第三章(中)エピローグ
朝を迎えて学園に向かっていたエルフレッドは少し困った様子のアルベルトに話しかけられた。
「おはよう!エルフレッド!ちょっとメルトニアさんのことで相談に乗って欲しいことが出来たから放課後空けといてくれない?」
「ああ。勿論大丈夫だ。それで学園に着くまでに触りだけでも聞いて良いか?」
アルベルトは周りに見知った顔がないかを確認した後に少し声を顰めてーー。
「えっと、メルトニアさんが家政婦兼弟子の話を僕に頼みたいみたいなんだけど......今一、為人が掴めなくて困っているというか、それに継承されるものではないけど僕って世界政府府長の息子だから求められる仕事のレベルっていうのがあってね......」
彼自身は平民である。元来Sランク冒険者の弟子などは諸手を挙げて喜ばれるところだが世界政府を束ねる府長の息子だと考えると微妙なラインだ。特にエルフレッドの知るメルトニアという人物像を考えるに一度手に入れたら何が何でも離さないタイプだろうから関わるならば墓場までである。
「何となく解らんではない。どこら辺が困っているのかというのもあるが......今日の放課後に外のカフェにでも行くか?」
「ありがとう!助かるよ!」
最近、自身の周りには余りにも深刻な悩みを持つものが多すぎる。そういった意味では比較的ライトな悩みになりそうであるとエルフレッドは予想していた。
「おっはーよ♪エルちん♪男同士の密会か〜い♪」
「お前が言うと洒落にならない気がするな。今日は舞台の公演はないのか?」
エルフレッドとアルベルトの間に文字の通り、顔を突っ込んできたノノワール。いつも通りのその態度に苦笑しながら彼が訊ねると彼女は両手を頭の上で組んでーー。
「今日は三時間目まで授業受けたら飛空挺に乗ってバビューンって聖国に移動して明日公演って感じだね♪」
「それはそれは忙しいことで......」
エルフレッドはあまりテレビを見ないので知らなかったが彼女は相当売れっ子の女優であるらしい。確かに舞台の演者としての実力は素晴らしかったが普段の感じを見ているとそういう風には見えない。何なら少し馬鹿っぽいのだが、この学園のSクラスにいることを考えるとあくまでもキャラがということなのだろう。
「......なんだなんだ?今日は中々に人が多いではないか?」
その後ろから少し瞼を重くした様子のリュシカが現れた。家まで送っていった時は眠気眼を擦りながら着替えた後に寮に戻って寝るだけだと言っていたのだが寝付けなかったのだろうか?少し心配した表情を浮かべていると彼女は苦笑してーー。
「いや、実は昨日帰ったら何故か帰ったはずの叔母様が居て大問題になったのだ。お陰で今日は朝五時に起きて寮まで戻る羽目になったのだぞ?」
「それは大変な目にあったな。なかなか休まる暇もない」
「全くだ。今日は授業が終わったら一眠りしようと考えている」
眠そうに欠伸を漏らした彼女に「リュシカ様‼︎おはようございます♪昨日はありがとうございます♪」とノノワールが手を上げた。そして、エルフレッドの反対隣にいるアルベルトもまた「リュシカ様、おはようございます」と微笑んだ。
二人に「おはよう。学園にいる間は友達口調でいいぞ?」と笑い掛けると「そうなんだろうけど、なんか上手く出来なくて......」とアルベルトは苦笑して「友達口調はハードルが高いでございます‼︎ウヘヘへーー」とノノワールが何やらな笑みを浮かべている。
「ふああ......んニャ?今日は珍しく大所帯ニャア。皆おはようミャ!ん?よく見るとなんかちみっこいのがいるミャア」
「ちみっこい?ああ、ノノワールのことか。昨日舞台を見に行ってな。そこで仲良くなったのだ」
件のノノワールは「双子で猫口調な狐っ娘姫様‼︎属性たっぷり♪おはようございま〜す‼︎」と大層御満悦な様子である。
