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「産婦人科って......エルニシア。それ、どういう考えでそんな結論になったのかしら?」
言葉が見つからない男性陣を前にしてラティナが口を開いた。先程の怪訝な表情を一変して深刻な表情でエルニシアのことを見詰めている。エルニシアは先程メモを取っていた紙を持って常備されているホワイトボードの前に立つと何やらを書き始めた。
「まず、私は体調が悪くなる日に妙な共通点があることに気付いたの。表彰式、エルフ領発見。まず、この二つってエルフレッド君が功績をあげた日なのよ。エルフ領の発見が公開された時期と闘技大会までの日はほぼほぼ一致するから継続して悪かったんだと思うわ。ということはカーレスは不本意かもしれないけど......好きな人が功績を挙げるとリュシカちゃんは体調を崩していると考えるのが普通だよね?」
「不本意だがエルニシアの言う通りだろうな......」
「これはあくまでも予測だけどリュシカちゃんは好きな人を自分で選びたいと思ってるくらいの恋愛体質。普通ならこの状況を喜べど体調が悪くなる程に思い悩む必要はない。そう考えるとわざわざ遮音魔法を使ってヒントを出したことだけは疑問なんだけど......実は一番知られたくないのはエルフレッド君だと仮定出来ないかな?」
ホワイトボードに視線をやりながら人差し指で何度も自身のこめかみの辺りを叩いて思考していたレーベンは少し唸り声を挙げてーー。
「ふむ。こじつけてるように感じる部分はあるけど間違っているとは言えないって感じだね。でも可能性に考慮していいレベルの話だと思うよ」
「ありがとうレーベン。ここでレディキラーの存在が出てくる。レディキラーの手口は徹底的な女性破壊でしょ?そして、リュシカちゃんがその被害にあってることは私達の中では間違いない。となると少し見えてくる可能性がない?」
ホワイトボードの前でレディキラーの所業を思い出したのか、苛立たしげな表情で髪を掻き上げたエルニシア。その様子に皆が困惑した表情を浮かべる中でサンダースはハッとした表情で顔を上げると「あまり考えたくはねぇけどよ」と脱力したような声を出してーー。
「それって要するにレディキラーの被害にあったことで結婚に支障が出るかもしれない何かが起きちまったってことだよなぁ......」
「そうなのよ......それにもし位の低い貴族だったら別の対応が出来たのかも知れない。例えばそう分家から養子をもらってくるとか、でもエルフレッド君は辺境伯が確定的。私達の中じゃあ新公爵になることが内定している。そしたらーー」
「ち、ちょっと待って‼︎流石に飛躍し過ぎじゃない⁉︎そのレディキラーの被害にあったとはいえ妹さんはそれを自分で回復してオールクリアだった訳だし幾ら何でもそんなーー」
「ラティナ、私もそうだと思いたいんだけど......メイリア叔母様の返信を見ると予兆は既に出てるのよ。酷い痛みに周期の乱れ、酷い肌荒れに不眠の症状。これって総括すると何の可能性がある?」
「ーーそ、そんな。もしかして妹さん”不妊”の可能性があるのかしら?」
エルニシアはゆっくりと頷いた。皆が息を飲む中でレーベンは少し呼吸を整えて深刻な表情で天井を見上げる。
「あくまでも可能性......だよね?僕は聞かなかったことにするよ。我が国の英雄に最も近しい女性にそのような可能性があるなんてことになったら、本来ならば両親に報告を上げないといけないことだからね?」
テーブルについた右手で目元を覆った。
「......エルニシア。希望がある可能性とはなんだ?俺や両親はもうそれに縋るしかない状況なのだが......」
カーレスは茫然自失の状態で呟くように言った。家族として大切な妹であり、それは両親にとってもそうだろう。しかし、もしそのことが真実だと決まってしまった時ーーヤルギス公爵家としてしなくてはならない義務がある。
それはヤルギス公爵家の誰もが幸せにならない悲しい決断だ。それでもカーレスは最後まで妹を支えるつもりではいるのだが妹の心はどうなってしまうのだろうかーー。
