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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(下)
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「いやぁ。昨日は本当にどうなるかと思ったが本当に助かった!ありがとう!」


「それなら良かった。ご両親が預かってくれて良かったな」


 事の顛末としてはコルニトワがアズラエルに確認したところ「ギルドカードで対応出来るなら受け取ればいいんじゃない?」とのことだったので三十%の税金を納めてギルドカードに入金。その後、ご両親に状況説明ーー。賊に誘拐されるリスクが高まるの可能性を考えてギルドのファミリーカード経由で一旦両親が預かり、必要に応じてリュシカに手渡すスタイルを取ることになった。


 そして、本当に一応だが引率料としてジャノバに五千万と残りのコイン全部を渡した所、死んだような表情から蘇った彼はコインを全部すった後にエキドナとコーディーを連れて何処かへと消えていった。本当に懲りないおっさんである。


 その結果、今のリュシカのギルドカードには一千万が入っている状態だ。有事の緊急資金や美味しいものでも食べなさいと両親が持たせた金額である。因みに残りの七億八千万はリュシカにとっては驚くべき金額だったがヤルギス公爵家全体の収入で考えると()()()()()()()()そうなので両親が管理するのが一番だと判断したそうだ。流石、三大公爵家筆頭だといえよう。


 ということで早速、帝国城下町オススメの高級レストランへと足を運ぶ。お互いにお金を持っていて特に惜しむ必要もないので彼女のご両親の言う通り何か美味しい物を食べようという心算である。


 レストランに向かう道中を歩く中で気づいたことだがクレイランドでは白と赤は特別な色であるらしかった。最高級とつくものには全て赤と白を織り交ぜた色が使われている。そして、建造物の場合には涼やかな水のベールが掛けられているのである。


 そして、エルフレッドとリュシカもまた赤と白を思わせる見た目をしている為に何処に行っても歓迎された。理由を聞いてみれば太陽神の色だからだそうだ。予約した席に案内されると既に宮廷料理を思わせる色取り取りの料理が並べられておりスパイシーでまろやかな香りが食欲を増進させた。


「フフ。ランチからワインを嗜むのは少し悪いことをしている気分だな?」


「まあな。皆が忙しくしている中で優雅な一時を楽しんでいる感じは確かに悪いことをしている気分だ」


 ラムチョップに合うという赤ワインで乾杯して早速料理を頂く。アードヤードで出せば一緒くたにカレーと呼ばれるだろう料理が多く用意されているが、どれも使う香辛料が違うせいか味わいが全く違った。そして、最高級のラムチョップは臭みが少なく柔らかい。ホロホロと解ける口当たり中にある僅かな臭みが逆にアクセントになっている。それを後味がスッキリした赤ワインで流し込むと口の中がさっぱりとして食が進むのだ。


「元来は臭みの無い肉類を好むのだがーー赤ワインで流すとなるとラムが美味しく感じるのが不思議だな」


 グラスの赤ワインをウットリと眺めている彼女の言葉にエルフレッドは頷いてーー。


「それにこのラムの柔らかさは絶品だ!全く参ったな。ランチであることを忘れて飲んでしまいそうだ」


 二杯目の赤ワインをソムリエに注いで貰いながら彼は最高だと言わんばかりに微笑んだ。


「ハハハ!私も気を付けねばならん!そして、このチキンか!いやはやラムとチキンが並んでる姿を見るだけで豪勢さが増してる気がするぞ!」


「肉と肉だからな!ふむ、このチキンは中々スパイシーで辛いくらいだな。ーーなるほど、やはり赤ワインと合うようだ」


 ほろ酔いになりながら、すっかり食事を楽しんだ二人は酔い覚ましの水を飲みながらアフタートークの時間を穏やかに過ごす。


「エルフレッド、その白い錠剤はなんだ?」


「ああ、これは酔い覚ましの薬だ。俺は一応護衛として来ているから万が一にも戦闘に支障が出ないようにしないといけない。お店を出る頃には酔いも抜けているはずだ。リュシカも飲むか?」


