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ティータイムを兼ねた会談を終えた後、晩餐会まで時間があると聞いて早速書庫へと向かったエルフレッドはミッドオルズについて書いてある書物に目を通しながらコーヒーを飲む。特徴や性質など有用な物を抜粋していって頭に叩き込むのである。皇帝陛下を持ってして甚大と言わしめるだけはあって、どうにか討伐しようと情報を収集している様子が見て取れた。本格的な専門書まであるところを見ていると何が何でも倒して欲しいのだろう。
「それにしてもアズラエル陛下は本当に真面目な方だな」
二時間近く専門書を読んでいると思考が逸れていってしまうが頭に浮かんだのはアズラエルと彼の弟、大公ジャノバのことである。雑誌の新聞を読んだ限りではかなりのイケイケドンドンな感じの陛下だったが今日話して見た結果はとても誠実で真面目な人柄だ。国民の生活を考えて改革を進める実行力も有り、その権力に相応しい才知を持ち合わせていると感じた。
そして、ジャノバに関しては才能の人である。
逆に言えば才能だけでSランク冒険者になるくらい優れた才能があるのだから青年期などはきっと今のリュシカの様な扱いであったのだろう。エルフレッドは何度か顔を合わせたことがあるが適当且つ不真面目を素でいき、面倒臭いことに関してはやる気は零。宵越しのお金は持たない。女性関係は数えるだけ無駄。ギャンブルとゲームをこよなく愛する男だ。しかし、親分肌で優しく面倒見が良い。何より良くも悪くも大人である為に惹かれる女性が後を絶たないのである。
最近は歳を重ねたことで落ち着いたが身を固めるつもりは無いらしい。当然、帝国に貢献する気は一切無い。
(人は見た目によらないと言うがジャノバさんは見た目通りだしな。それに引き換えアズラエル陛下は見た目によらんな......)
まだティータイムを通して少し話した程度だが、それでも帝国に対する情熱や冷静且つ余裕ある態度、そして、生真面目さは非常に好ましいと感じていたのである。
「ん?」
ふと人の気配を感じて横を見ると褐色の肌と薄紫の髪の毛を持つ園児程度に見える少女がニコニコとしながらこっちを見ていた。何が嬉しいかは解らないが輝かんばかりの満面の笑みなので、こちらの心もホッコリとしてくる。
「初めまして。私はエルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツと申します。お名前を聞いても良いですか?」
「エヘヘ。私、クリシュナ!お姫様なの!」
ティータイムの際、皇子が一人皇女が二人と聞いていたが小さかったために今回は参加を見送ったのだろう。
「クリシュナ様ですね。よろしくお願いします」
「うん!よろしく!エルフレッド!エヘヘ」
彼女は本当に楽しそうに笑っている。何か思い付いたのか、こちらを見てニコッと笑うと席を立ってトタトタと何処かへ走って行くと絵本を持って戻ってきた。そして、隣でそれを読み始めたのでエルフレッドも専門者に目を戻した。しばらくすると視線を感じたので彼女の方を見るとこちらを見てニコニコと笑っている。子供というのは不思議なものだが、こうも嬉しそうな笑顔を見せられると何故だかこちらまで幸せな気分になるのだ。エルフレッドが微笑み返すと彼女は嬉しそうに身を捩りながらーー。
「エルフレッド!クマちゃんに似てるね!」
と笑いながら言った。
「クマちゃんですか?お友達にも言われましたよ」
エルフレッドが微笑みながら言うと「クマちゃんはお口がバッテンでエルフレッドもお口がバッテン!」と彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
「私の口はバッテンですか?」
少し不思議に思いながらそう返すと「うんっ!えっとね!こうね!お口の端っこが上にキュってなってね!お口の真ん中がお鼻のね!近くにあってバッテン!」と言って笑っている。結局、バッテンでは無いような気はするがクリシュナが本当に嬉しそうだったので「そうですか。バッテンかも知れませんね?」と言って微笑んだ。
しばらく、そうやって彼女と色々なことを話しながら笑い合っていたがクリシュナが「そろそろ戻らないと!エルレッド!バイバイ!」と手を振って走って行ったのでエルフレッドは「また会いましょう」と微笑んだ。それからまた参考書に目を戻していたエルフレッドは携帯端末のアラームが鳴ったので本を読むのをやめた。
「さて、そろそろ晩餐会の時間だな」
背伸びをして残ったコーヒーを飲み干したエルフレッドは本を直して客室へと向かう。携帯端末に届いていたリュシカからのメッセージに返信を返して合流ーー二人で晩餐会が開催されるというパーティーホールへと向かうのだった。
「これは凄いな」
「だろうな。世界で最も裕福な国の皇帝が主催した晩餐会だからな。これ以上はあるまい」
