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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第一章 灼熱の巨龍 編
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「ぎゃぎゃぎゃ、天より使わられし異種族の戦士よ。我らはお主を歓迎するぎゃ。我らはマグマより産まれし者故に火山を進むことも容易だがお主はそうではあるまい。旅立ちの際は火炎の祝福を持って負担を軽減し、ガルブレイオス討伐がより上手くいくであるよう手助けするぎゃ」


「サラマンド族に伝わる秘術。感謝致します」


 エルフレッドが頭を下げると族長は目を細め頬を緩めた。


「よいよい。お主は誠に礼儀正しい男ぎゃ。その誠実さはきっとお主を助けるものとなるだろう。こちらこそ我らが悲願である宝剣の回収を依頼でき真に感謝しておるぎゃ。今日の食住はこちらで面倒見るが故しっかり英気を養い明日に備えると良い」


「ありがとうございます。討伐含め必ずや達成してみせましょう」


彼がそう答えると族長は満足そうに何度も頷くのであった。






「......んで、私まで参加する事になった上に大祝福をお祭り騒ぎで受けてる訳だけど明日は大丈夫なのかい?」


 お酒が入ったのか少し赤らんだ顔でグレン所長が笑う。


「大丈夫でしょう。実は馬鹿騒ぎしているように見えて自分には一切悪絡みをしてきてません。料理も飲み物も滋養強壮に良い物ばかりでお酒が振る舞われているのも自分以外です。ちゃんと考えられているのでしょうね」


 組まれた木々から立ち上がる炎の周りを踊るサラマンド族を見ながら串で出された蜥蜴を頬張る。


「そうなんだ!じゃあ、私は楽しむとするよ!君も存外満喫しているようだしね。ーーにしても私が言えた義理では無いけど貴族の嫡男が口にするには中々パンチが効いた見た目だけど気にした風でもないね?」


 腕は言い過ぎでも大樹の枝を思わせる大きさの蜥蜴に紫の斑をした毒々しい果実、更には何を絞ったのか群青色の絵の具の様な色をした飲み物が木で作られたジョッキになみなみと注がれている。


「何度も言うようですが自分は平民上がりですから。それに冒険者でもあります。食べられるものなら木の枝で食べますよ。それに見た目ほど飲みづらくも食べ辛くもありません。いや、寧ろ淡白ではありますが非常に美味しい。何よりグレン所長が抵抗無く食べていることの方が意外ですよ」


 エルフレッドがそう言いたくなるのも無理はない。彼女は生粋の男爵令嬢だ。しかもその皿に乗せられているのは貝のような見た目の虫である。


 何でも食べるとは言ったがエルフレッドからしても最終手段に当たるそれを「見た目はあれだが海の牡蠣を凝縮した感じの味で最高に美味しいよ‼︎」と大層嬉しげに頬張る様は存外に衝撃的だ。


「そう言うって事は君からしても食べ辛い物なのだろうね?と言えば少しは君を誂うことも出来そうなものだが、簡単な話、経験の問題だよ。自身の専攻は化学もあるが考古学もある。様々な土地に赴けば、それ相応の食物が出てくるし考古学的見地から実際に古代の食事を作って見ることもある。それに比べれば、この程度は貝と何ら変わらないよ!」


 そして、彼女は「そのくらい経験が貯まる歳でもあるってことさ。見た目は若いし自信あるけど最近は両親に結婚をせっつかれてね〜」と戯けてみせる。


「こういう言い方は失礼でしょうが自分と同様で相手に理解が無いと難しい状況ではあるでしょうから......良い縁が有れば良いですね」


 例えば学園内で良縁に恵まれたとしてエルフレッドが七大巨龍討伐を諦める事はないだろう。当然、命を賭した戦いになり場合によっては死に至ることも考えられる。そんな死ぬ可能性よりも七大巨龍を倒すことで自身が最強であることを証明したい彼の考えを何人の人間が受け入れられるだろうか?


 そして、それは女性でありながらも研究所の一つを任されるグレン所長にも当てはまる。


 彼女の言い方を考えるに彼女もまた良縁に恵まれたとして化学者兼考古学者としての活動を辞めようなんて考えいない。結婚すれば女性は家を守るものだという考えが未だに根強く残っている事を考えれば、それが中々難しいものだと解る。


「君から言われる分には失礼とは思わないさ。寧ろ似たもの同士だと解るって感じがするよ。まあ、こればかりはなるようにしかならないから、でも良い気がするけどね。幸いお互い家には理解があるようだしね。ただ、私は焦るべき年齢になったってだけさ。学問一筋で所長にもなった訳だし親もそこは認めてくれてるよ」


「......勉強になります」


いずれは家を継ぐことが決まっていて極力良縁を掴まなければならない。それは理解している上で期限付きだが巨龍討伐の件は両親にも理解を得ている。


 ならば、今はなるべく早い悲願の達成だけを考え邁進することが結果として近道だと言えなくもない。それに婚約などは相手云々があるためになるようにしかならないとも考えられる。


