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「今、俺は凄く良い手段を思いついたのだが聞くか?」
考えても見れば誰も家に招かれなかったから実態がわからなかったのだ。目の前に招かれている人物がいるのならば話は変わってくるのである。
「勿論教えて欲しい!エルフレッドは高位冒険者だから社会も知ってるし、学生とは思えない案を期待出来るから寧ろお願いしたいよ‼︎」
懇願するように告げるアルベルトにエルフレッドは「あまりハードルは上げないでくれ」と笑ってーー。
「アルベルトは信じられないかもしれないが実はメルトニアさんはその独自性のある術式を一個も世に出していないんだ。寧ろ完成して自分の中で満足したら捨ててるぐらいはある」
「......えっ?そんなことありえるの?確かに整理が苦手なだけな割には普通にその上を踏んで歩いてたりしてたけど......」
どうやら紙に書いてその魔法を使って満足したら部屋の中にポイッしているという状況らしい。
「あり得るんだ。Sランクの間では有名な話だがあの人はSランク冒険者の報酬以外の収入が一切ない。住んでるのも昔、男爵が住んでいたとされる曰く付きの物件を自身で浄化して住んでいるだけだ。Sランク冒険者にしては小さい屋敷に住んでいると思わなかったか?」
「......言われてみれば。凄まじい収入があるのハズなのに何でサバイバルみたいな生活をしているんだろうと思っていたけど、それなら納得がいくね」
お代わりを頼んだエルフレッドがホットコーヒーに口をつけると、カフェラテを飲み終わったアルベルトもまたホットコーヒーを追加した。
「無論、本人に確認は必要だろうがアルベルトが有用だと思ったものを何個か世界政府の魔法研究機関に提出して特許申請するといい。そして、収入が確定したところで研究機関にする申請をしてしまおう」
「絵空事みたいに聞こえるけど確かにあの魔法理論の山を見ていると有用なものなんていくらでも見つかる気がするね。十も提出して論文を書けば研究所も夢じゃない」
顎に手をやって考え始めた彼を見ながら少し硬くなったサンドウィッチを齧り、ホットコーヒーで流し込む。
「そうだろう?本人に断られたらそれまでだが要はメルトニアさんが面倒臭い状況にならなければいいわけだ。収入管理は専属の税理士を雇えばいい。そして、食事も調理師を雇おう。Sランク冒険者の収入は自由に使わせる代わりに権利収入で研究所を運営すればメルトニアさんも文句は言わないだろう」
「......凄いね。初めさえ断られなければいくらでも上手くいきそうだ」
「そこが肝心だが住み込みで弟子をやって欲しいと言われるくらいに気に入られているなら任せてくれそうだろう?ついでにメルトニアさんを法衣貴族にして箔を付ければ研究所としても安泰だ。そして、アルベルトは好きな役職を名乗れば良い。副所長でも所長でもメルトニアさん的にはどうでも良いハズだ」
「なるほど。今日、早速話してみるよ!そうすれば僕もメルトニアさんも安泰だし学園辞めなくて済みそうだから!そうと決まれば行かないと!呼び出しといて悪いけど、ここは僕が奢るから先に行かせてもらうよ!」
「気にするな。頑張ってくれ」
「ありがとう!また相談するとは思うけど宜しくね?」
「勿論だ」
そう言って彼はお金を置いて去っていった。その後ろ姿が店を出て行った頃にエルフレッドは呟く。
「......法衣貴族にする必要なんてないことには気付かなかったな」
エルフレッドの脳裏には一つの未来が浮かんでいた。今まで研究に没頭するあまり飯にも困るような状況にあったメルトニアである。弟子になった好青年が革新的なアイデアを出してドンドン状況を改善していき、普段の面倒まで見てくれるとなったら彼女はどう思うだろうか?元々手に入れたものは離さないタイプの人物だ。
(アルベルトも満更でもなさそうだったしなぁ。それにメルトニアさんは多分長寿族とのミックスだろうから大丈夫だろう)
確証はないがメルトニアの魔力はエルフ族の魔力の質と似通っていた。それに彼女は実はSランク冒険者最年長の五十歳である。見た目年齢に関してはエルフレッド達とさほど変わりがないのにだ。そこら辺を踏まえると万が一が起きてもどうにでもなるだろう。そこで、もしアルベルトが平民であることを言い訳にし始めたとしたら彼女は喜んで法衣貴族になるハズだ。国としても別の国に移住出来る平民冒険者よりも少しの年棒を払ってでも法衣貴族になってもらった方が安心出来るというものである。