「......もう、どっちかって話じゃん?リュシカちゃんが隠れてお医者さんに行ってて答えがもう確定しているのか、お医者さんに行くことさえ怖くて答えがまだシュレディンガーの猫なのか。後者ならば本人の思い込みが先行しているだけで病院さえ行けたら解決する可能性もある。ストレスで不順になることだって普通にあるから......って感じかな?」
「......そうか......俺はどうしたら良いんだ。こんなこと流石に両親には言えんぞ?だが、いつまでも放っておくのも不可能だ。何処の家だろうが婚約が決まってからそうだと解れば結局はリュシカが傷つくだけだ。......何故リュシカがこんなに辛い目に合わなくてはならないんだ......ただ幸せな家庭を築くことを夢見るだけの妹なのに......」
皆が頭が上がらぬ程に暗い気持ちに包まれている中でレーベンが何かを決心したような表情で顔を上げた。
「このことはここだけの話としよう。やることは今までと変わらない。リュシカ嬢の周りを固めながらレディキラーの捜索を続ける。元来秘匿にしてはならないことを秘匿にしているという意識を強くもって行動しよう」
「......レーベン」
「僕達が解決出来るのはそこまでだ。後はリュシカ嬢自身の問題でもある。何より百%そうと決まったわけじゃない上に精神面のこともあるから病院に連れて行くような強行策は取れない。まずは現状維持と様子見しか方法はないよ。何れは強行も辞さない時が来てしまうけど......それを判断するのは今じゃない」
今後の方針を打ち出した彼に皆は鈍い頭で頷いた。この件に関しては胸の内に留めておいて自分達で解決できる範囲をこなす。今は誰にもバレないように最新の注意を払うしか方法はないのだ。
「なあ、これって一年Sクラスの面々にも協力を仰いだ方が良くねぇ?俺達は確かに頑張ろうとは思うけどよ。来年になったらもう学園には居ないんだぜ?学園内に全く事情知っている人間が居ないってのは不味いんじゃねぇか?いや、アマリエ先生は勿論いるんだけどよぉ」
おずおずとした様子でサンダースが皆に問い掛ける。自分達が学園にいる間に解決出来れば良いが今まで長い間見つかってなかったことを考えると簡単に解決するとは思えない。ならば、少しでも仲間を増やして学園側に守ってもらえる人間を増やすというのは良い案ではないかと。
しかし、皆がその考えを思考する中で一早く否定的な意見を出したのはレーベンだった。
「......サンダースの意見は理想的だけど僕は少なくとも今の時点では賛同しかねる」
「なんでだよ?ここまで解ったら必要なのは信頼できる仲間を増やすことじゃねぇのかよ?」
レーベンは「それはそうなんだけど......」と少し言葉を濁したがーー。
「まず第一にエルフレッド殿に伝わる危険性があまりにも高い。僕達は三年間一緒に過ごしたから為人を知っているが彼らについてはまだ半年も付き合いがないからハッキリと大丈夫とは断言出来ない。それにこうは言っては何だが彼らが信頼におけたとしても彼らの家族は......ハッキリ言うとイングリッド両殿下の母であるシラユキ様は敵に回る可能性さえあると僕は思っている」
「それはどうしてなんだ?両殿下と妹は幼い頃からの親友の間柄だ。本当に困っている時に敵に回ることなど考えようもないぞ?流石にそれは失礼ではないか?」
少々頭に血が上っているのか強めの口調でレーベンを非難するカーレスに対して彼は少し悲しげに「彼女達は僕と君のような間柄にはなれないんだ」と呟いてーー。
「ここで問題になってくるのがエルフレッド殿の存在だ。今のところ何らかのアクションがあった訳じゃないが彼は有望株だ。いや有望”過ぎる”と言ってもいい。我が国が公爵にしてでも囲いたいように他国も虎視眈々と狙っている。クレイランド、グランラシアに関しては婚姻関係を組める適切な年齢の親族が居ないから難しいだろうけどライジングサンは幸運にも両殿下が同級生だろう?もし最有力候補に問題が生じているとなれば、その手を拱いて居られるだろうか?」
カーレスは閉口した。あれ程仲が良いというのに本当の意味では親友にはなれないのか?と疑問を感じて仕方がないが確かに各国の情勢や家族を思えば納得出来る部分がない訳でもないのだ。考えが纏まらないと頭を抑えている彼にレーベンは溜息を漏らしながら「こんな例には使いたくないけどフェルミナ嬢との件が良い例だよ」と呟くように漏らした。