 彼女は少し考えた末に「いや」と首を横に振ってーー。


「酒は酔うから楽しいのだ。夜に影響しない程度にしか飲んでいない。もう少しこの時を楽しむとする」


「確かにそうかもしれん。万が一辛くなったら直ぐに言ってくれ」


「わかった」




 皇城に戻った二人は一度解散して、それぞれの行動を開始する。エルフレッドは軽い鍛錬の後に書庫での情報収集だ。あの異常に硬い巨龍の鱗はどうも魔法によるものだと判断出来そうな資料が散見しており、そこを突きつめようと考えていた。


「エルフレッド‼︎今日も来た‼︎」


 隣にはコルニトワ様と一緒の薄紫の髪とアズラエル陛下と同じ褐色の肌を持つクリシュナが瞳を輝かせながら座っている。その手にはやはり絵本が握られていて隣で読む気満々のようだ。


「ええ来ましたよ。クリシュナ様。一緒に本を読みましょう」


 何が気に入られたのかは解らないが彼女には大層好まれているようだ。長女ロクシャーナは普通、長男ユリウスは明らかに嫌われている中で、この膝の上に座ろうとしてくるお姫様は本当に何処が琴線に触れたのだろうかーー。とりあえず、他国のお姫様を膝に乗せるのは外聞が良くないのでやんわりと抱っこして隣の席に戻すと彼女はキョトンとした表情をこちらに向けていた。


「お姫様はあまり人の膝の上に乗っては駄目なのですよ?」


 頭を撫でながら微笑むと「わかった!」と彼女は満面の笑みを見せるのだった。


 暫く本を読んでいると彼女は「クマちゃん!」と笑って一冊の絵本を持ってきた。幼児向けの絵本でずっとこちらに顔を向けている兎が主人公の絵本である。その本の三ページ目くらいに同じようにこちらにずっと顔を向けているデフォルメされたクマのキャラクターが描いてあった。


 見事にバッテンの口だがエルフレッドはそれをジッと眺めた後にボソリと呟くように言った。


「......案外似てるかもしれません」


「やったー!エルフレッド!クマちゃん!エヘヘ」


 目の冷静な感じと口元のバッテンは何というか自身を鏡で見た時の印象を捉えていた。何処が似ているという訳ではないのだが印象が非常に似ているのである。子供の洞察力は侮れないなと感じるエルフレッドだった。


「あ、戻る時間だ!エルフレッド!バイバイ!」


 エルフレッドがミッドオルズの鱗の強度はやはり魔法で形成されていると結論付けた頃に彼女は手を上げて去っていった。


「はい。クリシュナ様。また会いましょう」


 エルフレッドが手を振り返すと彼女は「エヘヘ」と笑い声を漏らして走り去っていく。暫く本を読み返していると食事を告げるアラームがなった。背伸びをしたエルフレッドは少し困った食事会になるだろうと苦笑を漏らすのだった。




「ふん。英雄だが何だが知らんが、そんな傷だらけの姿を晒して恥ずかしいとは思わないのか?」


「いえ。傷は戦士の誇りに御座います。ユリウス様」


「戦士?冒険者風情が戦士を語るとは片腹痛いなぁ」


「......それは失礼致しました。国を守る伯爵子息としての言葉のつもりでした。勘違いをさせたのなら申し訳有りません」


「ユリウス!エルフレッド様はミッドオルズ討伐の為に来ているのよ?あまり失礼を言うものじゃないわ!」


 ロクシャーナは機嫌が悪そうにしながら「八つ当たりしたって意味ないじゃない......」と呟いた。


「ごめんねぇ、エルフレッド君!なんかユリウスってば拗ねちゃってるのよ!」


「いえ。アーテルディア様に謝って頂くのは恐れ多いことです。私は特に気にしておりませんのでお気になさらずーー」


 困った食事会とは皇帝夫妻が席を外している時の食事会である。年が近い者だけで、と気を利かせたーー少し深刻な表情だったのは気になったがーー皇帝夫妻がこうやって席を外すとユリウスは決まって嫌味を浴びせ始めるのである。理由は解っているのであまり刺激しないようにやんわりと対応しているのだが、それさえも余裕ぶって見えて腹立たしいようだ。