なにより自身が弟子にさせられる確率が零になるのはありがたいの極みであった。
「誰も不幸にならない。正にwin winだな」
そう呟いて笑うエルフレッドの表情はとてもイイ笑顔だった。
それから三週間くらい経った頃の話だ。エルフレッドとアプリ上で相談を繰り返した結果、見事研究所を作って副所長兼弟子になったアルベルトが非常に深刻な表情を浮かながらエルフレッドをカフェに誘って来た。彼はコーヒーに口をつけると深呼吸して冷静さを取り戻すような動作を繰り返した後にエルフレッドへと告げた。
「なんか家の両親公認でメルトニアさんと婚約させられそうなんだけど。なんか僕と結婚させてくれたら僕に爵位譲るって言ったらしくて......」
法衣貴族とはいえ、これまでの功績から子爵位を受けているメルトニア。エリート志向の強い両親からすれば一代限りの役職としての権力よりも継承権がある貴族の権力は是が非でも欲しい物だろう。エルフレッドは態とらしく困惑する気持ちは解るぞ?といった表情を浮かべながらアルベルトの肩を叩いた。
「おめでとう。まあ、先を越されたが貴族の世界ならよくあることだ。心配するな」
○●○●
全国大会は冬休み明け最初の週末。その一ヶ月後には世界大会がある。三年生はそこが最後の大舞台であり最後のアピールポイントである。無論、世界大会に出るような人物がこの時期まで就職が決まってないなんてことはありえないが更に良い役職であったり良いオファーを貰ったりする可能性があるため、三年生がここに賭ける思いは非常に強い。
決勝を戦った一年Sクラスと三年Sクラスの合同練習はアマリエ先生より指示を得たエルフレッド監修の元で行われることとなった。実力、そして、一年Sクラスを短期間で鍛えた実績からこの役回りが回ってきたことはある意味当然だったが納得云々はおいといて受け入れられるかどうかは別の話というものである。
因みに来年の代表の確率が高く、実力の底上げも兼ねて手が空いている時はルーミャとアルベルトが副教官兼練習生として参加している。
「......ということで其々指示を聞いております。まず三年生の先輩達は其々の能力を生かした戦法の強化のために先程渡したプリントのメニューをこなすようお願いします。一年生はその先輩の補助をしながら基礎的な能力の底上げをします」
「はい!エルフレッド君!」
「いかがなさいましたか?エルニシア先輩」
「私、一応聖女なんだけど。この守りの剣習得とか、イムジャンヌちゃんとの千本切りノックとか、その間に一発噛ませとか、とてもじゃないけど能力に合ってるとは思えないんだけど!」
エルフレッドが少し顎に手をやって答えようとしたところでアルベルトが「代わりに僕から説明します」と手を上げた。
「この件に関してはアーニャ殿下の予測・推測に基づいて先見の能力に最もあった戦闘技術を考えた結果、この様になりました。三ヶ月近くあるので付け焼き刃にはならないとは思います。というより、エルフレッド君が剣術については手ほどきしますので冒険者ランクで言えばCランクくらいにはなれると思いますよ?」
「ーーあ〜、その一応、秘密の能力っていう立ち位置があって......」
「妾が思うに闘技大会を見てた人にはバレてると思いますし、世界大会までセコンドで使う可能性があったことを考えれば隠す必要が御座いません」
冷静な声でルーミャが告げる。それを聞いたエルニシアは「......そうですよねぇ......そういう判断になりますよねぇ......」と諦めたのか用意されたシミターを手に取った。それを隣で眺めていたイムジャンヌがキラキラした目で「......先輩......私嬉しいです......」と微笑んだ。
「うぅ、可愛い、可愛いよぉ。鬼のように強いのに普段はマスコットキャラみたいだよぉ〜」
エルニシアはそれを人形のように抱きしめながら複雑な表情を浮かべた。
「てか、重‼︎本当に重りつけて生活してるの‼︎」
そんな二人のやりとりの横で次はラティナが手を上げた。
「エルフレッド君。私はまずエルフレッド君と模擬戦をして実力を把握してもらえば良いということかしら?」




