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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(下)
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 クレイランドへと向かう特別な飛空挺の中で酔い醒ましの薬と回復魔法で回復したエルフレッドは用意された個室のリクライニングベットの上で上体を起こして窓の外を見る。先日は断われない相手からの誘いということもあったが人生初の深酒だった。祝いの席ではどうにか醜態を晒さずに済んだが頭がガンガンする程の酷い二日酔いに襲われていた。


 彼はアーニャが虎猫族の宴会をボイコットしたがっていた理由がわかった気がした。今ではほぼ問題無い状態まで回復したが失った体力は戻らないので、とりあえず横になっていたところである。それも飛空挺が進み始めて二時間もすれば回復するのだろうが未だに回復していないのが現状であった。


(今後はあんな飲み方はご勘弁願いたいな......)


 自身のペースで飲んでいた時は冒険者メインの時代を含めて二日酔いになった経験などなかったエルフレッドだったが、人にペースを握られると案外酔うものなのだなと良い勉強になった気分であった。代償は一日を棒に振るったことくらいだ。


 お酒の切れた無気力感から思考は少しマイナス面へと傾いている。


 エルフレッドは自身がフェルミナの移住の件に関わっていることを理解してからというものの非常に申し訳ない気持ちを抱えていた。それもあってミサンガを受け取ってくれないのではないかと覚悟していたのだが結果的には杞憂に終わった。ホーデンハイド公爵家の人々などは未だにエルフレッドのことを恩人として扱ってくれている。それを思うと恋愛の云々があったとして自身に悪感情を抱かないことなどあり得るのだろうか?と少し疑問に感じていた。


 振り返ればフェルミナは様々なところでアプローチを掛けてきていた。それを妹のやることのように考えて全く相手にしてなかったエルフレッドである。更に言えば彼女の最大級の頑張りであったお洒落をした日の食事と買い物は彼女に取ってはデートだったのだろう。それを自身はおめかししてお出掛けしたいなんて年頃なんだなぁ、くらいにしか考えておらず相手の作戦通り女性的な魅力を感じながらも感じては失礼だと逆に失礼な方向に考えてしまっていたのだ。


 そんなエルフレッドが恩人のままでリュシカは関係断絶状態だ。そのことは確かに自分にはどうしようもなかったのだろうが自身の反応がもう少し違えば二人が仲違いするまでにはならなかったのではないか?と思う気持ちもあるのだ。


(無論そんな都合の良い方法があった訳ではないのだが......)


 こんな言い方をすれば元も子もないがエルフレッドは想われただけだ。勘違いさせるくらいなら優しくするなと言われるならば確かにそうだろうが、感覚としては妹や親友だと思っている者に対して優しくしない人間など果たしているのだろうか?とも思ってしまうのである。特に二人は慎重に対応しなければ精神的に参ってしまう可能性が高かった。そこを考慮しての対応だったのは言うまでもない、


 その結果が二人の仲違いを生んだ。それが最終的な答えであった。それ以上でもそれ以下でもない。とはいえ出来ることが全くなかったわけではないことも理解している。


(俺がもっと早く周りに目を向けていれば良かったのだ)


 一つはノノワールと話して気づいた周りに意識を向けるということだ。それにもっと早く気付いて実践できていれば結果は多少変わっていたかもしれないということである。実際、向き合うと決めてからエルフレッドはリュシカだけと会っていた訳ではない。それは無論周りも同意の上でだがフェルミナとも接触を図ろうとしていた。しかし、彼女はエルフレッドが望んだ妹のような存在として既に完成されてしまっていて向き合いようがなくなっていた。そこは今回反省すべき点の一つだろう。


(後は俺が妹のように思っていようが妹のように扱うのは話が違ってくるということか......)


 結局、エルフレッドがどう思っていようが相手は実際に妹という訳ではないのだ。特にエルフレッドなどは実際に妹が居た訳でもないので、そもそも妹に対する感覚が間違っていた可能性がある。あくまでもこちらの心持ちがそうであるというだけに留めて行動に移すべきではなかったと反省するのである。


「もっと周りを見れる人間にならないとな......」


 今回の経験は学ぶことが多かった。特に恋愛経験が皆無なエルフレッドにとっては沢山の反省を齎した。そして、エルフレッドは同じミスをしないように最善を尽くすことだろう。しかし、彼は一つ失念をしていた。それは彼が貴族であるということだ。貴族の恋愛とは当人同士の話で済むことの方が少ないのである。今回は偶々それがエルフレッド以外に降り掛かっただけの話なのだ。本人が気をつけていたところでどうしようもないことがあることをエルフレッドは理解していなかった。


