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「どうした?アーニャ殿下?」
殿下呼びは抜けないが敬語は抜きになったエルフレッドである。結構なダメージを受けているレーベン王太子を回復しながらエルフレッドはアーニャへと話しかけた。
その瞬間、彼女はニターと笑った。
そのあからさまに余計なことをしようとしている表情にエルフレッドが悪寒を感じているとアーニャは「ルーミャ!敵はあいつミャ!エルフレッドを叩きのめしてやるのミャア!」とルーミャを焚き付け始めたのだ。
すると彼女はアーニャと力相撲をしていた手を離して初めからこのことが決まっていたかのように彼の方へと向き直るとニヤリと口角を上げた。
「......アーニャ殿下まで暴走してるのか?」
大剣を構えながら問いかけたエルフレッドに対してアーニャは吹けてない口笛を吹くフリをしながら「うんや、これは作戦ミャ!ルーミャが暴走しやすい理由は神化で自身に降り掛かる全能感に負けているからニャア。だから、この状態で負ければ全能ではないことに気づいて暴走しづらくなると思うミャア」と笑った。
「なるほどな。理屈は解ったが納得は出来ないな。初めから言っておいくれないか?」
「まあまあ、そう言うミャア!お母様からも言われていたミャア!それにこれで勝てれば妾達の悲願である"エルフレッド討伐"を達成出来るミャア!妾にとってはどっちにしてもOKニャア♪」
「相殺なら簡単に出来るしミャアァ♪」としたり顔で笑っているアーニャに若干殺意を覚えたがどうやら彼女に反省する気はなさそうだ。そもそもが割と仲良くしているハズなのだが討伐対象にされている理由はわかりそうにもない。
「......理解した。今度お礼に二人の部屋に物質転移で玉ねぎのフルコースをデリバリーするから楽しんでくれ」
「そ、それは勘弁ニャア‼︎見てるだけでお腹が痛くなってくるミャア‼︎」
本当に嫌そうな様子で慌てているアーニャを無視すると彼は飛びかかってくるルーミャへと切りかかった。白と緑が打つかり合い、大地を揺らすような轟音と共に大剣と爪から火花が散る。
「エルフレッドなら本気で大丈夫だよねぇ?」
凄惨な笑みを浮かべながら力比べに精を出しているルーミャに対してエルフレッドは戯けた様子で笑った。
「出せるだけ出してみたらどうだ?というより前回に比べると遥かに理性が残っている気がするが?」
ガチガチと鍔迫り合いながらエルフレッドの体を押し返し始めたルーミャは「半分暴走って感じぃ?」と笑ってーー。
「でも、もう今日はレーベン王太子の訓練は出来ないよぉ?誤って殺しちゃいそうなんだもん♪」
エルフレッドも風の魔力で補助をつけて押し返されていた分を取り戻した。
「そっちはアーニャ殿下が何とかやってくれるだろう?......嵌められたハズなのに何だか楽しくなってきたな」
エルキドラとの力比べを思い出すような途轍もない豪腕との力比べにエルフレッドの怒りに冷えた心が急激に高ぶり、楽しさの色に染まっていく。そんな二人の様子を見ながら呆れた様子で苦笑したアーニャは体力回復に勤めているレーベンへと体を向けた。
「さ、レーベン王太子殿下、バーサーカー共は放っておいて妾と一緒に練習しますミャ!」
「ありがとう。私ももう少し拮抗出来そうだったんだけどなぁ......あれ?そういえばサンダースのトレーニングは終わったの?」
相殺の件で忘れていたがアーニャは元々サンダースと一緒に精神戦略の勉強をしていたハズである。彼が不思議に思って首を傾げているとアーニャはベンチの辺りへと振り返ってーー。
「サンダース先輩は只今精神力の回復中ですミャア」
彼女が指差す方を見てみると何故かベンチの上で体操座りをしているサンダースが延々と"の”の字を書き続ける姿が目に入った。その横には千本切りノックが終わったのか過呼吸寸前のような呼吸をしながら倒れ臥すエルニシアの姿も見えた。因みに一緒に練習していたイムジャンヌはその光景を不思議そうに眺めながら首を傾げている。
「......あれ、大丈夫なの?」
「問題ないですミャア。ーーそれよりも殿下はそろそろ自分の心配をした方が良いですミャア♪」
ギラリと爪を輝かせて楽しそうな笑みを浮かべるアーニャに彼は少し身震いを覚えながらーー。
「......本当に暴走してないよね?」
「勿論全く暴走はしてないですミャ!でも冷静が故に精神攻撃なども交えて戦える訳ですからニャア?サンダース先輩の二の舞いにならないことを祈りますミャ♪」
「う〜む、困った。これはもしかすると暴走しているルーミャ殿下を相手にしていた方が良かったのかもしれないなぁ......」
彼は苦笑しながら立ち上がると呻くように呟いて剣を構えるのだった。
「アハハ♪凄ぉい‼︎こんなに力を使っても全く壊れないなんてぇ‼︎」
神炎を纏った右手を振り回し線列状に破壊しながらルーミャが楽しげな声を挙げている。そして、その放たれた神炎を風を纏った大剣で弾き返しながらエルフレッドも楽しげな笑みを浮かべていた。
「まだまだ巨龍には届かんぞ?俺を本気にさせてみろ‼︎」
