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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(下)
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16

「さて、フェルミナよ。虎猫族の直営地での生活は如何様か?」


「シラユキ様。皆様格別のご配慮を頂いて既にこちらが故郷であるかのように思える程に快適に過ごしております」


 その言葉は彼女の心からの言葉であった。単純に悪い風に扱う人間が居ないということもあるが長閑さと美しさ、礼節と勤勉さが入り混じった文化大系が彼女の性質に合っていたという部分が大きい。そして、嫋やかな動きや意味を持った合理的な作法の数々が一見すると幼く見えがちな獣人の人々をとても大人らしく見せていることが彼女の心に響く物が合ったのである。


「ほう!それは真に良いことじゃ!女王ともなれば直営地を誰よりも愛せなくてはならん!フェルミナには素質がありそうじゃなぁ♪」


 そう褒められると思わず頬が緩みそうになるが、それを堪えるのも作法の一つのようなものだとフェルミナは頬に力を入れた。


「未熟な私に過分な言葉を頂いて真に感謝しております」


「良い良い♪最初に言ったように今日は姪と叔母の語らいじゃ!ほれ、そのように堅く構えず、こちらに来るのじゃ♪」


「え、えっと。シラユキ様。お城ではあまりそのような立ち振舞いをしない方が良いとお祖母様が......」


するとシラユキの尻尾は草臥れたようにペタンと地に落ちてーー。


「あやつは......本当に良い歳しておろうにフェルミナを独り占めしたいようじゃな......フェルミナ、妾が良いと言えば良いのじゃ。こっちにおいで」


 良い歳など最年長の自分が言うかだがーーフェルミナは困ったように辺りを見回したが観念したように頬を赤くすると「......失礼致します。叔母様......」と恥ずかし気に呟いた。そして、シラユキも側までに向かうと背を向けながらコロンと寝っ転がる。待ってましたと言わんばかり後ろから抱きしめてくるシラユキに緊張で身震いをさせていたフェルミナだったが、暫くして慣れてくるとホッと力を抜いて彼女へと凭れかかった。


「......叔母様......私はーーフェルミナは弱い子でしょうか?」


「うん?弱い子とな?」


「......自分で故郷を捨ててきたにも関わらず、夜は一人で眠れなくなってしまって......いつもお祖母様に甘えて一緒に寝てもらっております......」


 シラユキは「そんな羨ましいことをあやつはしているのか?」と呟いた後にーー。


「それは仕方ないじゃろう。そちは大きく傷ついた。それにまだ回復の途中じゃ。国が嫌になっても家族が嫌になった訳ではない。故に不安になることもあるじゃろうて」


「......それに不安なんです。お祖母様などは本当に立派なお方です。自身で夢だと言っておきながら追いつけるかどうか......その背中も見えなくて......」


 その言葉を聞いた彼女は「まだ二週間じゃろう?本に理想が高きことよのう。あやつとて既に五十年は女王ぞ?......どれ、少し見てやろう」と微笑んでフェルミナから腕を解くと大きく一回手を打ち鳴らした。すると突然彼女の手の中に一枚の紙が現れた。フェルミナが不思議そうに振り返ると彼女は悪戯っ子の様な笑みを浮かべてーー。


「これはそちの成長報告書のような物じゃ。全てを数値化しておるから誤魔化すことは出来ん。嘘偽り無い評価故に時に残酷な結果を齎す。それでも知りたいかのぅ?」


 フェルミナは少し緊張した様子を見せたがギュッと目を瞑りながらシラユキへと抱き付くと少し震えた声でーー。


「......少し怖いですけど......叔母様から教えて貰えるのならば耐えられます」


「......そちは本当にいじらしいことを言うのう。思わず鼻の奥が熱くなったわ......さて、どれどれ......」


 暫くその紙と睨めっこしていたシラユキは大きな溜息を吐いて微笑んだ。


「......叔母様?」


「回復中の精神の数値は確かに期待値の半分くらいじゃが残りは二百%を越えておる。勉学においてはアーニャの次くらいで四五十%じゃ。何を心配するところがあるのか逆に聞きたいのぅ」


 それを聞いた彼女は安堵の息を吐いて「......良かった......」と零した後にーー。


「最近、お祖母様が修行もそこそこに温泉旅行とかばかりに連れて行ってくれるものですから、孫だからと甘やかしているのではないか心配になっていたのです。結果を出せていたのならば安心です」