 今はただ無気力に窓の外を見つめながら同じミスをしないことだけを考えて、今後の糧にするべく思考を続けるエルフレッドだった。













○●○●












 塗装された道路と高層ビルの数々ーー嘗ての粘土で築いた潤沢な資金を元手にエネルギー資源の獲得に成功。魔力が主なエネルギーに変わる前に一早く魔力鉱石の産出に着手と時代背景にあった輸出品で莫大な財を成したクレイランド帝国はこの大陸一裕福な国であるだろう。国家主導の元、仕事の九割を国営化。国民の約九割が国家公務員として何不自由なく安定的な生活を送っており不満を抱く者はほぼ居ないとされている。


 残り一割の仕事などは芸能含む水商売と冒険者だ。芸能プロダクション自体は国営だが所属しているタレントは歩合制で国自体が豊かなためにその稼ぎは公務員の遥か上をいく。それもあって非常に狭き門であることが特徴として挙げられた。そんな帝国では冒険者などは全く人気がないのだが、この国の根幹を支える皇族のーーそれも皇帝の弟である大公ジャノバ=セト=イーデットが冒険者などやり始めたから大変だ。


 そもそもが大公という名誉爵位に胡座をかいてゲームやカジノに興ずる変わり者であり怠惰な人間なのだ。ある意味では最も冒険者のイメージにあった人物なのだが、そもそもの出自がーーである。優秀な兄で現皇帝アズラエル=アセト=クレイランドと対立しないようにとの配慮もあったようだが折角の整った容姿をライオンの鬣のように連なった髭とゲームのし過ぎで曲がった腰で台無しにして、国内有数の権力者との間に決まっていた婚姻を破棄されて、それを気にした風でもなく娯楽に興じる毎日ーー。


 当然、印象も悪く国民の反発も一時は凄かった。しかし、才能自体は非常に凄いものを持っていたのでSランク冒険者に君臨することでそれを黙らせている。結果的に今日のクレイランド帝国は皇族同士の対立もなく裕福且つ政治的にも平和な日々を送っているのである。


 では、そんな帝国で何が問題になっているのかと言えば、それは巨大な魔物と賊の存在だろう。塗装された道を行けばかち合うことはあまりないが一歩道を外れて砂漠に入れば、そこは五mを超える巨大なB〜Aランクの魔物[サンドワーム]と砂獄の巨龍[ミッドオルズ]の巣窟だ。砂漠には旧文明時代の宝が多くある為にクレイランドと交流のある国の冒険者の砂漠入りは後を絶たない。


 そして、その宝の価値と同じくらい危険な魔物が砂の中に潜んで冒険者を餌としているのだ。その危険な砂漠が年々拡がりを見せており魔物の生息地が徐々に増えていっていることが帝国最大の悩みである。そして、その原因がミッドオルズなのは既に明確となっており他国の巨龍以上に問題視されているのである。無論、その討伐に掛っている懸賞金は他国のそれとは比較にもならない程に高いが砂漠の中を縦横無尽に移動している事もあって討伐が困難であり、そもそもサンドワームという危険な魔物を討伐しながらの探索を余儀なくされることから、ある意味では一番困難な巨龍退治とされている。


 次に賊であるが、悲しい話だがどれほど国が仕事を管理しようとも溢れる者は絶対に出てくるのである。そして、裕福な国であるが故に犯罪者に対する扱いが厳しく、刑期を終えても末端の仕事しか任されず冷遇されることが決まっているため、そういった者達が徒党を組んで国民や冒険者を害するのであった。


 飛空挺の停留所に降りたエルフレッドは迎えの車に乗って皇城を目指す。魔力石を使った車は非常に快適且つ排気などは一切無いが製造が難しく非常に高価だ。クレイランド自体も他国に輸出する気がないので一種の特色となっている。


 皇城までの行程を砂漠の真ん中を走る公道に沿って走っていく黒塗りのセダンの中、窓の外を眺めていたエルフレッドは付近の砂漠の中から姿を現した魔物を見て制止の声を上げた。


「止まってください!どうやら彼方からお出ましのようです!討伐に出ますのでヤルギス公爵御令嬢と皇帝陛下並びご家族にご報告をお願いします!」


 砂色のフォルムに四対の白眼が並ぶ悍ましい姿の巨龍が車を叩き潰そうと迫ってきている姿が見えたのだ。


「な、何故、ミッドオルズがこのような場所に⁉︎ーー「驚いている場合ではありません‼︎足止めも兼ねますので出せる限り最速で向かって下さい‼︎私も後から向かいます‼︎」


 運転手が制止の声を上げる中、エルフレッドは風の膜で足場を作りながらミッドオルズへと駆け出した。車が逃げる様に走り出したのを見てエルフレッドが注意を引くように高々と告げた。


「砂獄の巨龍よ‼︎俺が貴様を倒すエルフレッドだ‼︎態々お出迎えご苦労だが、その判断を後悔するが良い‼︎」


 大剣を抜いたエルフレッドに一旦その巨龍は前進を止めた。咆哮というには耳障りな声で威嚇してくる巨龍を前に彼は空を駆けるのであった。

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