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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(下)
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 朝から書庫に向かい最終的な情報の精査をしながら巨龍討伐に向かうスケジュールを立てていたエルフレッドは、実は図書室の住人ではないのかと思う程に遭遇率の高いクリシュナの姿に苦笑しながら本を読み始めた。


「今日は早いですね」


「うん!」


「絵本が好きなのですか?」


「うん!絵本大好き!エヘヘ」


「そうなんですね。私も本を読むのは好きですよ?」


「一緒だね!」


「そうですね。一緒ですね」


 ミッドオルズの倒し方はガルブレイオスと同様の流れになりそうであった。硬い鱗は魔法障壁のそれに見立てることが出来る。何度も連撃を加えて削り取ってダメージを与える。そういう流れだ。


「あのね!私ね!お姫様だからね!王子様が出る物語が好き!」


「そうなんですか。お姫様を助ける物語ですか?」


「うん!なんかね!幸せな気持ちになるの!」


「それは良いですね。幸せは良いことですから」


「うん!幸せ!」


 粘土質の土であれば砂漠のようにはいかない。前回のように連続的に潜ることは出来ないであろう。トンネル状の巣穴をいくつか持っているそうだが、その程度なら追いかけることも出来る。砂漠の上で戦うよりは遥かに戦い易いそうだが、そうなるとそこを根城に選んでいる理由は何なのだろうか?


「私ね!本当に幸せ!なんかね!ウキウキする!」


「ウキウキですか?本当に楽しいのですね?」


「うん!楽しいし嬉しい!」


「そんなに良いことがあったのですか?」


「うん!良いことがあったの!」


「そうなのですね。私に教えてもらっても良いですか?」


 総括すると巨龍にとっても特段砂漠が住み易い環境ではないということだ。とはいえ有利に戦えることは知っている。だから餌を狩る時は砂漠に向かう。しかし、根城は住み易い環境にしているということらしい。


「うん!......うんとね!私ね!」


「はい」


「私......私ね!」


「ええ」


 ならば砂漠での戦いをなるべく避けて根城に追い込み鱗を削って討伐するのが良いだろう。気をつけるべきは煙幕か?地震などは空を飛べる風魔法にとっては全く問題にはならない。基本的にはこちらが有利な属性であるから対処さえ誤らなければ問題なくーー。













「好き!エルフレッドが好き!だから嬉しいの!」













 頬に触れた暖かな温もりがエルフレッドを現実へと引き戻した。


「言っちゃた!ウフフ!」と口元を抑えて微笑んだ彼女を見ながら女性は幾つであっても女性であるという言葉が頭の中を繰り返し流れていった。


「クリシュナ様ーー「あ、もう時間だ!いかないと!」


 制止の声を上げたエルフレッドに向けて彼女はこちらを振り向くと手を振った。


「ありがとう!エルフレッド!またね!」


 そして、走り去っていった彼女に手を伸ばしながら暫し固まっていたエルフレッドは頭を掻いて溜息を吐いた。


「......さて、先に報告だな」


 急遽予定が出来たので鳴る前のアラームを止めたエルフレッドは皇帝陛下もしくは正妃殿下に報告したい事があると担当の御付きの者に告げる。しかし、結果は何方も緊急の要件があって手が離せないとのことだった。「それでは巨龍討伐が終わり次第報告に上がる旨だけを伝えて欲しい」と伝言を伝えてエルフレッドは巨龍討伐に向かうのだった。













○●○●













 首都オアシリアから南西に約100km程進んだ辺りにミッドオルズが住む荒野がある。ウインドフェザーの飛翔でも一日近く距離なので本日は砂漠の何処かにあるオアシスを見つけて野宿することになるだろう。当然の話だが上級魔法で一日中飛び続けるのは体力的にも魔力的にも厳しい。


 空は太陽が頂点から下り始めたところだった。砂塵が風に流されて視界が悪くなるのをコンパスを見ながら飛んで行く。時にメモを取り方向に狂いがないか確認するのである。風の膜を纏い瞳が傷つかぬようにして二時間飛び続けた彼は一旦砂漠へと降り立って魔力回復薬と水分を補給した。そして、携帯食料を齧って少し休憩を取ると再度飛翔ーーコンパス通りに飛びながらオアシスを探す。


