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「本当にそうなのかよ?確かにあの二人は仲違いしちまったけど、それは不幸な行き違いがあったって聞いてるぜ?両殿下が必ずしもそうなるとは限らねぇしさ。政略結婚云々って言ったら当人同士の戦いじゃねぇだろ!それによ。もし俺とカーレスが一人の女性を取り合ったって、お互い話しあってちゃんと納得すりゃあ、また友達に戻ることだってーー「それは......難しいかも。たまにそういう男子の話って聞くけどちょっと信じられないし」
それに反対意見を出したのはエルニシアだ。少し説明が難しいといった表情であるがある程度思考を固めるとサンダースへと向き合った。
「それこそ、ウチらはもう相手がいるからそんなことにはならないけどさ。ラティナと私が誰かを取り合ったとしてラティナが上手くいったとするじゃん?表面上は取り繕って友達な風には出来るけど私の心の中にはずっとラティナに負けたっていう気持ちが残り続けるんだよ?プライドもズタボロだし女としての格も下みたいな?男子みたいに恋愛で負けたけど勉強で勝てたから対等みたいな......それは無理。もうそうなったら更に良い男見つけて対等以上になるしかない」
「ーーそうね。対等以上は人それぞれかも知れないけど、せめて対等の相手でも見つからない限りはもう関係修復は難しいでしょうね。それにその対等っていうのも当人の価値観次第だから基本的には同じ関係に戻ることは出来ないと言っても過言ではないわ」
サンダースは頭を掻きながら「女性って難しいなぁ......」と呟いて「男性が単純なだけでしょ?」とエルニシアが苦笑した。
「まあ、そういうことなんだ。とはいえ最初に言った通りサンダースの意見が理想的っていうのも本心だから......まずは僕たちだけで頑張ろう?それで学園卒業までに一年Sクラスの子達を見極めてーー例えばアルベルト君とか今のところ予兆のないイムジャンヌさんとかそこら辺から味方にしていけば良いと思うんだ。だから、もう少し時期をみてようよ」
「......レーベンの言う通りだ。それと皆、集まってもらって申し訳ないが俺はどうやら今日はもう冷静ではいられないようだ。ここで席を立とうと思っている。何も無いならば解散しよう」
「カーレス......」
「サンダース。さっきはありがとう。俺もお前と予々同じ意見だった。代弁してくれて助かったよ」
そう言って覚束ない足でふらりふらりと部屋を後にするカーレスーー。
「カーレス‼︎今日はごめんね‼︎ゆっくり休みなよ‼︎まだ可能性なんだから気にしすぎちゃ駄目だからね‼︎」
自身の発言のせいだろうと少し申し訳なさそうな表情で声をかけたエルニシア。扉が閉まる前に見えた手を上げた姿が妙に力無く見えた。
「.....大丈夫かしら、カーレス?いえ愚問ね。可能性とはいえ家族が大変なことになっていると聞いて冷静にいられる訳がないわ」
「それに口調はあれだけどカーレスはリュシカちゃんのこと本当に大切に思ってるから......私はお姉ちゃんが大変な目にあったと聞いてあそこまでなるとは思えないし普通に心配はするけど」
「エルニシアは冷静なところがあるしね。反対にヤルギス公爵家の方々は情熱に溢れているところがあるから......とりあえず、僕達も今日は解散で。それぞれゆっくり考えてみよう。ーー後、サンダース」
「どうしたよ?」
「ユエルミーニエ様やフェルミナ嬢と会う時はくれぐれも......ルーナシャ嬢やカターシャ嬢は大丈夫だと思うけど一応注意だけはお願い」
「ーーわかった。身内に仲間が居ないってのは中々辛いもんだねぇ......」
冗談めかして言いながらも心底気疲れした様子でサンダースは溜息を吐くのだった。
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学園での昼休み。エルフレッドは最近皆が集まれる時は予約している小規模のお茶会を開けるスペースで食事を取りながらリュシカとクレイランド帝国の件で話をしていた。季節の頃は十一月後半。既に冬休みが見えてきている。アードヤード王立学園は一日の授業時間が朝八時から夕方十七時までの七時間授業と課外で構成されている代わりに冬休みが夏休みとあまり変わらない程度の長さがある。
