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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(下)
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 狐の双子姫は母親であるシラユキから謁見の間に呼び出されたことに疑問を感じながらも歩を進めていた。公務に関わる大事な話故にということだが、ここまで仰々しいことは初めてだった。沢山の可能性が頭を渦巻くアーニャですら母親の考えを掴み兼ねている。いや、実は可能性を感じている話はあるのだが、そうなると候補が誰かという問題が出てくるのだ。


 そう可能性の高い話とは二人の婚約話だった。


 昨今のライジングサンでの男性に関する人材不足は全く解決されていない。元来アマテラスの王女は五人の聖女の息子と婚姻を結ぶことが多いのだが、その中に候補者が見えてこないのだ。他国に広げれば一人や二人の候補が見つかるが、そうなると何方か一人は溢れる状態である。


「ねぇねぇ。アーニャ?お母様の話って何だと思う?」


 全く予想出来ていないのだろうルーミャにアーニャはポンポンと人差し指で頭を叩いてーー。


「話の可能性が九十%を越えているのは私達の縁談の話ミャ。でも候補が全く思いつかないニャア。国内の可能性が薄い故に他国も出てくるとなるとレーベン王太子殿下が五十%前後で考えられる程度だけど、そうなるとルーミャは外れるミャア......」


「えっ?マジ?遂に来ちゃったかぁ......学園にいる間には決まるだろうと思ってたけど仕方ないねぇ〜」


 苦笑しながら頭の上で腕を組んだルーミャの仕方ないに頷きながら、しかし、相手は誰なのだろうと頭を悩ませる。王族、公爵と頭を巡らせて最も高い可能性はやはりレーベン王太子殿下なのである。


「考えても全然駄目ニャア。全く候補が解らないミャア。こればっかりはお母様の話を聞いてみないとニャア......」


 厚畳の上だが簾は上がっている。二人が正座して頭を下げていると御所車の柄が入った黒留袖の正装に身を包んだシラユキが用意された脇息に凭れかかって扇子を取り出した。


「面を上げよ。最上の正装を纏う故に緊張もあるかも知れんが話自体は母娘のものじゃ。故に思う事があれば意見を述べるが良い」


「はい。早速ではありますがお母様が妾達を呼び出した理由は何なのでしょうか?」


「ふむ。早速本題かのぅ?ルーミャはコガラシに似てせっかちな娘じゃなぁ。まあ多少拗れる可能性もある故に本日は都合が良いがーー」


 妖しく微笑んだシラユキが扇子で口を隠しながら目を細めた。アーニャはそれが母の策であることを見抜いているために無言を貫いている。ルーミャも短気な面は有りながらも、それは理解しているので主導権を取られないように堪えていた。


「拗れる可能性で御座いますか?」


 アーニャも感じていた違和感に早速突っ込んだルーミャにシラユキはコロコロと笑いながらーー。


「おお、そうじゃ。そなた達は半神ながら人に寄り添い近しい故に冷静な判断が出来なくなるやもしれん。国を思えば正しきことも、そなた達にとっては酷な話になることもあろう。妾は常に正しきを選ぶが広域で正しいことが全てにおいて正しいとも限らんからのぅ。ーーさて、戯言はここまでじゃ。そなた達に話とは縁談のことじゃ。年頃故に覚悟は出来ておろうが如何か?」


「やはり、その話で御座いましたかミャ。お母様。既に覚悟は出来ておりますが恐れながら相手に心当たりが見当たらないのですミャア......」


「ほっほっほっ。左様か?アーニャでも解らぬか?しかし、それも致し方あるまい。今年は例年とは多少趣きを変えておる。偏にそなた達と国の双方にとって良い者という条件だけで選んでおってな。その他の些細なことは棄て置いたのじゃ。なれば候補も見付かろうて」


 アーニャはとても嫌な予感がしていた。自分達と国にとってだけ良いと考えた時、そこに必要な物は相性と実力。家格もそれなりにはあった方が良いが態々最上から選ぶ必要が無いのである。顔を青ざめさせたアーニャが俯き加減で震え始めたのを見てルーミャが心配そうな表情で名前を呼んだ。


 それを遮るように「アーニャは気付いたようじゃな」とシラユキは人を謀る狐らしい悪戯に満ちた楽しげな笑みを浮かべてーー。













「やはり、半神には最上の男が相応しかろう?そなた達のどちらかーーエルフレッドとやらは如何か?」













「エルフレッド⁉︎ちょ、ちょっと!お母様!それ本気で言ってるの⁉︎」


 丁寧な口調も忘れて立ち上がったルーミャにシラユキは「正装を着て冗談を言うことがあろうか?」と薄く笑う。その小馬鹿にしたような態度にルーミャは頭にきたと片足を畳に叩き付けた。


「戯言も大概にしてよぉ!エルフレッドはリュシカと懇意にしているのよぉ!リュシカは幼馴染!それを掠め取るなんてありえないじゃん!それにフェルミナのこともあるでしょ!」


「それこそ心配無用じゃ、ルーミャ。フェルミナはもう諦めた故に教えてくれたが聞けばそなたの言う懇意はリュシカ姫の片恋慕じゃろう?仲が良ければ愛という訳でもない。そして、この協力で解る通りフェルミナは愛より国の為を思う臣下の道を選んだのじゃ。お主ももっと冷静になってじゃなぁーー「ありえないから‼︎妾は絶対にエルフレッドを番にしない‼︎リュシカを裏切らない‼︎この話は終わり‼︎気に入らなかったら罰するでも何でもすれば良いよぉ‼︎お母様の分からず屋ぁ‼︎」


 鼻息を荒くしながら謁見の間を飛び出して行ったルーミャにシラユキは溜息を吐いてーー。


「妾にあのように逆らうとは王の器故か。自身の正義に反することは国の為になろうとも突き返すは無知故よ。ーーまあ良い。あの娘のあれは想定済みよ。百も生きてれば良い男に逢えようて。ーーして、アーニャよ?」


「お、お母様。妾とリュシカはルーミャのそれ以上に仲を築いているのですミャア。今回の話は流石に妾とてーー」


 厚畳から下りて来たシラユキはゆっくりとアーニャを抱き締めると耳元で囁くように告げた。


「そなたも辛かろう?好いた男が友と同じであればのぅ?」


「⁉︎ーーお母様⁉︎それはーー」


 アーニャはその気持ちを上手く隠してきたつもりだった。それに好きというには大袈裟な気持ちである。従妹を助け、親友の心を和やかにして、自分の利にもならない人助けに奮闘する様が好ましく思えただけだ。親友の心の傷は深い。そして、自身はその理由をほぼ正確に理解している。それが自身の動き一つで精神を粉々に破壊してしまう可能性も既に見えていた。


「なあ、アーニャ。今日はそなたも驚きがある故に冷静ではなかろう?お母さんとて答えを急いでいる訳ではないのじゃ。納得も出来ぬことを承諾出来ようハズもなかろう?今日は心の内に収めて、また後日ゆっくり話そうではないか?」


「お、お母様......」


 母が痺れる程に甘い声で告げる言葉にアーニャは全てを理解した。母親の狙いは初めから自分だったのだと。そして、彼女のビジョンの中に今回の件を諦める気持ちが一切ないということにーー。


 優しい手付きでぽん......ぽん......と打たれる背中がアーニャには破滅への足音のように聞こえていた。全てが優しいハズなのに彼女の心は芯からの恐怖に硬直してガクガクと震えている。


 そんなアーニャから見えぬシラユキの顔は”此処からが九尾の力の見せ所”だと言わんばかりに恐ろしくも愉悦に満ちた表情に染まっていた。

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