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すっかり楽しんだ次の日の朝はノノワールとのティータイムである。昨日の晩餐会の終わりに会って会話をしたのだがダンスパーティーと化した会場が大いに盛り上がったことあってあまり時間が取れなかったのだ。コルニトワ正妃殿下とのダンスを心の底から楽しんだアズラエル皇帝陛下の粋な計いでノノワールの時間が許す限りの滞在を許された。
とはいえ、ノノワールは昼の飛空挺に乗って次の現場に向かわないと行けないらしく、それほど時間がある訳ではないのだが心遣いには真に感謝である。
「昨日は二人のお陰で最高だった♪昂ぶった娘との熱い口付を楽しんだよ〜♪でも続きは断られちゃった〜ワンナイトは嫌なんだって〜」
ご満悦の様子のノノワールに「朝っぱらからお前は何を言っているんだ?」とエルフレッドが呆れた視線を送るとノノワールは溜息を吐いて「だってぇ〜私凄く悩んだんだよ〜?真剣にお付き合いしたくてもお互いの仕事の関係上遠距離は無理だし〜?だったら最高の思い出をって思わない?」と少し悲しげな表情を浮かべて見せた。そんな二人の会話を聞いていたリュシカは少し恥ずかしそうに笑いながら「ノノは本当に自分に正直だな。あんなに素晴らしいダンスミュージカルをこなした後にそんなことしていたなんて......」と紅茶に口をつける。
「リューちゃん、それはそうだよ!チャンスは限られてるんだから自ら掴みに行かないと‼︎私の場合は特にねぇ♪」
「そうかもしれんなぁ。まあ、時と場合によるが......」
いつの間にかあだ名で呼び合う程に仲良くなってガールズトークに花を咲かせている二人の横でコーヒーを楽しみながら「早速昨日の様子がTVと新聞で話題になっているようだ。アードヤード王国ではどのように放送されるのだろうか」と新聞に目を通すエルフレッド。
”アードヤード側の主賓から粋なダンスでのお返し‼︎”
と大々的に名打って大見出しで一面にドーンと楽しげな自分達の姿が写し出されているのを見ると何とも嬉し恥ずかしい反面、ヤルギス公爵家の男性陣の反応が恐ろしくて仕方がなくなるエルフレッドである。
「そういえばエルちん!」
「......何だノノワール?」
読んでいた新聞を畳んでテーブルの上に置くと「私が読むぞ」とリュシカがそれを取っていく。ニコニコとしたノノワールを前に「俺は見たいところを読んだから良いぞ」と彼女に返事を返して続き待つ。
「知ってる〜?レーベン王太子殿下にもしかしたら熱愛報道だってよ〜」
「ーーノノ、それは本当か!」
自身の記事そっちのけで喰いついたリュシカに彼女は「そうなんだよ!リューちゃん〜♪」と頬を緩める。そんな様子に苦笑しながらエルフレッドは胸の前で腕を組んだ。
「それは目出度いな。昨日少し考えていたところだ」
つい先日思考の渦に巻き込まれていた理由でもあった。国の将来を考えた時に相手が居ないのはーーと考えていたところだったが、相手が決まれば王太子の地位も含めて安泰なのである。
「本当本当〜!何たって家宝の刀?って武器を相手の家に送ったとか何とかで、今までこんなことなかったからもう国中大騒ぎ!まだ相手は解っていないみたい何だけど、どうかなってーー」
恋愛話を楽しむ乙女の表情を浮かべているノノワールに対して二人は顔を見合わせた。そして、少し残念そうな表情を浮かべると溜息と共にエルフレッドが口を開いた。
「残念だが、それは恋愛とは関係ない」
「えっ?どゆこと?エルちん何か知ってるの?」
キョトンとした表情を浮かべる彼女にリュシカも気まずそうな表情でーー。
「ノノ。それは闘技大会の時に殿下がイムジャンヌの剣を壊してしまったお詫びで送った物なんだ。あの剛剣に耐えられるのはライジングサンの刀しかないと仰ってな。闘技大会関係のメンバーは皆知ってることなんだ。イムジャンヌのことを考えるとあまり大事にならないで欲しいのだが......」
それを聞いた彼女はあからさまにガッカリした表情を浮かべて「うわぁ、イムイムと殿下だったら本当に何もないじゃん!マジクソネタ乙!」と頭を抑えた。