そのため、十二月上旬には休みを迎えるのでクレイランドで行動を共にする打ち合わせをこの時期にするのは全くおかしな話ではない。何より今回はリュシカと一緒にいることが国交のない中立国へと向かう唯一の手段であるので途中から合流して一緒に向かうことは決定的だ。無論、携帯端末のやりとりである程度の話はしているが顔を合わせて念密に打ち合わせる必要があるだろう。
「私は両親から初日から向かうように言われているが、そなたは無理であろう?飛空挺で向かう故に城下町にて合流して共に城に向かうとしよう」
「そうだな。一日〜二日遅れで到着予定だ。それ以降は巨龍討伐以外なるべく護衛として過ごすことになるだろうから行きたい場所などがあれば考えていて欲しい」
実は冬休み上旬頃フェルミナが遂にライジングサンへと移住することが決まった。学園冬休みの初日に合わせて送別会が開催されることになっている。三学期からはあちらの中等部三年生に編入、高等教育を受けながらコノハの後継者としての修行を受けるか、学園生活を送らずに修行に専念するかの道を進むようだ。
エルフレッドは呼ばれたがリュシカは呼ばれなかった。そのことに思うことはあれど口を出す権限は一切なく、リュシカも受け入れている様子だったので配慮は彼女の前でその話題を出さない程度に留めた。
そして、護衛の件はヤルギス公爵家からバーンシュルツ伯爵家へと正式な依頼として受理されている。これは叔母の家に姪が遊びに行くとするよりヤルギス公爵家の姫が親族であるコルニトワ正妃殿下に友好の使者として派遣されたとする方が手続きがスムーズだからだ。その際の護衛をエルフレッドとすることで護衛の件があるから中立国の巨龍退治に協力することが出来るという体裁が取られている。
特にヤルギス公爵家は嫡男カーレスとアーテルディア皇女殿下の関係が非公式ながら認められているため、友好の使者にリュシカが選ばれることは他国から見ても文句がつけようのない状況であった。ーーとまあ政治的な話はおいといてリュシカなどは旅行として楽しむ気満々だ。
特に年齢的に大丈夫になったので観光として大公の接待がてら初カジノに挑戦しようという魂胆である。
「行きたいところか......城下は安全だが一歩出れば砂漠だからなぁ。滞在も一ヶ月ちょっとと長く取ってある。正直途中で飽きてしまわないか心配ではあるな」
「まあ、カジノを含め観光場所は多いことで有名なようだ。食事文化もかなり特殊なようだから口に合えば楽しめると思うぞ?」
砂漠と共に生きるという文化形態から他国では見えれないような観光物が多い。そして、その食文化も特殊だ。ラムを主体とした羊肉を使った料理や豆や香辛料を多用した料理はとても刺激的な味を醸し出している。アードヤード王国にも香辛料として流通しているものもあるがクレイランド帝国で使われている物全体の十%にも満たない種類だ。口に合えば中々楽しめるものも多いだろう。
「ふむ。そなたはクレイランドには行ったことがないのであろう?よく知っているな」
感心した様子を見せるリュシカにエルフレッドは「大したことではない」と微笑みながらーー。
「巨龍退治に情報収集は不可欠だから調べているだけだ。無論、本などの知識だから実際に行くのとは違うだろうが、どういう面を考慮して生活するべきかは常々頭に入れておく必要があるしな。食事などは特にそうだろう?」
「ふーん。そう言われると少し楽しみな気がしてきたぞ?私も観光名所などは調べておこう」
「そうだな。一応名目上は友好の使者だから観光名所のに行くのは良いアピールにもなるだろう。旅行の隠れ蓑には最適だ」
彼女は「ふふ、隠れ蓑か......」と少し吹き出し気味に笑った。そして、態とらしく鷹揚且つ悪そうな笑みを浮かべてーー。
「エルフレッド。お主も悪よのぅ?」
エルフレッドは一緒苦笑したが態とらしく敬うような笑みを浮かべながら顔の前で手を揺らした。
「いえいえ、リュシカ様ほどでは......」
そんな定番のやりとり(?)をしながら笑い合う二人だった。