「......なんか妙なことを言う人だね?」
困惑しながら苦笑するアルベルトの横でエルフレッドは頭を押さえた。
「こういう奴なんだ。気にするな......それよりアーニャ殿下、闘技大会の時はフォローして欲しかったですよ?」
その時のことを思い出して苦笑するエルフレッドに対して「ああ、ノノワールはあの男に興味がない女優だったニャア。妾はうっかりしていたミャア♪」と全くうっかりしていない悪戯っ子のような表情を浮かべて扇子で口元を隠しながら笑っている。
「......フォローとはなんの話だ?」
「いや、リュシカとは全く関係のない話だ。気にするな」
実際は関係がある話なのだがリュシカに関する部分は昨日の夜の時点で解消していたため、わざわざ掘り返すつもりもなかった。彼女は「そうか」と腑に落ちないような表情ではあったが特に追求することもなかった。
「あれぇ?何々?今日は全員集合の日ぃ?」
「......解らないです......そして眠い......」
そんな声に皆が振り返れば存外元気そうなルーミャと、対照的な程に疲れ果てて目に大きな隈を作ってパンダみたいになっているイムジャンヌの姿があった。エルフレッドはとりあえずイムジャンヌに向けて癒しの風を掛ける。
「......ありがとう」
「それは良いが練習のし過ぎは逆効果だぞ?」
「......解っていたけど止められなかった」
少しシャキッとしたイムジャンヌが言い訳のように[イヴァンヌ直伝:守りの剣]と書いた巻物を取り出した。それを見たノノワールはカッと目を見開いて「えっ‼︎イムジャンヌちゃんってイヴァンヌ様関係の娘なの⁉︎私今それ関連の舞台やってて、あ、私ノノワールにです♪でねーー」と何やら捲し立て始めた。
「ルーミャ、もう大丈夫ミャ?反動とか残ってないミャ?」
「大丈夫だよぉ!寧ろアーニャも体調悪い時に迷惑掛けてごめんねぇ。そこはお母様に怒られちゃったよぉ。というかさぁ神化使ったせい何だけど全国大会の出場バッテンになっちゃったぁ......」
「何?ルーミャそれは本当か?それにそうなるとアーニャは大丈夫なのか?」
それを聞きながらエルフレッドはやはりそうなったか、と顎下を撫でた。そうなると代表選考はラティナ先輩ということになりそうだ。寧ろ目下の心配はアーニャ殿下の出場の有無だがーー。
「アーニャは大丈夫だよぉ。神化制御出来てるし神化使わなければOKみたいだからぁ。なんか百五十年くらい前にお母様が神化使って世界大会で全員抜きしちゃったらしくてさ〜。使用禁止になってるみたいなんだよねぇ。だから制御出来ない私は駄目だってぇ。お母様とか”そんなこともあったのぅ”とか言ってたけど本当困った話だよねぇ」
心底残念そうにしている彼女に「それは仕方ないな。今で例えるならばエルフレッドを出場させるようなものだからな」とリュシカは彼女の肩に手を置いて慰める。
「なんか気づいたら本当に全員集合みたいになってるけど......まあ、良いや。放課後はよろしく頼むよ?」
そう言って微笑んだアルベルトにエルフレッドは「勿論だ」と微笑みを返しながら周りを見回した。こうして集まった面々を見ていると自分が予想していた学園生活とは大きく変わってしまったな、と思う。しかし、その感情は全く悪いものではなく寧ろ非常に心地の良いものだった。
まだ一年生も終わっていない中で巨龍退治も順調だ。そこに掛ける時間が減ったとしても仲間達との時間が増えるのであれば寧ろ大歓迎というものだ。昔では考えられなかった自身の考えに思わず笑みが溢れたエルフレッド。
「何やら楽しそうだな」
「いや、こういう時間も悪くないと思ってな」
「......そうか」
髪を掻き上げながら優しく微笑むリュシカ。その横で彼もまた楽しげな表情で微笑むのだった。