 とはいえ、さして気にしていない上に自身の立場から声を上げて諌めるのは正しい事ではないので受け流すくらいしか出来ないのが現状だ。問題はそれを受けて一緒に食事をしている人々が不快感を感じ始めているという所にある。特にユリウスがこうなっている原因のリュシカなどは下手をすれば何時テーブルに両手を叩きつけて怒鳴り散らすか解らない程の苛立ちようだ。しかし、それを自分が宥めればユリウスはまた気分を害するだろう。どうにか周りの女性陣にリュシカを宥めてもらわなくてはならない。


 単純な話だがユリウスはリュシカに恋をしているのである。


 自身の恋に比べて他人の恋は客観的であるが故に解りやすいというだけの話だが、あくまでも従姉として優しく対応しているリュシカがユリウスにとって非常に魅力的だった。寧ろ、そうでなくても魅力的な女性である。九歳の少年の初恋を攫うのは簡単な話だっただろう。そこにユリウスの目線から見て突然現れた冒険者風情の男が仲良く話していたとするならば面白くもないというものだ。ませた少年だとも思わなくはないが、このくらいの年齢の子は男女問わず近くに魅力的な大人がいれば好きになってしまうものである。ーーそして、ある意味では非常に見る目があるとも言える。


「アーテルディア様。こんなことを頼むのはアレなのですが......私のことは置いといてリュシカ様のフォローに回って頂いても宜しいでしょうか?」


 耳打ちをしているとナイフとフォークを苛立たしげに震わせているリュシカがチラリとこちらに視線をくれた気配がした。エルフレッドが爆弾処理班のような気持ちで内心頭を抱えているとアーテルディアは一瞬不思議そうな表情をしながら首を傾げてーー。


「リュシカちゃんの?ーーあ、なるほどね。わかった!」


 リュシカの様子を見て何事かを理解したアーテルディアがニコニコしながら話し掛け始めた。リュシカは少し不機嫌そうに対応していたが怒りという感情は長く続くものではない。徐々に鎮火して怒鳴り始めるような状況は脱したようだ。エルフレッドが安堵の息を吐くと何をするにも面白くないユリウスがブスッとした様子でソッポを向いている。そんな様子を眺めながら彼は冷め始めた鶏肉を切って食べ始めた。


 冷静且つ知識の上では知っているエルフレッドは恋愛経験があまりないことが逆に良い方向に働いているようだった。内心苦笑しながら思うのだ。


(あのように嫉妬していては逆効果なのだがなぁ......好意を持っている相手の悪口を言えば言うほどに嫌われるらしいぞ)


 好きであればある程に嫉妬してしまいそうだが、その感情を抑え込んで相手に同調しなければ気持ちを掻っ攫うことなど不可能なのである。簡単な話で言うなら「うちの彼氏最低だよねぇ......浮気ばっかりでさぁ......」と言われたら「それは最低だね」と言うのではなく「浮気されるのは辛いねぇ......それでも好きだから余計に辛いんだよね......」と言っておかなければならないという話だ。


 そもそも相手に非がないのに誹謗中傷するだけなど評価をガタ落ちさせるだけなのだが、それを九歳の少年に理解させるのも酷な話である。


「本日は美味しい食事を有難うございます。夜の鍛錬がありますので私は一足先に失礼します」


「エルフレッド......」


 アーテルディアと話していたリュシカが不安そうな表情でエルフレッドのことを見ているのを確認すると彼は彼女に向けて微笑んでーー。


「明日についてはメッセージで送るからよろしく頼む。それでは皆様。良い夜を」


 と食事の席を後にした。その様子を眺めていたアーテルディアは二十歳となった自身の目線で今の状況を俯瞰して誰にも聞こえない程度の声で呟いた。




「あれは人間出来てるねぇ......大抵の男じゃあ勝ち目なさそう......」

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