風ががなり声を挙げて神炎を掻き消し吹き荒れた。ルーミャはやはり体の移動を全く感じさせない動きで迫ってくる風を避けると動作もそのままにエルフレッドへと近づいた。そして、普段の振り下ろしよりも速い動きで手を振り下ろす。その瞬間起きたのは大爆発だ。今まで列状に放出されていたそれを凝縮して更に理力を注ぎ込んだそれが一種のプラズマとなって大爆発を巻き起こしたのだ。
しかし、エルフレッドの風はそれさえも搔き消した。闘技場全体を包み込むような規模の魔力が全ての物を守りながら爆発を完璧に掻き消していく。
「そろそろ力くらべはここまでにして技術比べといかないか?」
この勝負は俺の勝ちだな、と魔力を滾らせた大剣を素振りの如く払いながらエルフレッドが告げる。ルーミャは一瞬悔しげな表情を浮かべたが、それを楽しげな表情に戻して答えた。
「望むところだしぃ‼︎」
二人は気づいていなかったが周りで見ていた皆達は気付いていた。先程まで鈍く輝いていたルーミャの瞳が純粋な楽の感情に染まっていることにーー。
「流石エルフレッド殿ミャア。でも神化を使っていても力比べで勝てないのは双子として複雑ミャア......」
レーベンの精神をけちょんけちょんに破壊しながらアーニャは複雑な表情で呟くのだった。
戦いは一転して技術と技術の打つかり合いとなった。大剣が上段、中段と渦を巻くようにルーミャを襲う。左袈裟、右袈裟、横払い、右振り上げ、左振り上げと大剣が連動して動き続ける。対してルーミャはそれを全部いなしている。時には下を潜り、時に軽く大剣の腹を触るようにして回転したり隙をついて拳を突き出したりしながら攻勢に転じるチャンスを伺っている。
そして、振り上げられた大剣の腹を足で止めてみせたルーミャは「ふふん♪」と微笑んで爪術の構えを見せた。右上から右手を振り下ろし、返した掌で横に払い、左手を振り下ろして、右手を振り下ろすーー後退して大剣で受けていたエルフレッドはその手数の多さに防戦を余儀なくされている。振り下ろしの力をそのままに回転後ろ回し蹴り、飛び掛かり気味に再度右手を振り下ろして、本命の左手を振り上げた。
プシュッ‼︎
それは気の抜けたような音だったが見ていた皆が息を飲んだのがわかった。それは極僅かな傷だ。右頬の古傷の上を小さく切っただけの小さな傷。しかし、それはエルフレッドが学生相手につけられた初めての傷でもあった。
「技術勝負は妾の勝ちって感じぃ♪」
ペロっと舌を出して勝ち誇ったような表情を浮かべたルーミャに「その調子ミャア!そのまま叩き潰すミャア!」と心底嬉しそうなアーニャの声が響いた。既に極度の集中状態から周りの声が全く耳に入っていないエルフレッドはその傷を撫でると心底楽しそうに表情を歪めながらーー。
「そのようだ!なら一対一だな?となれば闘技大会のルールで勝った方が勝ちでいいか?」
仕切り直しと大剣を構え直したエルフレッドと扇子を取り出して口元を隠しながら微笑んだルーミャの視線がぶつかった。
「結局そうなるよねぇ♪」
ーー瞬間、蹴り足と大剣が打ち合わさった。一早く攻勢に入ったエルフレッドが再度大剣を振り下ろす。それをルーミャがクルリと受け流してバックハンド気味に放った爪で襲い掛かった。
しかし、その軌道は見えている。
エルフレッドはスウェーバックで躱しながら大剣をカウンター気味に振り上げるーーが、その刃にはルーミャの足が掛かっていた。大剣の振り上げと全く同じ速さで彼女の体がフワリとムーンサルトの軌道を描いた。
ルーミャの着地に合わせて風の刃を飛ばせば彼女の体はクルリと回転しながら側方に移動、ずれた線状からの後ろ回し蹴りだ。それをエルフレッドが障壁で受け止めながら右袈裟を放った。
クルクルと回るルーミャと適確な位置で大剣を放つエルフレッドの動きはまるで初めから打ち合わせていたような美しい舞のような動きにも見えた。闘技場に集まっていた皆がそれに見惚れて動きを止めている。技術と技術の極地が見るものの心を掴んで離さない。
魔力と理力の小競り合いや炎と風の牽制ですら、ここまでくれば舞い散る花の花弁を思わせる様相だ。白と緑がお互いから花弁を撒き散らしながら舞い続けている。いつからか携帯端末を持っていたものはその極地を少しでも自分の物にしようと動画の中におさめていた。
「......あっ」
その終わりは唐突に訪れた。片方の白が満月色に戻る。そして、突然力が抜けたかのようにストンと腰を落としたのだ。次の瞬間には彼女の首元に大剣が添えられていた。エルフレッドは呼吸を整えるために深呼吸をすると大剣を鞘に戻しながらーー。
「体力、もしくは魔理力残量の差だな。対人戦では一位二位を争う楽しさだった。礼を言う」
思わずといった拍手が鳴り響く中で呆然と座り込んでいたルーミャは一瞬だけ駄々をこねる子供のように手足をジタバタとバタつかせると、すっかり何時もの調子に戻った様子で叫ぶのだった。
「え〜‼︎超悔しぃい‼︎こんな終わり方ありえなぁい‼︎」
そして、完全な駄々っ子の様相となった彼女に苦笑しながら「勝ちは勝ちだ」とエルフレッドは肩を竦めてみせるのだった。