「ねぇ、それってさ。私がリークして良い?二人は舞台見に来てくれたりしたし、今回の晩餐会で呼ばれたこともあるから仲良い友人からの情報って言えば察してくれると思うんだよね。そしたらイムイムに迷惑かかる前に止められるかと思うんだけど......」
自身の影響力と二人の影響力を掛け合わせれば止める事も無理ではないだろう。当人達が違いますと否定するよりも信頼する友人の証言として場を選んで発言した方が止められるのは間違いない。
「うーむ。基本的には賛成なのだが、一応当人達に確認してからにするか?俺達が知らないだけで二人の仲に何かあったとしたのなら逆効果になるかもしれん」
「火の無いところに煙はって話だろう?ならば、イムジャンヌは任せていいか?レーベン王太子殿下は私が連絡先を知っているから聞いておくよ。私的には実は身分差恋愛なんて状況の方が燃えるのだが、あそこに関しては本当に何もなさそうだからな」
「だねぇ〜。まあ、でもクリスタニア王妃殿下が母親ってことを考えたらあわやあるかも?私、そろそろ準備して行かなきゃだけど連絡到着次第メッセージに送って〜♪対応するから!」
テーブル置いた紅茶を飲み干してバイビー♪と手を振る彼女を見送った二人は早速連絡を入れてみる。
「ワクワク半分、残念半分だな?」
恋愛話が大好きなリュシカに対してエルフレッドは真顔で「その期待値は二対八くらいにしていた方が良いと思うぞ?」と携帯端末と睨めっこするのだった。
それから十分もしない内に返信が返ってきた。
『尊敬はしてるけど、そういう対象としては畏れ多い』
というイムジャンヌの返信。そしてーー。
『それは本当かい?困ったなぁ。私から何かアクション出した方が良いのかなぁ』
というレーベン王太子殿下の返信にリュシカの中のワクワクさんは息絶えた。
早速ノノワールに結果を報告した結果、三日後のTV番組内で彼女がリークを決行ーー。真実が知れ渡り国民の中のワクワクさんもお亡くなりになったのであった。
○●○●
少し未来の話である。冬休みが始まって二週間程たった頃、虎猫族の直営地での生活にも慣れてきて心穏やかな生活を手にしたフェルミナは突如シラユキからの命令で近況報告の為に登城することになった。コノハなどは「姪っ子に会いたくなっただけで登城命令を出すなんて越権行為も甚だしい横暴ミャ‼︎」と言いたい放題だったが、何はともあれ可愛がってくれている叔母に顔を見せることは悪いことではないと、緊張はするが会いに行くことにしたのである。
特別に用意された電車の個室に乗って二時間ーー馬車に乗り換えて一時間もすれば、侘び寂びの風情ある城が見えてくる。尻尾用の留め具がついたピンクの浴衣は今日の登城が堅苦しいものではない事を表していた。その可愛らしい衣装はフェルミナ的にはあまり嬉しく無い物だったがシラユキから送られてきた物であったので今日に合わせ仕立てている。
正装の着物はコルセット程では無いにしろ圧迫感を感じるが、この浴衣はそういった部分がなくてゆったり出来るのは良い所だなとフェルミナは思った。正門で警備をしている熊の獣人に声を掛けると大慌ての様子でシラユキの私室へと案内された。
襖の前で正座をして「失礼致します。フェルミナで御座います」と声を掛ければ「おお来たか!早う姿を見せてくれ!」と眠そうな声ながら嬉しそうな声が聞こえた。手掛かりに右手を置いて少々開けて自然な位置まで半分開ける。そして、反対の手に持ち変えて手掛け分を残してお辞儀をする。敷居を跨がない様に中に入りクルリと背を向けて正座ーー音がならないように気を付けながら手順を逆戻り、手掛かりでゆっくりと納める。
改めて正座して平服すると「おお、見事に修めてきたのぅ♪」とシラユキは脇息に凭れ掛かりながら扇子を開いて満足気に微笑んだ。
「私などはまだまだ未熟で御座いますが虎猫族の名誉を傷つけぬように誠心誠意努めていく所存で御座います」
「そのように堅く構えずとも良い良い♪今日は姪っ子と叔母の語らいじゃ♪近うよれ♪」
微笑見ながら扇子をチョイチョイと動かすシラユキの姿を見ているとコノハお祖母様の言うことも強ち間違いではないかもしれないと思うフェルミナだった。




