抑えていたが大粒の涙を零した後に棺桶に眠る妹に慈愛の溢れる表情で微笑んでーー。


「......そっか......クリシュナは王子様に会えたんだね......お姫様になれたんだね......良かったね......本当に良かったね......」


 そして、彼女はクリシュナの頭を撫でると崩れ落ちるように棺桶に伏して大声で泣いた。その光景に気づけばエルフレッドは天を見上げていた。何故自分が選ばれたのかは解らなかった。しかし、彼女が伝えて欲しいと言ったことは全て伝えた。役目は果たしたとそれだけは言える。


 多くの者が嘆き悲しむ中ーー出棺の時が訪れる。引き摺られるように棺桶に縋り付いている親族の方々があまりにも辛くエルフレッドは目を覆った。そうしているとクリシュナの笑顔が浮かんでくるようで彼もまた胸が苦しくなって声が溢れんばかりの涙を溢すのだった。

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