 少し気が楽になったエルフレッドは目線を上に上げ満天の星空へと想いを馳せた。


 今日は意味のある羅列は見えない。しかし、街中では見ることの出来ない満天の星空は明瞭だが混沌とした思考を緩慢だが明瞭な思考へと変えていく。


 そこにあるのは漆黒に浮かぶ乳白色や銀の名前も無き星々ーー。


 ただ、それを眺め、ただ、それを綺麗に思う。その心は大自然と一体になったかのように澄み渡っていた。


「......惜しいね。後十年、君が早く産まれていたら私達はお互い気兼ねなくお互いのやりたい事を出来たのかもしれないのに」


「......そういう道もあったかもしれませんね」


 現実に意識が戻ったかのような感覚で赤ら顔のグレン所長に視線をくれる。その顔に浮かぶ表情は焦り、切なさ、苦悩ーー。


 なるようにしかならないと彼女は言った。


 そして、"なるようにしかならない時"が目の前に迫っているのは彼女の方だった。


「なるようにしかならない、ですね」


 確かに似たもの同士。だが、その手の経験値が圧倒的に足りない自覚があるエルフレッドには掛ける言葉が見つからなかった。


 そして、その時を迎え、その様な表情を浮かべる彼女を見ていると自身もいつかはこんな表情を浮かべなければならない状況に陥るのかと晴れ渡った心に少しの暗い影が差したエルフレッドであった。













○●○●













 次の日の朝は万全の状態であった。調子を確かめる程度に体を動かしたエルフレッドが思わず表情緩める程だった。


 グレン所長は一度研究所へと戻っており、ガルブレイオスの現在の居場所をレーダーにて確認しに行っている。確認が出来次第サラマンド族の集落にて落ち合う事が決まっていた。


「ぎゃぎゃぎゃ。若き勇猛なる戦士よ、体の調子はいかがだぎゃ?」


 準備運動を終えて軽いストレッチに入っていたエルフレッドにサラマンド族の族長が声を掛けた。


「ええ。非常に良いです。はっきり言って万全の状態です。本当に感謝しております」


 彼がそう言うと族長は嬉しそうに眉尻を下げた。


「ならばよかった。我々も祝福した甲斐があったと言うものだ。さすれば、より万全とする為に炎の祝福を授けるぎゃ」


 族長がそう告げて手に持っていた杖を掲げるとエルフレッドの周りを赤い光がニ周ほど周って消えた。


「......これは」


「効果を理解したようだぎゃ。これよりお主の体は炎の精霊に守られる。例え滾るマグマの中であっても身を焼かれる事は無いだろう」


効果は違うが、エルフレッドには身に覚えのある魔法であった。当家の家令が得意とする精霊魔法の一種である。


「ありがとうございます。これで戦いに集中出来ます」


「真に謙虚なことよ。お主程の実力が有れば風を纏い制御しながら戦うことも児戯に等しかろうて」


「確かに族長様の言うとおり私にとっては児戯にも等しいでしょう。元々そう戦うつもりでした。しかし、それは万全の状態から考えれば零ではない明らかなマイナス。その零ではないマイナスがこの身を滅ぼす可能性は常に考えておりました」


 エルフレッドが考えるマイナス点は集中力の欠如である。無論、微々たる物だが巨龍との戦いでは明らかな欠点であり唯でさえ弱点属性である炎の巨龍を相手にするには大きなマイナスであることは言う迄もない。




 突然だがここで何故この事がマイナスになるか、男性脳、女性脳の違いで例を挙げたいと思う。


 女性の方はこういった経験が無いだろうか?


 貴女の父、男兄弟、夫、彼氏、男友達、男性の同僚ーー、何でもいいが、その彼がスマートフォンを弄っているとする。貴女は用事があったので声を掛けるが返事が無い。少し苛々しながらも近づいて声を掛けるが生返事しか返ってこない。


 聞こえてるだろ!と思いながら肩を叩いて怒りの声を挙げると男性は初めて近くにいた事に気づいたかのように驚きの声を挙げる。生返事で気の無い返事をしていたのだか聞こえてるくせに無視をした。何なら私が同じ状況なら聞こえているし聞こえていないはずが無い、そう思うハズだ。


 しかし、これが男性脳と女性脳の違いである。


 男性は一つの事に集中力すると周りが見えなくなるほどに入り込む。その集中力は女性の五十倍と言われ、それがない代わりに女性はマルチタスクに優れているとされている。最新の研究で脳梁の大きさの問題では無く脳内の繋がりの問題ではないかと言われているが定かではない。


 実は科学的には解明されていないが事実として職人は男性が多く、事務やコールセンターの様な仕事は女性が多い。そして、経験として上記のことが「なんで出来るのか解らない」 「なんで出来ないのか解らない」ということは多くの人が感じていることだ。


 故にそれらは高い確率で何らかの違いが万が一脳でなかったとしても表れていると考えても過言ではないだろう。




 話は戻ってエルフレッドも当然そういった男性的部分を持ち合わせている。経験の関係上、一般的な男性魔法剣士よりは遥かにそういった部分が改善されているものの、もし同経験の女性魔法剣士がいれば同じようには出来るわけではないのだ。


 例えるならば、学生レベルで英語が得意な人と現地留学していて英語が喋れないと思っている人くらいには差があると言える。


「ふむ。中々に極まったことを考えておるぎゃ。ならば、この祝福も役に立ったと思うことにしよう。勇猛なる戦士よ。ガルブレイオスを倒し浄魔の剣を持ち帰ること期待しておるぎゃ」


 エルフレッドは期待する眼差しを送る族長の目を真っ直ぐに見返して大きく頷き返した。


「ありがとうございます。必ずや成し遂げます」


 その言葉に迷いは無い。言葉以上に必ず成功すると確信している強い意志を感じるものだった。


「ふむ。その粋や良し。さて、どうやら話はここ迄のようぎゃ。私はこの地で新たな伝説を待つとしよう」


 そうして、エルフレッドから視線を外した族長を見て彼もまた振り返る。


「エルフレッド君!待たせたね!ガルブレイオスの位置がバッチリ解ったから説明するよ!」


そして、グレン所長の姿と共に届いた待ちわびた言葉にエルフレッドは表情を引き締めるのだった。

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