クレイランド式の正装に着替えたリュシカを通常の正装姿のエルフレッドがエスコートしながら呟いた。隣で笑っているリュシカは正妃殿下の姪ということもあって初めての参加ではないからか驚きは少ないようだが自分達が主賓とされている晩餐会が極めて豪華に飾られていることには少し気恥ずかしさを覚えているようだった。
晩餐会の主な開催理由は二つ。クレイランド帝国とアードヤード王国の友好の使者であるリュシカの歓迎。そして、世界的英雄であるエルフレッドの救援要請受諾の祝いである。無論、コルニトワが無断で来訪した件については公式には伏せられており、アズラエル皇帝陛下から直々にリュードベック国王陛下に対して救援要請を出して、それを七大巨龍討伐を目指すエルフレッドが快く承諾したことで国交正常化前ながら招聘が実現したことになっている。
既に両国の関係は友好国並みに高まっていたが国民が公式に友好が築かれていることを認識するのは今日の晩餐会を以ってしてだろう。一部の内容がTVで放送されることが決まっている。確かにリュシカの避難なども兼ねてではあったが政治的な外交としても非常に強い意味を持つ訪問である。少なくとも主賓の二人は護衛を兼ねている件は知っていても、あくまでも表の理由しか知らない。
「ふーむ。こういう場面で話すとなると聖国でのエルフレッドのように完璧な対応をしないといけないな?」
「......聖国での俺のようにとか、そういうのは止めてくれ」
「ふふふ。何故だ?揶揄いもあるが半分は本気だぞ?あそこまで完璧に対応出来ればTVで恥をかくこともあるまい」
「......やり過ぎると後で見てて後悔するぞ?」
彼女はクスリと笑って「見てる分には最高だったのだがな?」と用意されたグラスを傾けるのだった。
司会を務める帝国一の女優から名前を呼ばれて二人は微笑を携えて入場する。わざわざ今日の為に用意された彫刻家の作った”友好の証”という名の彫刻物の周りで料理を楽しんでいた人々が拍手で二人を迎え入れた。アズラエル、コルニトワの横にリュシカ、エルフレッドと並び珍しく身綺麗にしたジャノバがその横に並ぶ。リュシカを座らせた後に微笑んだジャノバがエルフレッドと友好の握手を求めてハグの後に二言三言話して席に着いた。
「何を話してたんだ?」
耳打ちで誰にも聞こえないくらいの大きさの声で聞いてくる彼女にエルフレッドは「大したことじゃない」と笑ってーー。
「珍しく身綺麗にしていたから流石にこういう場では綺麗にするんですね?と聞いたら、”しないと大公の報酬を減らされる”だそうだ。相変わらずブレない人だと思ったぞ」
「ふふ、叔父上は面白い人だからな。私が帝国に行くと言って初めに言った言葉が”今年で十六歳だっけ?一緒にカジノ行こう”。だからな」
「姪を誘う言葉とも場所とも思えんな。全く......」
呆れてしまうが思わず笑みが出てしまうのが彼の不思議な魅力でもある。何をやっても許されてしまうーーそんな人物だ。歓迎の出し物として友好の証の主賓席側に用意されたステージの上で民族衣装に着飾った女優達によるミュージカル調のダンスが披露された。その見事に連動してシンクロした動きにエルフレッドが感嘆の拍手を打つとリュシカが真剣な表情で耳打ちしてきた。
「エルフレッド......まさかとは思うがそなた女性にはあまり興味がないのか?」
「......本当にどうした?何故そんな質問が出たのかも解らないくらい混乱しているぞ?」
どうやら内容が解るくらいには聞こえたらしいジャノバが吹き出し気味に笑っている。
「いや、あんなに綺麗な女性達が踊っているというのにそなたはさっきから動きの話ばかりではないか?無論、誰々が可愛いなど言われてもあまり良い気はしないが一切その話が出ないとなると逆に心配になってきたぞ?」
「興味がないとは言わんが正直言ってあそこで踊っている女性達よりも普段関わりのある友人達の方が見目麗しいからな......大体前も言ったがエルフの王族よりも綺麗なリュシカが側にいるというのに今更綺麗とか可愛いとか何を見て判断すれば良いんだ?」
エルフレッドがそう言うと少し頬を赤くしたリュシカが照れ笑いしながらグラスに口をつけた。
「ふふふ。確かにそうか。アーニャやルーミャ、それに見目だけならノノワールも居るしな。少し安心したぞ?それに存外私の評価が高い話は何度聞いても心が踊る」
「そうか。まあ、わかってくれたなら良いが勘違いされるようなことは言わないでくれ?......ジャノバさんも笑わないで下さいよ」
明らかに笑いを我慢出来ずに鼻から変な息を吐き続けているジャノバに対してエルフレッドがジト目を向けると彼は小さく笑いながらーー。
「そ、それは無理だろ?しかも俺も少し心配してたし。というかSランク皆心配してたんだぞ?」
心底心外ではあったが冒険者時代などは自身に全く浮いた話が無かったことを考えれば致し方無いとも言えた。
「半分自分のせいでもありますから、とやかくは言いませんが今日から認識を改めて下さい」
溜息と共に告げるとジャノバは楽しげに笑いながら頷いた。