 オアシスは以前は見つかれば都市を形成する程に大切な水資源であった。無論、首都オアシリアなどはその流れで生まれた都市であるし、今でも見つける事ができれば都市計画の最優先として挙げられる地域となるだろう。しかし、魔力と魔法石が水を発生させることが出来る今となっては必ずしも必要というわけではない。特に一〜二週間程度で消えてしまう水溜りのような小規模なオアシスであれば地図にも乗らないのが現状だ。最悪、砂漠上でのテント泊が必要になるだろうが知識は有っても素人のエルフレッドからすれば出来ればオアシスを見つけて休みたいところであった。


 そうこう考えて飛んでいる内に日が暮れてきて飛行が困難な様相を醸し出してきた。距離で言うならば休み休みで半分の行程を進んだ所だろう。少し遅れが出ている。太陽が登るまで飛べないとなると更に遅れが出ることになるが無理な飛行で命のリスクを賭けるのは馬鹿らしい。


 冬の時期は気温差が少なく夜が近いこともあって蜃気楼には遭遇し難い。よってオアシスを見つけるのは容易いだろうと考えていたがどうにも難しいかもしれない。暫くの飛行の末、彼の頭の中に砂漠上でのテント泊が過ぎった頃、草木の生える地域が目の前に現れて安堵の息を吐いた。水分は既に枯渇していたが水分を含んで固くなった土と少量の草木ーーサンドワームの活動を阻害するようなその場所こそ小規模のオアシスであった。


 飲み水や食料などは既に魔法空間の中に用意しているので砂避けとなる木々や珍味として楽しめるサボテンがあることを重要視していたエルフレッドは、それらが全て揃っている状況に神へと感謝を捧げて防砂堤代りの木々の横にテントを立て始める。気温低下に備えて愛用している小型のヒーターを空間から引っ張り出して点灯。上下を着込んでウチワサボテンを拝借。針抜きと皮剥きで下処理をして小規模の焚き火とフライパンで炒める。


 ステンレスカップで沸かしたお湯を耐熱手袋をした手で摂ってコーヒーを沸かし、乾パンを齧りながら酸味の強いサボテンステーキと鶏肉を炒めた出来合い料理を食べた。食後に熱いくらいのコーヒーを冷ましながら飲んでホッと一息を吐いた彼は思考を始めた。


 彼の頭に浮かぶのはユリウスの言葉だ。九歳にして命が何時終わるかなど解らないという発言は正直穏やかではない。死にかけて、そのことを意識するようになった自分が言うのも可笑しな話だが、あのくらいの年齢の時は根拠のない全能感と生命力に溢れていて死ぬ可能性など塵ほども考えないはずだ。そして、リュシカなどの想いも若年期特有のもののハズである。


 しかし、ユリウスの場合は追い立てられているーー否、焦りから刹那的想いに囚われているのが解るのだ。それが例えばエルフレッドならば話は解る。寧ろ巨龍退治などを含めて何度も死に掛けているにも関わらず子孫繁栄の本能に支配されていない彼の方が遥かにおかしいのだが乗り越えた回数が多すぎて麻痺したのか、はたまた慎重であるが故に余裕のある傲慢かーー。


 要するにユリウスは既にあの年齢にして命は尊いものだと理解している。やり方は間違っているが愛情の深さも伺える。それが何を意味するのか?それは当人が既に死に近い経験をしているのか、近しい人が死に近い経験をしているかである。更に言えば皇帝一家全体にその空気が蔓延している。愛おしい者を離したくないという独占欲と焦燥的な愛情に駆られているのだ。そして、その考えに至る理由はエルフレッドのそれのせいで子離れが出来なくなっている母親のそれとそっくりだからだ。


 そういった内容を考えていると彼は自身の身の振り方を思い直さざるを得なかった。無論、八方塞がりな現状が突然開ける訳でもなければ解決する訳でもないのでリュシカという相手がいる以上、お互いに問題を解決しないと話は進まないのだがーー。


 寝袋に包まったエルフレッドは目を閉じて思考を続けたが徐々に思考は緩慢になっていった。この経験が自身と彼女の問題解決になるならば今はいくらでも悩もうじゃないかとーー。

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