 修行もそこそこに温泉旅行に行きながらこの数値を叩き出したのか、とある意味呆れたシラユキは苦笑しながらーー。


「......ここまでの数値を出されれば文句のつけようもないと言ったところじゃな。コノハは確かに孫大好き老人じゃが修行などは一切手を抜かん。その厳しさは全獣人族の中でも一、二位を争う程ぞ?それが孫と温泉旅行とな......」


 フェルミナは気付いていないだろうが、この数値ははっきり言って異常だ。それぞれの役割に対する評定であるが故に比べようのない部分はあるが少なくとも他の五人の聖女の後継者を既に越えている。小さな頃より修行をつけられているにも関わらずである。更にいえば自身の娘である両殿下とも良い勝負である。


 流石に優っているところはないが惜しいところまできている。そこに末恐ろしささえも感じる程だ。とはいえーー。


「......そう......なのでしょうか?お祖母様は昔から私を可愛がってくれていますし......」


 うーん。と自身の評定と睨めっこしながら唸り声を上げている彼女を眺めていると、どうでもよくなってくるから不思議である。プリントを優しく取り上げてポイっと虚空へと放り投げ、ギュと抱き締めながら布団の中に入るとシラユキの心はとても幸せな気分になっていく。


「お、叔母様......私......このままだと寝てしまいます......安心しちゃって......」


顔を真っ赤にしながら、しかし、目付きをトロンとさせ始めた彼女にシラユキは言いづらそうに上を向きながらーー。


「良い良い。最終的にはそうするつもりだったからのぅ。ただ、その前にそちには少し辛い質問をせねばならなんだ。妾を許せ」


「......辛い質問......ですか......?」


 不安げな表情を浮かべ小さな声で聞き返すフェルミナに対して彼女は頷いてーー。


「そちが嫌ならば妾も強行はせん。存外愛らしく思うようになってしまったからのぅ。まあ、なんだ。ルーミャ、アーニャの婚約者候補の件よ」


「お姉様方の?」


 不思議そうに首を傾げた彼女に「そうじゃ。そして、あくまでも妾の考えで娘らは関わっておらんことを誓う」と前置きして告げる。


「次点の候補もいるが適正を考えれば候補は一人よ。フェルミナ。そちはまだエルフレッドの事は諦めきれぬか?」


「......エル......お兄様......ですか?」


 困った様子でポツリと溢すフェルミナにシラユキは頷いた。


「人は愛とやらを大事とすると聞く。その感覚が妾には薄い故にそちを傷つけるやもしれん。人族の姫のことはどうでも良いが、そちがまだ大切だと言うならば候補から外そう。ただ、そちがもう良いというのであれば我が娘の何方かと番にさせようと考えておる。どうじゃ?」


 フェルミナは右手に巻彼たミサンガを握り締めた。もうこの思いは叶わないとライジングサンに渡ってきた。そのことに後悔はない。こちらで穏やかに過ごす内にリュシカへの強い悪感情も薄れてきた。冷静な目線でこの事を判断するならば、どの言葉が正解かーーフェルミナはミサンガを握った手を離してシラユキに再度強く抱きついた。


「私はもうエル兄様との恋情は諦めてこちらに来たのです。それに私の目で見た様子ではアーニャ姉様はエル兄様に少しの恋情を抱いていると思います。協力が出来るまでは気持ちを整理出来てませんが私のことは気にしないで下さい」


 何方にも協力しない。もう関わらない。それがフェルミナの選んだ答えである。シラユキは彼女の心に答えるように強く抱きしめ返すと「よく言ってくれた」と真剣な表情を浮かべーー。


「辛い気持ちもあろうが、そちの信は真の臣下の心よ。妾はコノハやそちの家族同様にそちの事を大切にしようぞ」


「......叔母様......ありがとうございます......」


ポロポロと涙を溢す彼女の頭を優しく撫でながら「そちの人生は妾同様長かろうて。急かずゆっくり考えれば良い......コガラシが起こしに来るまで昼寝じゃ」とシラユキは欠伸を溢して瞳を閉じた。


「はい。叔母様」


 少ししゃくり上げて泣いていたフェルミナだったが目を閉じている内に穏やかな眠りに包まれていった。

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